遭遇の果てに
「この角、もらっとくか」
倒した銀色の獣から角を頂こう、と思いついたのは、麻耶からすれば当然の成り行きだった。
この先、丸腰では心もとない。
なんせ何が出てくるか分からない道行だ。
幸い、倒した獣の角はとてもご立派で、子供の腕ほどの長さがある。鋭くとがった先は十分、獲物として通用しそうだった。
――悪く思うなよ~。
獣の身体に乗り上げ、噛まれるのを防止するために顔を踏んで、太い角に手を掛ける。
力を入れて掴んだ瞬間、今まで気絶していた獣が意識を取り戻した。
「グゥウッ、」
見開いた青い瞳には、すぐさま赤い光が灯って全身が強張る。が、麻耶に押さえつけられた身体が思うように動かせないのか、グウ、グウ、と唸りながらもがくだけ。
そうでなくとも、タコ殴りに殴った頭や蹴りを何度も喰らった身体だ。
麻耶が体重を乗せるだけで、いとも簡単に動きはねじ伏せられる。銀の獣は瞳だけをらんらんと輝かせて、したたるような敵意を向けてきた。
手の中の角が、ミシッときしむ。
「……、」
炎のように揺らめく瞳と麻耶の目が合う。
踏みしめた足と手に、さらにぐぐっと力を込めて角を折ろうとすれば、獣は断末魔のような唸りをあげて必至に足掻いた。
手の中からギシギシギシ、と耳障りな悲鳴が上がる。
麻耶を見つめる瞳が、炎を噴くようだ。
足掻く身体はしかし、徐々に力が抜けていき、そして。
「クゥ、」
小さく鼻を鳴らすと、諦めたように銀の獣は瞳を閉じた。
ついに観念したらしい獣は体躯を完全に弛緩させている。
麻耶は、このまま角をへし折ろうとして、
「やーめた」
手を角から放し、乗り上げていた銀の塊から身体を起こした。
無意識のうちに汗を掻いていたことに気付く。
襲われている最中ならまだしも、無抵抗になった生き物をさらに甚振るような行為を続けることに、かなりのストレスを感じていたらしい。
それに、と麻耶は気づいたことがある。
――コイツ、多分魔物じゃない。
銀の毛に紅く光る青い瞳。
狼の倍以上、いやポニーほどもある大きな体躯。おまけに額には白銀の一本角が生えている。ここの生態がどんなものかは分からないが、多分普通ではないだろうと思う。
だが、だからといって、『魔物』とも思えなかった。
対峙しているとき、この銀の獣からは殺気は有れど禍々しい気が全く感じられなかった。実際、まだ魔物と遭遇したことがないから、正しいのかどうか分からない。だが直感がコレは違う、と告げてきたのだ。
「なーんか後味、悪いしなぁ」
角を折ったからといって死にはしないだろうが、なんとなく気が進まなくなった。この生き物と目が合ったとき、知性のようなものを感じてしまったからかもしれない。
麻耶は一角狼から距離を取った。
獣がゆっくりと目を開ける。
何故、と問うような視線がまとわりついてきたが、無視をする。麻耶から先に目を逸らすと、獣はそろそろと動き始めた。
「ま、もしかしたらコイツが襲ってきたのだって、自分が先に縄張りを犯しちゃったのかもしれないし……」
ひとりごちながら、麻耶はきょろきょろと目当てのものを探し始めた。
「……お、あった!」
戦闘を繰り広げていた場所に、ソレは落ちていた。
折れた木の枝。
先ほどの戦いで、何度か獣が鋭い爪を振るってバッサバッサと木を薙いでいた。その時に何本か落ちるのを視界の端に捕えてはいたので、探せば難なく見つかった。
殴るのにちょうど良さそうな獲物である。
「まあ、なんとかなるだろ」
切れ味も何もないが、森を抜けるまでの保険だ。
それにあの騎士の言い分を信じるなら、森の出口までそうはないはず。
麻耶はさっさと身を翻して歩き始めた。
――武志、待ってろよ。
背後で銀の生き物が立ち上がる気配を感じたが、もう、これ以上気をやることはなかった。
この数刻後。
銀の塊を再び目にして悩むことを、麻耶は知らない。
◇◇◇◇◇◇◇
「あのぅ、すいませーん。神殿は、どこですか」
アレックスの言った通り、あの森から抜ければすぐに村らしき集落があった。
そこで、麻耶は会う人ごとに声を掛けたのだが。
「えっと、ちょいとそこのお兄さ、」
掛けようと、したの、だが。
「あー、ちょっと、ちょい待てそこのキミた」
ことごとく、振られまくっていた。
村人たちは、麻耶が声を掛けるやいなや、眼を逸らし、そそくさと逃げていく。
「あの、おじさん?ちょっとま、」
子供も、若い女性なんかはもちろん、そばにすら近寄れない。
「おばあちゃん、ちょっと聞きたいことが……えっと、ワタクシ、怪しい者じゃなくて、ですね」
相手の機動力を考慮して、逃げられないだろうと腰の曲がった老婆に声を掛けたにもかかわらず。
「ひえぇ!」
道端で蛇に出会ったのかというほど、びよん、と飛びのかれた挙句、数歩の距離で家の中に入られてしまった。すばらしい退避能力である。
――曲がった腰ィ!!
全員から逃げられ避けられ、このままだと不審者扱いで捉まりかねない。
「あー、……だめだ、こりゃ」
改めて自分の服装を見て、麻耶は天を仰ぐ。
もともと身体に合っていなかった武志のジャージは先ほどの戦闘でボロボロ。蹴ったときに裂けた股部分を隠すために、上を腰に巻き付けたのだが、そうなると上半身は剥き出しになるわけで。
上半身裸のムキマッチョ。下半身でポロリがないだけまし。
怪しさ満載である。
ちなみに女子大生麻耶が身に付けていたヒートテックの肌着など、最初の段階でビリビリになっていた。あの昭和の伝説級大漫画の主人公なら、破れた下着もすぐに「ホワタタ」する前の状態に戻るが、こちらは当然のごとく破けたままだ。残念ながら復活機能のチートはついていなかった。
だがしかし、このままでは埒が明かない。
夕暮れにはなっていないが、日の傾き具合からして、もう午後のいい時間だろう。何が何でも夜までには神殿に――弟の元に着いていたい。
「ふむ」
しばし、考え込んで麻耶は路線を変更することにした。
「……オイ、そこのオッサン!」
「ひ、ひぃいっ!」
麻耶は適当な中年の男性を捕まえると、有無を言わさず胸倉をつかんだ。
もうこれで、逃げられまい。
――ごめんね、おっちゃん。
「ちょい、ツラ貸せ」
引いて駄目なら押してみろ、作戦である。
「てめぇに聞きたいことがある。素直に吐け」
とても聖女のお供の台詞とは思えないが、効果は抜群だった。
「な、なんでも!なんでもしゃべりますぅううう!」
――イイネ!
自分でナイス!を入れつつ男性に神殿の方角を聞き出す。
「こ、ここここの道を真っ直ぐですっ」
「どんくれぇかかる」
もはや、どこのチンピラだ、な言葉遣いになっているが、気にしない。ネット住民、なめんなアゲイン。
「いいい今から歩いて夜には……」
夜までには、ということなら4時間~5時間ほどか、と見当をつける。
ありがとな、と短く礼を言って、麻耶は気の毒な男性を手放した。
解放された中年は、ひぃ、と怯えたまま麻耶から走り去った。
「……、まいっか」
いろいろと複雑な気分にはなったが、終わりよければすべてよし、だ。神殿のある街へ着いたら着いたで、また道を聞くことにはなるだろうが、とりあえず正しい方角は分かった。
麻耶はさっさと進むことにした。
というより、この村にこれ以上居たくない、というのが実情だ。さきほどから視線がうるさくて、居心地が悪くてたまらない。
――自業自得なんだけどね。
長居は無用、とばかりにそそくさと歩いて村の出口であろう所まで近づいたときだった。
もう村はずれ、と言って良い場所だったが、数人の人だかりがあった。
――ん?なんだろう。
ドサ、という鈍い音と共に、人の罵声が聞こえてくる。
「疫病神がっ!」
「う」
バシ、と何かを叩く音。
不穏な空気をそこに感じ取り、嫌な予感と共にそうっと近づいていく。
数メートル手前で止まり、2、3人の男の背後から、覗いてみると。
「てめぇら、何してやがるッ!!」
慌てて男たちを押しのけて前に出る。
そこには。
「……っな、」
一人の小さな子供が、ぼろきれのようになって横たわっていた。
読んで下さって、ありがとうございました。
個人的更新祭り♪
また数時間後に更新予定です。




