遭遇の果ての村
動かない、小さな塊に急ぎ駆け寄る。
「おい、大丈夫かっ!?」
すぐそばにいる男たちは無視した。とにかく子供の安否を、と麻耶はしゃがんで手を掛ける。
「ぅ……、」
麻耶が掴んだ勢いのままに、子供の身体がぐらりと揺れた。
――なんてことを!
ところどころ腫れあがった顔。
痩せ細ったガリガリの身体。
傷跡だらけの手足は、今にも折れそうなほど細い。
思っていたような血塗れでこそなかったが、倒れたときにでもできたのか、脛の傷から血が流れていた。
仰向けになった子供はすぐさま身を守るように丸く身体を縮めたが、麻耶が状態を見てとる方が速かった。
「うう、」
動かした身体が痛むのだろう、子供が小さく呻く。
麻耶は顔をあげ、キッと男たちを睨みつけた。
「なんで、こんなことをした……?」
湧きあがる怒りに駆られて、声が震える。
直前まで暴行を加えていた男に目を合わせると、棒を握ったまま男がじり、と後ずさりした。
「な、なんだ、あんたは!」
中年の男が突然見知らぬ人間が間に入ってきたのを咎めて、声を荒げる。
「なんで!こんなことをしたって聞いてんだよ!」
立ち上がって怒鳴りつければ、男たちは僅かにたじろいだ。
明らかに自分たちよりガタイの良い麻耶に凄まれて、若干怯えているようだ。しかし所詮、多勢に無勢、しかも丸腰相手だと見くびったのか、果敢にも言い返してくる。
「あ、あんたには関係ないだろ!」
「そうだそうだ、邪魔者はすっこんでろ!」
こんなことなら、森から出てすぐ木の棒を捨てなければ良かったと麻耶は思う。
「こんな子供に暴力を振るってんの、見過ごせないだろうが!!」
ずいっと一歩、彼らの方に詰め寄れば、棒を手にした男が体勢を構えた。
「な、なんだよっ!近寄ってくんならあんたも容赦しねぇぜ!」
「容赦しない?ッハ!それはこっちの台詞だ!」
麻耶がまた一歩踏み出すと、棒を持った男を中心に後ろにいた男たちが寄ってきた。どうやら、お仲間に加勢をする気らしい。
「こ、こいつはな!村の、ここの厄介者なんだよ!!」
「ああ?」
「流れ者の母親がこいつを村に連れ込みやがったんだ。俺たちをだまくらかしてな!」
「……どういう、ことだ」
男の一人が、吐き捨てるように言った。
「あの女、初めのうちは、こいつがナニモンなのか分からねぇように隠しやがってたんだよ。このばけもんを!」
言いざま、心底腹立たしげに後ろの子供を指差す。
つられた麻耶が後ろを振り返って見ると、身体を小さくした塊がびくり、と大きく震えた。
「あんたもこいつの気味の悪い姿を見てみろよ!うすっ気味悪ぃったらありゃしねぇ!こいつぁゴブリンかオークとのアイノコにちげえねぇよ」
麻耶はぎょっと目を見開いて、まじまじと子供を注視する。
子供は。
褐色の肌をしていた。
――って!オークでもなんでもないじゃん!
土埃で全体的にうっすら黒ずんだ汚れの下、見えにくかったが、肌の色はたしかに褐色だった。
だが、それだけだ。
肌の色が、ここらの村人と違っている。
おそらくこの国の住人とも異なる色なのだろう。
肌の色が違う。
ただ。
それだけ、だ。
「っざけんな!!てめぇらなあ!こいつのドコがばけもんだってんだ!!」
麻耶の激昂に、一瞬男たちが怯んだが、すぐに身構える。
どうやら『やる気』になったらしい。
あたりを見れば、わらわらと他の村人たちが集まり始めている。先ほどからの騒ぎを聞きつけたに違いない。
それが男たちを後押ししたのだろう。棒を持った男が麻耶に向かってぐいっと踏み出してきた。
「魔物との合いの子だから力仕事させてたんだ。なのにコイツがさぼろうとしやがるから!罰を与えて何が悪い!」
「生かして喰わしてやってるだけでも、感謝して欲しいぐらいだ」
「どんだけ叩こうが殴ろうが、どうせ死にゃしねぇよ!」
つぎつぎに聞き苦しい罵声が周りからも上がる。
よそもんが口をはさむな、と。
子供が気になり、ちらりと伺うと、のろのろと身体を起こすところだった。棒で叩かれたのであろう身体を、ぎくしゃくと動かして。
――ああ。
ここでは明らかな虐待が正当化されて、大手を振ってまかり通っている。
――なんてみにくくて。
この子の、薄汚れて擦り切れた襤褸切れの下に、一体どれほどの暴力の後を抱えているのだろう。
――むなくそわるい。
「っくそ!」
自分の戦闘能力は、さっきの一角狼との戦いで実感済みだ。
相手が棒を持っていようと、負ける気はしない。なによりも、無力な子供を虐げるような輩を一発殴らなくては気が済まなかった。
じり、と棒を片手に近寄ってきた男にまずは一発、とその前に。
「ぐあっ!」
正確に棒を蹴り上げて、目障りな獲物を地に落とす。
武器になる物がいきなり消失して焦ったのか、男が棒立ちになった。
すかさず、その男の胸倉をつかむと、身長差で男の足が地面から浮いた。
「ま、……まってくれ、」
「そう言われて、てめえはあの子を殴るのを待ったことがあるのか」
人を殴るのは初めてだが、麻耶にためらいはなかった。
拳を振り上げ、横っ面をはったおそうとして、
「ッ!?」
麻耶に、石が飛んできた。
「父ちゃんを、はなせ!」
幸い石はあたることなく通り過ぎたが、麻耶の身体は固まった。
「……!」
見れば、二人の周りには、集まった村人たちが半円を囲むようにして立っている。中でも一人の少年がひときわ前に出て、麻耶を睨みつけていた。
震えているくせに、その手には新たに投げつけようと石を構えている。
――くっそ!こんなじゃ、殴れないじゃない!!
「……っく!」
吊り上げていた手を乱暴に放すと、男がドサリと尻もちをついた。
辺りは村人たちが、男たちと麻耶を固唾を飲んで見守っている。深呼吸を一つして、麻耶は慎重に男から距離を取った。
騒ぎを起こしたい訳でもないし、大きくしたい訳でもない。それに血が上った頭では気づかなかったが、水を差された今、ちょっと考えれば麻耶には『闘えない』ことが分かる。
心理的肉体的に闘えないのではなく、物理的に『闘えない』――もしくは、『闘い方が分からない』のだ。
当たり前だが、平凡な女子大生だった麻耶に喧嘩の経験などなかった。この身体になって、獣と死闘のようなものを繰り広げたが、あれは対人戦ではない。チートで強くなったこの身体で、人を相手に闘ったことなどないのだ。
あの獣相手に闘ったように、人間と闘って、果たして相手を殺さずに済むのだろうか。
殺さない手加減なんて、麻耶には当然まるで分からなかった。
「出てけよ!出てけ!」
子供の声を皮切りに、大人たちからも声が上がった。
「あやしい奴だ!出ていかないなら、ふんじばったらどうだ!」
「さっきから村の中で嗅ぎまわってたぞ」
「おおお俺なんか、こいつに脅されたんだっ!」
先ほど神殿への道を、ちょっとばかり積極的に尋ねた男も、ここぞとばかりに麻耶を指差し声を張り上げる。
「……っち、」
背後には、傷ついた子供がいる。
村人を蹴散らすのは簡単だ。それこそ、麻耶が当初思っていたように、腹立ちまぎれにチートの力で暴力を振るえば、あっけなく勝てるだろう。
だが、それでは。
――こいつらと、同じ。
圧倒的な力を多分、加護として授かって、それを使って弱いと分かっているものを甚振るのなら。あの子を甚振っていたこの男たちと麻耶は何ら変わりなくなってしまう。
それでも手加減が分かれば、「懲らしめる」くらいはやってやりたいが、それができないのだ。
「えっと、……つんだ?」
神殿に着く前に。
始まりの村、みたいなとこで。
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