物騒な邂逅
暫くの間、お互いがお互いであることの証明――姉弟しか知らないはずの(黒)歴史を暴露し合うと言う、大変有意義かつ神経の磨り減る作業をして、ようやく二人はお互いが千田麻耶、千田武志であることを認め合った。
21歳女子大生と、二つ違いの弟19歳フリーターfromジャパン。
ただいま仲良く遭難中。
「たけし……マジか」
金髪美少女と言う、あまりにも中身のインパクトがすごかったため気づかなかったが、良く見れば少女の着ている服は弟が着ていたジャージだった――かなりぶかぶかになっていたが。
「オレだって、信じらんないよ……」
武志が、ぼそっと呟く。その声がなんとも愛らしい。
可愛らしい少女の声が出たので落ち着かないのだろう。発した本人が居心地悪そうに、咳払いした。
「えっへん、ごほん」
――えっへん、ごほん、だと?女子大生の自分だってリアルで言ったことないのに、全くこの弟は!可愛いか!
「いやいや武志相手に可愛いはナイ……」
「ん?なんか言った?」
「いや……」
「で、さ、姉ちゃん?……なんか、目覚める前に夢、みたいなの見なかった?」
いつまでもこのままでは埒が明かない、と思ったのか。美少女ヅラした弟(多分)武志が割と建設的なことを言う。
「ゆめ……、確かになんか見たよう、なッ、……、」
弟を可愛いなんて思ってバチがあたったのか、普通に喋ってみて今度は自分の男らしい低い声に麻耶は打撃を受けた。
――の、のぶとい……。分かってたけど。
「う、」
――ああ、美少女の不審者を眼る目つきがイタイ……。
「……、あんた姉ちゃんなんだよな……?ほんと信じらんないけど」
「そっくりそのまま返すわ!……って、ああ、私の声が……、」
「ねえちゃん……、……。」
今度は痛々しいものを見るようになった少女の視線を遮り、麻耶は手を振った。
「話を戻そう。進まないから。で、おたがい、なんでこうなったかって、ことなんだよね?」
「うん。……ねえちゃん、夢、なんか覚えてない?」
「夢……っていうか、あれを夢って言って良いのか……。私が覚えてるのって声だけ、なんだけどさ」
白い白い世界の中。
麻耶は目覚める前に、声を聞いていた。
「あんたも夢とやらで聞いた?切れ切れに……さ。まあ、ぼんやりとしか思い出せないんだけど」
『わたくしの、いとしごたち。……くって。……ぃの、ゆが……を。』
『ひか……、とゆう……、で。』
『いとし……に、さずけます、たましいに、ふさわしい器を。』
アレが武志の言う夢ならば、らしきものの覚えはある。
愛し子だの、器がどうとか魂がどうだとか。歪んだ世界、というフレーズがやけに印象的だった。
話し合うと、お互いの認識に若干の差異はあるようだが、概ね夢らしきもの、メッセージらしき声、について情報は共有できた。
「っつーか、さ……」
美少女が……いや、武志が、不満げにこちらをちらりとみやる。
「魂に相応しい器って言ってたよね。それでオレが女の子になって、姉ちゃんがイケメンになってるって、どゆこと」
「いやいや、それ、こっちの台詞ね」
何度かになる「それこっちの言いたいことだから!」の突っ込みを返しながら、麻耶はふと疑問を投げた。
「イケメン、って言ってくれてるけどさ……、私はどう見えてるわけ?ちなみにあんたは超絶美少女だけど。ちなみに髪は金で、目は紫ね」
「姉ちゃんは……、髪の色は黒のまんまだよ、短くなってるけど。見た目はかっこ良くって『ザ・男』って感じの……男でさ。えっと、とにかく、かっこいいよ。ハリウッドとかそう言うのも超越してる感じって言うかさ、なんか2次元っぽい感じにかっこいい」
頭の悪そうな返事が返ってきた。
「……アニメキャラ的な?」
「そうそう!ワイルドキャラっていうの?眼もブルーだし。もうこりゃ絶対、麻耶姉ちゃんじゃないっていうか、麻耶姉ちゃんの要素が皆無で」
「あんたもね」
たけし要素皆無のキラッキラな笑顔で、そっちもアニメキャラの2次元美少女ヅラで武志が言う。武志のくせに。
「あと、その口調がさ。ワイルドなイケメンなのに口調が姉ちゃんだから……、そのオネェキャラみたいで、ちょっとおかしい、っていう、か……、」
ちら、とこちらを見ると、言いにくそうにして弟が……いや美少女が俯く。
麻耶は、うむ、と自分を顧みた。眼に入る限り、自分は逞しそうな身体つきだ。マッチョな自分がオネェ口調で喋っているのを想像して、麻耶はいやーな気持ちになった。
「分かった。じゃ、これからは口調を改めよう。だからあん……お前も、それやめて……やめろ」
「ソレって?」
「オレ呼びだよ。その容姿はオレっ娘キャラって感じじゃないから」
ここがどんな世界か分からないが、もと居た場所じゃないのは確実だ。
それに先ほどは必死で否定してみたが、もうこれは異世界トリップとか次元転移とかそういうので合っていると思う。その上、お互い性別も見た目も変わっているところからして、元の身体を維持したまま、というのでもない。
とにかく、ここは異世界だ。
ならば、この世界の住人にエンカウントする前に、不自然な言動は改めた方が良いだろう。不審者として捕えられて、ややこしい事態に陥るのはごめんだ。
麻耶は多少冷静さを取り戻してきた頭で思考をめぐらせた。
ここはなんとか二人で、無事、生き延びねばならない。
そのことを伝えると感心したように武志は頷いた。
「な、なるほど。さすが、姉ちゃん、あたま良い!」
オレ思いつかなかった―、とこくこく首を振る素直な美少女を見て、やはり武志だと痛感する。こんな世界に飛ばされて見た目は超絶変わったが、中身が変わってない。
「というわけで、今から俺はお前の兄ちゃんだ」
「いやいや姉ちゃん……何言ってんの」
「馴染まなきゃいけないっていったで……言っただろ。見た目で言うなら、わた、俺は兄だ」
「そりゃそうだけど」
「ほら、兄ちゃん、だ。言ってみろ」
「に、にい、ちゃん?」
「疑問形にするな」
「ねえちゃ、にいちゃん、けっこう馴染んでない?」
「ネットの成り切り舐めんじゃねぇ」
「ネットかよ!」
「……お前ももっと演技しろ。もっと美少女ぶるんだ。むしろ俺に媚びてみろ」
「わあ、ねえ……にいちゃん、ノリノリ……」
「それから、服は交換な。ホレ、とっとと脱げ」
「ええ……、やだよぅ」
ぶつくさ言っている弟に手を伸ばして、麻耶は服の交換を要求する。
「やだよ、じゃねぇ。私に……じゃなかった俺にスカート穿かせたまんまにする気か」
――スカート、残骸だけど。
「だって、やぶけてんじゃん、それ」
「ばれたか」
「いやいや、だって、明らかにウエストのとこ、おかしいでしょ。そのスカート、もう穿こうとしても穿けないんじゃ……」
「大丈夫だ、お前の場合、下半身に布がなくても上がブカブカで色々かくれる。とっとと脱げ」
人が来ないうちに脱がそうと、もみ合っていたのが悪かったのか。ぎゃあぎゃあ喚く弟からジャージの下を引っぺがし、それを穿いた瞬間、
「動くな」
背後から剣を突き付けられた。