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「命中! ふッとばしました!」
ディアスは照準器を覗き込みながら叫ぶ。
見下ろす先にある遺跡では、うねる炎の中心で巨大な爆発が巻き起こっていた。遅れてやってきた爆風を全身に受けながら、ソフィアは呟く。
「この炎…………。これをアキラ君が…………?」
メティスは双眼鏡から目を離すと言った。
「次弾装填。」
「次弾?」
「早く装填なさい。」
崩れ落ちるノーワンを見据えると、メティスは続ける。
「奴は契約者。アクレスを相手取って戦っていると考えなさい。アクレスがこの程度で殺せるわけがない。」
しかし、ディアスは笑いながら首を横に振る。
「まさか…………。これを受けて生きていられる生物は居ませんよ。さすがのアクレスさんだって……………………」
―――ウグアァァァァアアァァァ…………
その時、ビリビリと大地を震わす咆哮が轟いた。遺跡を見ていたソフィアが叫ぶ。
「全員伏せて! 瓦礫が飛んで来るわ!」
だが、当然間に合うはずもない。
無防備な彼らを瓦礫の弾幕が襲った。ある人は伏せる間もなく瓦礫ですり潰され、またある人は悲鳴を上げながら遥か彼方へ吹き飛ばされていく。
「化け物め! どんだけ離れてると思ってんだ!」
ディアスの叫びも巻き起こった暴風が掻き消した。
「つぅ…………」
瓦礫の嵐は数分続いた。岩場の影にいたソフィアは、流血した頭を抑えながら立ち上がる。幸運なことに、大きな怪我はないようだ。
辺りを見回すと、すぐに血塗れになって倒れている人影が目に入った。
「メティスさん…………? メティスさん!」
慌てて駆け寄ると、メティスはうめき声を上げながら体を起こした。立ち上がろうとするが、彼女の右足は瓦礫の下で潰れてしまっている。
「メティスさん、脚が……!」
「熱射砲は…………、ごほッ……! 」
「熱射砲よりも、ご自分の体を…………」
そう言ってソフィアが瓦礫に手をかけようとすると、メティスはそれを跳ね除けた。
「今、重要なのは、私よりも熱射砲です……! 一刻も早く、次を撃ち込みなさい…………!」
その気迫に押され、ソフィアは「……了解しました」と答えて走り出す。その後ろで、ドサリと崩れ落ちる音がした。
「あ、ソフィアさん!」
ボロボロになりながらも手を振っているディアスの姿が見えた。彼の横にある熱射砲は多少の傷や凹みがあるものの、使えないほどではない。
その他、数名の軍人が熱射砲の周りに集まっている。どうやら整備をしているらしい。
ソフィアがそれに加わると、ディアスは双眼鏡片手に遺跡を指さした。
「ソフィアさん、あれって…………。」
「え?」
ソフィアは双眼鏡を受け取ると、遺跡の方へ向ける。そして、遺跡中央を見ると言葉を失った。
瓦礫と死体がうず高く積まれた山。その山に、一人の男が立っていた。
破れそうなほどに膨張した筋肉は暗い赤色の皮膚に覆われ、ダラリと開かれた口からは、絶えず血が流れ出ている。大きく見開かれた不気味な両目の上、彼の額からは、溶岩のような色をした歪な角が生えていた。
高出力の攻撃によって身体を崩壊させながらも、恐るべき再生力によってそれを補おうとしているのだ。
彼はその足で、ゆっくりと山の頂上へと歩き出した。死と生の輪廻を延々と繰り返す彼に、もはや自我などない。彼の中にある無意識の執念が、その体を動かし続けていた。
◇◇◇
「もう大丈夫だ、リリア。」
その言葉に、リリアは彰の体にしがみついていた手をゆっくりと離した。
力場の嵐のど真ん中に立っていたのだ。全身を強く揺さぶられていたせいで、水に浮いたような浮遊感が残っている。
フラフラとしながら頭を抑えると、リリアは再び彰の胸に掴まった。
「怪我は無いか?」
彰が尋ねると、リリアは小さく頷く。
「ありがとう……。まだちょっと眩暈するけど………。」
リリアはそう言って薄っすらと目を開ける。そのまま、ぼんやりとした視界で彰を見つめると、大きく目を見開いて固まった。
「あ…………、腕が……………………」
彰の右腕が無い。捻じ切れたような傷口からは、赤い血がボタボタと垂れている。
彰は左腕でリリアを抱き寄せると、耳元で言った。
「このまま遺跡の外まで走るんだ。それまでの間、俺が何とかアイツを食い止める。」
「なに言ってんの…………」
「リリア。君にはこれからもずっと生きていてほしいんだ。」
そう言ったきり、彰はリリアを抱きしめて黙り込んだ。静かな息遣いだけが耳元で聞こえる。
リリアは震える手で彰の体にしがみつくと、消え入りそうな声で言った。
「もうやめてよ…………。腕だけじゃない。ホントは体の中もボロボロなんでしょ? このまま二人でどっかに逃げようよ…………」
リリアから嗚咽が漏れる。
彰はリリアの頭を撫でると、涙の浮かんだ目を見つめた。そして、優しく微笑みかけると、ゆっくりと唇を重ねた。
彰は、呆然とするリリアに背を向けると、瓦礫に向かって一言「メテア!」と叫んだ。その声に応えるように、瓦礫の中から小さな火柱が一本上がる。
「俺は必ず帰ってくる。リリアのいる場所に。」
力強い声で言うと、赤く輝く炎に向かって走り出した。
リリアはその後ろ姿をしばらく見つめると、大きく深呼吸して涙を拭った。
瓦礫の中から剣を引き抜くと、遠くに見えるノーワンへ向けて歩き出す。
『……まだ戦える?』
メテアが尋ねる。彰は黙って頷いた。
「どれだけ持つか分かるか?」
『さっきの調子でやってれば…………、あと十数分くらいで臓器が破裂すると思う。』
「そうか。」
彰は淡々と答えると、瓦礫の山を見上げて剣を構えた。彰に気付いたノーワンは、ギロリト彰を睨みつける。そして、口から血を垂らしながら、「アキ……ラ…………」と小さく呟いた。
二人は睨み合う。もはや語ることは何もない。未来を決めるのは、両者の剣と拳のみだ。
風が凪いだ。
同時に彰は地面を蹴りだす。
一瞬で膨れ上がった紅い炎は、ノーワンを飲み込まんと大きな口を開いた。しかし、ノーワンは構わずにそこへと突っ込んでいく。
「おらァ!」
「ガァァアアァァァ!」
彰が叩き込んだ剣を、ノーワンは両腕で受け止める。衝撃波が瓦礫を散らした。
彰はそのまま押し斬ろうとするが、強い力で押し返された。やはり片腕だけでは力負けしてしまう。ノーワンは不敵な笑みを浮かべると、彰の腹を殴り上げた。
「ぐッ……!」
彰は遥か上空へと放り出された。それを見上げたノーワンは彰へ向かって手を伸ばす。
「うォッ!」
直後、彰の体を強烈な重力が襲った。弾丸のような速度で地面へと叩きつけられる。隕石が落ちたかのような轟音。土煙が高く舞う。
ノーワンはそれを横目で見ると、彰に背を向けて歩き出した。
「待てよ……。まだ終わってねぇぞ…………。」
ノーワンの足が止まった。背後で赤い炎が巻き上がる。
その炎の中で、隻腕の少年が剣を構えた。
「来いよ、ノーワン。英雄はまだ死んでない。」
◇◇◇
「リリア! 無事じゃったか!」
リリアが走っていった先に、鎧に身を包んだ男が見えた。その周りで、ボロボロになった軍人たちが大砲に弾を籠めている。
ルシウスがビオラを呼ぶと、大砲の整備をしていた彼女が駆け寄ってきた。
「ビオラ、リリアを佐保呂まで送ってくれ。」
「私ですか?」
「あぁ。安全な場所まで頼む。」
「…………はい、了解しました。リリアさん、行きましょう。」
そう言うと、ビオラは手を差し出した。リリアはその手を見て、ちらりと背後を振り返る。
彰が赤い炎を纏いながら襲い掛かるが、ノーワンはそれを悉く跳ね返している。ノーワンの方に分があるようで、彰が攻め切れていないのが遠目にも分かった。
ルシウスはリリアの背中を優しく叩いて言った。
「大丈夫じゃ。アキラはワシらが援護する。アレもまだ生きとるからな。」
高台の上で砲塔がゆっくりと動いているのが見える。熱射砲だ。あの熱光線を食らえば、ノーワンも無傷とはいかないだろう。
熱射砲は静かに狙いを定め、火を噴いた。それに気づいたノーワンは彰を弾き飛ばして、迫りくる熱光線へと手を伸ばす。
「あ……」
目の前の光景を見て、その場の誰もが言葉を失った。
ノーワンの周囲の空間が、グニャリと捻じ曲がったのだ。それまで一直線にノーワンを狙っていた熱光線は、直前でその進行方向を変えると、そのまま反転して高台を貫く。
「ソフィアさん……」
大きな爆発を起こした高台を見て、リリアが声を漏らす。
立ち上る黒煙。それを風が吹き飛ばすと、無残にも木端微塵になった熱射砲が姿を現した。
「…………ここは危険じゃ。二人とも、早う行け!」
ルシウスの声でビオラは我に返ると、すぐにリリアの腕を強く引く。
しかし、リリアはそれを振り払うと走り出した。炎と瓦礫の舞う戦場へ。
彼女の手袋に描かれていた構築式が赤い発動光を放った。




