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体が熱い。まるで、心臓が燃え上がっているかのような痛みだ。
彰は熱い息を吐きだすと、目の前の火柱を見て呟く。
「…………出て来いよ。こんなもんじゃ死なねぇだろ?」
すると、その言葉に応えるかのように、周囲の炎が一斉に掻き消された。立ち上る熱気の中から、ほとんど無傷のノーワンが現れる。
「抵抗するな、アキラ。」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。抵抗するに決まってんだろ。」
彰は剣を構える。
「お前が未来で何をされたか分からん。でもな、それがこの世界の人を殺す免罪符にはならないんだよ。このまま尻尾巻いて帰りな。」
「残念だが、そうはいかない。」
大地に亀裂が走る。
「俺は負けるわけにはいかないんだ。」
彰は地を蹴った。だが、同時にノーワンの衝撃波に押し戻される。
「メテアァ!」
叫ぶと、彰の背から翼のように赤い炎が噴き出した。その勢いに押され、彰の体は一気に前へと吹き飛んでいく。
「おらぁッ!」
そのままの勢いで斬りかかるが、ノーワンは寸前でそれを躱すと、大きく後ろへ飛びのいた。しかし、彰の炎はそれをうねりながら追い続け、ノーワンを囲うように回り込んでいく。
ノーワンが炎を振り払うと、その陰から現れた彰がノーワンの腹を深く斬り割いた。
「小細工を……」
直後、大地を割るような衝撃波が彰を弾き飛ばした。彰の体は、瓦礫の上を何度も跳ねながら転がっていく。
彰はすぐに飛び起きると、口の中の血を吐きだして叫んだ。
「メテア……! もっと出力上げろ! こんな小細工じゃ通用しねぇ!」
すると、その脇からメテアが困った様子で顔をだした。
『そんなの無茶だよ。』
「無茶だと?」
『これ以上出力を上げると、本当に君の体が壊れ始める。君が死んだら……、この世界がどうなるか分からないじゃないか!』
「うるせぇ! 出し惜しみしてる場合か……っごほッ…………」
そこまで言うと、彰は突然せき込みだした。咳と同時に、赤い血が口から噴き出る。
『ほら! 言わんこっちゃない! まだ君の体はこの力に慣れてないんだ! だから、このまま…………』
「メテア!」
メテアの言葉を遮るように叫ぶ。
「俺が生き残っても、この時代の人類が滅ぶなら意味ねぇんだよ! あいつに勝たなくちゃ、意味が無いんだ! 俺のありったけをぶつけなくちゃ、あいつには勝てねぇんだよ! 魔力だろうが心臓だろうが、なんだってくれてやる! 俺にあるもんは全部燃やし尽くせ!」
メテアは一瞬黙ると、すぐに『……分かったよ』と頷いた。
『死ぬほど痛いけど、弱音吐かないでよね。』
そう言うと、メテアは彰の額に触れた。
「弱音なんて………ッうおぉ……ぁ…………!」
凄まじい痛みが全身を駆け抜けた。一瞬でも気を抜けば、一気に意識を持ってかれそうだ。だが、それと同時に周囲の炎が大きく巻き上がる。
炎が体に触れた。その炎は、彰の体を優しく包み込んでいく。
次第に、自分の体と炎の境界が分からなくなってきた。まるで炎の海の中へと溶け込んでいくかのようだ。
彰は震える脚で大地を踏みしめると、静かに笑った。
ノーワンは心臓を抑えると、血反吐を吐き出した。体の限界が近い。
「まだだ……。まだ駄目だ…………!」
そう呟くと、震える手で腰のポーチを探った。焼けて空いた穴から落ちそうになっている黒い箱を取り出すと、その中の注射器を握りしめる。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
呼吸を整えながら立ち上がると、その目の前では火山が噴火したかのような炎が吹き荒れていた。
ノーワンはそれを見ると、無表情で呟いた。
「…………賭けるしかない。」
◇◇◇
膨れ上がった炎が、辺りの瓦礫を飲み込みながら渦巻いている。それまで威勢よく轟いていた砲声はピタリと止み、その場に居た人々は、みな炎を前に呆然と立ち尽くしていた。
その炎の渦から、一人の少年が飛び上がった。
「ノーワン!」
叫ぶと、その手に持った剣を大きく振るう。渦巻いていた炎はまるで巨人のように膨れ上がり、目の前の小さな男、ノーワンへ向けて赤い拳を振り下ろした。
「……ッぐァ!」
ノーワンが大きく膨張した腕を向けると、その拳は男の前でグシャリと潰れる。しかし、その横から巨大な炎の塊がノーワンを吹き飛ばした。
ノーワンの体は轟々と燃えながら地面に叩きつけられる。
「未来へ帰れ、ノーワン!」
彰は再び剣を振るった。立ち上がろうとしたノーワンを、うねる炎が無慈悲にも炙っていく。
「ゥゥゥ…………」
焼け焦げた皮膚を何度も再生させながら、ノーワンは立ち上がる。
「まだだ…………。」
血走った目で彰を見つめると呟いた。彰は荒い息を吐きながらノーワンへ剣を向ける。
「諦めろ、ノーワン。」
「まだ…………、負けるわけにはいかないッ! 終わるわけには……ッ!」
その直後だった。
巨大な熱光線がノーワンの居た場所を貫いた。
轟く爆音。巻き起こる爆風。
「っうわ!」
近くにいた彰は、その爆風のせいで瓦礫の上を吹き飛ばされていく。しかし、彰の体は突然強い力でグイと引っ張られた。
見ると、細い銀糸が何本も彰の体に絡まっている。
「アキラ君!」
聞き慣れた声。彰は顔を上げると、目の前にいた少女を見て呟いた。
「リリア…………」
「アキラ君……!」
リリアは彰の元まで駆け寄ると、血だらけになった彰の体を力強く抱きしめた。
「バカじゃないの! こんな血だらけになって!」
「ごめん……」
「もう無茶しないでよ! あなたが死んじゃったら……、アタシは…………!」
彰は少し笑うと、剣を置いてリリアの体を強く抱きしめた。リリアの涙が胸の傷に沁みる。
「ありがとう、リリア。」
「…………体は大丈夫なの?」
「あぁ。なんともない。大丈夫だ。」
リリアは彰の胸に触れると、黙って俯いた。そして、小さく息を吐くと、遺跡の外れに見える高台を指さした。
目を細めると、その高台の上には演習場で『魔動熱射砲』と呼ばれていた兵器が見える。
「あそこにソフィアさんたちが居るの。熱射砲なら、あの化け物相手でも通用する……!」
リリアはそう言うと、先ほど熱光線が直撃した場所へ目を移した。
そこには、右半身が吹き飛んだノーワンが立っていた。だが、すぐにフラフラとバランスを崩すと、その場で膝から崩れ落ちた。
リリアは彰の方に向き直る。
「もう大丈夫。あとはソフィアさんたちに任せて…………わッ!」
彰はすぐにリリアを抱えると剣を握りしめて走り出した。
「ちょ、どうしたの!」
「まだだ……。」
彰は走りながらチラリとノーワンを振り返る。
「再生が……始まってる…………!」
「!」
ノーワンの右半身から赤い肉が生えてきているのが見えた。そもそも、アクレスの炎で焼かれても死ななかった男だ。半身が吹き飛んだ程度で死ぬはずがない。
「とりあえず、ルシウスさんのところまで…………」
言いかけて、彰は立ち止まった。
「…………リリア。俺に掴まってろよ。」
「……え?」
「来るぞ。」
彰の言葉の直後。
―――ウグァァアアアアァァァァ!
地獄の底から響くような絶叫が遺跡中に轟いた。




