鐘と英雄
『あなたの名前はね、鐘という意味なのよ』
『美しく、高らかに、鳴り響く鐘』
白い手を持つ人だった。
うつくしい、ひとだった。
いつも悲しげな瞳をして、それでも微笑む顔は綺麗だった。
『コーラカル』
そう、優しく呼んでくれた母は、もういない。
母が死んで、村にたった一人、残された。
もともと、コーラカルたちはここに住んでいたわけじゃない。北の国で踊り子をしていたと言う母が、なぜか流れてこんなところに住みついた。
初めは住みつく気なんて、なかったんだと思う。すくなくとも、母はコーラカルにそう言っていた。この村は『聖なる街』への通り道に過ぎないのだと、目的はその街にあるのだと。
けれど、長い長い旅の果て、村に着いたときには、すでに母は病に侵されていた。旅立つ力はなくて、今までに貯めていたお金と雑用で稼ぐはした金とで二人はなんとか食いつないでいた。
肌をけして見せるな、ときつく母から言われていたから、コーラカルは外に出ることも、母を手伝って金をかせぐこともできなかった。
村人からの好意、ただで借りられたのはボロボロの空き家。
少し稼いで食べて生きるのが精いっぱい、そんな生活をしばらく続けた。
それでも母が生きているうちは良かった。
『コーラカル、私の大切なコーラカル』
貧乏でも、寒くても、母がそばにいてくれた。コーラカルを宝物だと言って、今にきっと全てが良くなるはずだと励ましてくれた。
『聖なる街』に行きさえすれば良いのだと母は言っていた。
コーラカルはそこがどんな所か知らないし、その場所がここからどれほど遠いのか分からない。
でも、母が、なんとかなると、信じていたから。
コーラカルだって、そう信じていたのに。
再び旅路に向かう前に、母は亡くなってしまった。
『聖なる街』へ行きつくどころか、そのもっともっと手前で母は居なくなったのだ。
それからは、ひどかった。
母がいないのだから、コーラカルが働かなくてはならない。生きるためには、どうしたって村人と関わらなくてはならず。
コーラカルは母の言いつけを破って肌を晒した。
あんなに駄目だと言われていたのに。
「ばけもの!!」
「よくも、俺たちをだましたな!」
「この疫病神めっ!」
肌の色が、人間ではないのだと罵られた。
オークの子だ。
ゴブリンの子だ。
アイツは魔物の血をひく化け物なのだと、コーラカルは村中から嫌われた。
それでも殺されなかったのは、ひとえに、母のお陰だった――母が、人間だったから。だったら、アイノコでも役に立つだろう、いや、アイノコだから役に立つのだと、何でもかんでもコーラカルに押し付けられた。
何をしたって死なない、便利な魔物もどき。
それが、コーラカルの価値だった。
毎日が、地獄のようだった。
失敗しては殴られ蹴られ、動作が遅いと殴られ蹴られ、失敗しなくても殴られて蹴られた。終いには、不愉快だと、視線が合ったという理由だけで、コーラカルは『痛い目』にあった。
ボロボロだった空き家さえ、コーラカルには勿体ないと取り上げられた。
食料は、時折気まぐれで与えられる誰かの食べ残し。
そして、「あの日」がやってきた。
「てめぇ、こんなとこで何やってんだ!さぼりやがって!!」
水汲みを命じられて、もう10回以上は井戸と行き来した。バケツ一杯の水は体格の良くないコーラカルには肩が抜けるほど重かったが、先ほど何とかひどくは零さず運び終えたところだった。
次はヤムおじさんのところへ行けと言われていたが、すぐには無理そうで。空腹のままずっと動き続けて、ふらつく身体がどうにもならなかったから、目立たない村の出口で少しだけ立ち止まっていたのだ。
「俺をバカにしやがって!分からないとでも思っていたのか!」
だけど運悪くヤムおじさんに見つかってしまった。
「俺の用事なら遅れても良いとでも思ってやがるんだろう!」
よくも馬鹿にしたな、と手にした棒でコーラカルを殴る。
「……めんな、さ、ごめんな、さ、」
謝罪なんて言っても通じない。
しかし謝る以外、コーラカルは出来なくて、ひたすら謝った。
どさり。
ついに倒れた身体に、また暴力が振るわれる。
「疫病神がっ!」
「う」
――もう、死んでしまいたい……。
もう、コーラカルは限界だった。
母が死んで、一月と少ししか経っていなかったが、すでにコーラカルの身体はずだぼろだった。
心も身体も悲鳴をあげる元気すら、もうなくて。
息をするのもつらかった。
生きていくのが、この地獄に居ることなのならば、いっそ死んでしまいたいと、思ってしまった。死んだら母に、会えるのにと。
――でも、ぼくは『魔物もどき』だから地獄に行っちゃう。そしたら、お母さんにも会えないや。
つらい。
つらいつらいつらいつらいつらい!!
生きているここも地獄、死んでも地獄というのなら。
コーラカルは、一体、どうすれば、いい。どうすればあの優しかった母に会える。
『コーラカル』
『あなたは、私のたからもの』
――ぼくは、魔物だ。宝物なんかじゃない。
『美しく、高らかに、鳴り響く鐘』
――ごめん。母さん。がんばれないよ、これ以上。
バシ、また棒で殴られて、目を閉じる。
もう、全部を諦めようとした、そのときだった。
「てめぇら、何してやがるッ!!」
突然、コーラカルの世界は破られた。
「大丈夫か!?」
大きな大きな、人だった。
見しらぬ彼が、ヤムさんや村人たちからコーラカルを守ってくれた。
そして。
「一緒に、来るか」
「……はい、」
コーラカルを抱き上げて、あの地獄から連れ出してくれた。
奇跡みたいに。
コーラカルを、救ってくれた。
あたたかい手、あたたかい、青い眼をした人。
「コーラカル」
母と同じに、自分をちゃんと呼んでくれた。
彼の名前は、マイヤー。
コーラカルの、英雄だ。
読んで下さって、ありがとうございます。
本日2度目の更新!
反応を下さった方、本当に本当にありがとうございました……。
嬉しかったです(涙)。




