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異世界行ってみたら弟が聖女!?  作者: 矢崎 エメ
13/50

聖女の憂い


「ここは……」


 

 気づくと、見覚えのあるベッドの上で、見たことのある調度品で、ああ、確かここは神殿だったと思い出す。

 では眠る前は、と考えて、武志は恥ずかしさのあまり再び枕にダイブしてしまった。


 ――きっとオレ、正気じゃなかったんだ!


「は、はずかしぃ……!!」

 あのとき自分は感情の波が一気に押し寄せて。

 泣いて泣いて泣き疲れ、眠ってしまったのだ。

 男の――アレックスの胸に抱きついて、である。

「し、信じられない……」

 転移前、自分は良くも悪くも普通の男だった。姉から言わせれば、少しばかり幼く、少しばかり頼りなく、そして少しばかり甘いところがあったかもしれないが、それでも普通に生活している平凡な、そこらへんに居るような男だったと自覚している。

 それなのに、同性の――いや、元・同性の男に縋りついて泣いてしまった。いくらアレックスが頼もしい存在だからって、あんな風に甘えてしまうだなんて。

 ――いや、ある意味アレは正しい行動だったんだっけ……?

「そ、そうだ!オレ、媚びなきゃいけなかったんだった!」


 『媚びろ』


 今は亡き姉の遺言である(注:死んでない)。

 この世界で生き抜くためには、自分の現在の見てくれである『可憐な金髪美少女』を最大限活用して立派な聖女を目指さないとならなかったのだ。

「ねえちゃんを助けるためでも、あるんだもんな……」

 武志が羞恥から立ち直り、決意を新たにしていたときである。

 部屋の向こうから声が掛かった。


「聖女様、お目覚めですか?」

「え?うわ、ははい!」


 見ると、お仕着せらしきものを着た一人の女性が頭を下げたまま静かに近寄ってくる。それが礼儀なのかベッドの近くまで来ても、彼女は視線も頭も上げようとしなかった。

 ――これ、きっとオレから声を掛けないと、だめなヤツ……?

「あ、の。あなたは……?」

 武志が女性に向かって問うと、彼女は初めてゆるり、とこうべを上げた。

「私はアレックス殿下より、聖女様のここでのお世話を申し付かりました。エミリと申します」

 名を名乗ると、すぐにまた頭を下げてしまう。

「あ、はい」

 シーン。

 辺りは静まり返ったままで、エミリと名乗った女性は再び頭を下げて固まったまま。今度はぴくりとも動こうとしない。

 ――どうすりゃいいんだ、これ!!頭あげろって言えばいい?もう楽にしてって言えばいいのか?一体何が正解なわけ!?

 聖女に相応しく、あくまで聖女らしく、と思えば思うほど、どうすればいいのか分からなくなってしまう。男だったことがばれないように、と気にすれば言葉遣いまであやふやになって、言い方がぎこちなくなった。

「う……あの、エミリさん」

「どうかエミリ、とお呼び捨てを、聖女様」

「じゃ、じゃあ……え、みり。あの、オレわたしは、武志・千田デス」

「存じ上げております。ケイシー・センディア様」

「あー、そう言えばそう呼ばれてた……」

 武志はついつい色々と忘れがちになる自分に、ガシガシ、と頭を掻こうとして、寸でのところで手を止める。

 ――っぶなかったー。オレは聖女、オレは聖女、オレは可愛い金髪の少女!

「エミリさ……エミリ」

「はい」

 やっと、彼女が動き出した。

 しずしずと頭をあげて視線を武志に合わせてくれる。どうやらこのまま待っていたのでは埒が明かないと思ったのか。今度正しい礼儀作法も身に付けなければ、と武志は思った。

「もしよろしければ、お飲み物をご用意いたしましょうか」

「あ、はい!お願いします」

「では……」

 すぐにお持ちしますね、とにっこり笑って、武志に応える彼女は、とても感じが良い。所作も洗練されているし、きっと彼女はベテランの類だ。それが武志の世話係に付けられているのだから、いかに己が尊重されているのかが分かろうというもの。聖女って本当に大切にされているんだなあ、としみじみ噛みしめつつ、武志は改めて今の立場を実感した。これは色んな意味で責任重大だ、と気を引き締める。

 ――そういえば。ねえちゃんはどうなってるんだ?そのうち無事にこっちに来るだろうってアレックスは言ってたけど……。 

「もう、着いたのかな。アレックスに聞けば、分かるよな?」




「……イーシャ様、私をお呼びになりましたか」

「え、」



 返事を期待していなかった独り言に、返事が返って驚いていると、考えていたばかりの人が入ってきた。

「アレックス!」

「エミリからお目覚めになったと聞きましたが……」

 気持ちは落ち着かれましたか、と。この人物も微笑を浮かべて接してくるが、武志としたら若干気まずい。あんな醜態をさらした相手とあらば、仕方がないとはいえ。

「ええっと、その節は……」

色々とお騒がせして、と謝罪がモゴモゴと口の中に篭る。思い出したら、やっぱり恥ずかしい気持ちがどうしても消せなかった。

「いえ。何かと大変な一日であっただろうと察しますので。……私の所為もありますし」

「あ……」

 姉を置き去りにしたのを散々、責めたことを言っているのだろう。申し訳なさそうにするアレックスに、安否確認を切り出すのは、ちょうど良かった。

 だが案の定と言うか、麻耶の到着は未だだと告げられる。



「しかし、御心配なさらないで下さい。夜更け前には、さすがに着きましょう」

 ちらり、と窓の外をのぞけば、夕闇が濃くなるあたりだった。あちらの世界では一番星が良く見えるようになっている時刻、広がるのは菫色のなずむ夕空だ。

「でも……、前にも言ったと思うけど、兄は神殿への道を知らないんですよ?」

「それでも、心配はご無用かと。なにしろ、あの森から村へは一本道ですし、村から出る際、神殿の方角さえ違えなければ、そこからも一本道です」

「そう、ですか。……でも、でも兄は……」

 武志は唇を噛み、まつげを震わせて、言いよどむ。


 

 頼りになる姉。

 しっかり者の姉。

 勉強もスポーツも人並み以上にできる姉は、正義感だって強い。

 麻耶は、本当に本当に良くできた人なんである。

 だが、彼女は、武志の知る限り。










 「兄は……ものすっごい、方向音痴、なんです」










 弱弱しげに告げる武志の肩を、アレックスが守るように――まるで硝子細工を扱うより優しく、そっと抱き寄せた。


 武志――無自覚で姉の予想を上回る成果を出す男。





◇◇◇◇◇◇◇






「……こんな時間になっちまったな」





 麻耶は、日の暮れた空を見上げてため息を吐いた。

 見慣れぬ星座が掛かり始めた見慣れぬ夕空には、うっすらとした白い月が『二つ』。

 二人と一匹は、まだ道中にいた。

 初めは大人しく抱っこされたまま運ばれていたコーラカルだったが、途中から自分で歩くと言いだした。それで子供の足も加わった所為もあったのか、一行は夕暮れ時を迎えても、まだ神殿に辿りついてはいなかった。

 歩けど歩けど、人に出会わず。

 荒野とまではいかないが草原と呼ぶにはいささか乾燥が進んだ平野が、村を出てからずっと続いていた。

 まさか道に迷ったと言うこともあるまい。

 あの村から、ほぼ一直線の道を来ただけだ。確かに途中、聞こえた水音に惹かれて川を探し立ち寄った。しかしそこでは水分補給と生理的欲求を各自満たしただけで、すぐに元の道に戻ったのだ。

 なのに目的地に辿りつきそうな気配がない。

 時間は焦る気持ちとは裏腹に、瞬く間に過ぎていく。まさにつるべ落としとはよく言ったものだ。

 麻耶はぶるり、と身体をふるわした。

 日がほぼ落ちきった今、風の冷たさが若干感じられる。

 ――なんせ、上半身は裸ですしね!ええ!筋肉まとってますけども!

 異世界転移して最初の夜に野宿することになりそうとは。マッチョになってた時点で分かっちゃいたけど、この世界、麻耶にえらいハードモードだ。



「寒かねぇか?」

「……だいじょ、ぶです」

「ハラ、減ってるだろ?」

「へ……き、です」



 

 明らかに無理をしているんだろうな、と分かる子供の様子に、麻耶はまた一つため息を吐く。無理すんな、と言えないのが、もどかしい。

「もうちょっとの辛抱だ……多分、」

「……ハイ」

わしわし、と腰辺りにある頭のてっぺんを撫でてやれば、びくぅっと大きく身体を震わせた。次いで硬直して立ち竦む様子に、麻耶は慌てて手を引いた。

「あ……悪い」

殴られ続けてきた者に対し、断りなく上から手を伸ばせば怯えるのは当たり前だ。ガシガシ、と自分の頭を掻きながら麻耶は断った。

「その……悪かった。殴らないから、そう怯えんなって。今度から、触る前にちゃんと触るって言う」

「……、ごめ、なさ」

「あああああ!じゃなくってな!俺は怒ってんじゃない……だから、」

謝んなくて、良いんだよ、と。声をやわらげて伝えてやると、コーラカルは漸く気配を緩めた。


 このままでは、本当に野宿だ。

 麻耶は良いが……いや、良くないが、大人だ。しかも今や人並み以上に立派な成人男性だ。しかし、コーラカルは違う。

 もともと栄養状態が良くない。体調だって、良くはなかろう。あれだけ殴られていたのだから、虐げられた生活を送っていたのだろうことは想像に難くない。

 そんな子供にメシも食わさず、野宿させるなんて。

 守ってやると、責任を取ると決めたと言うのに、決めた側からこの体たらくだ。


「くっそ、……せめて腹の足しになるもんでも見つかればな、」


 ぼやく麻耶に、しかし、この日は、再び思いがけないところから助けが降ってきた。

「……グルル、」

「ん?どうした」

今までその存在を忘れるほど、非常に大人しかった一角狼――シリブローがピクリ、と警戒するように身体を振るわせた後、低く唸る。

「あ……、」



 遠くで上がる、土煙。

 ド、ド、ド、ド、という規則正しく伝わる地響き。









「おーい。おーい!!こっちだこっち!止まってくれー!!」







 二人と一匹、この後、旅の巡業一座に拾われる。

読んで下さってありがとうございます。

投稿を始めて今日で11日!

更新って孤独な作業だったんだなあ。覚悟はしていましたが。

反応があったら喜びます(泣)。

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