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 瓦礫を押しのけると、ルシウスは落ちていた盾を拾い上げた。どこかへ飛んでいった兜を探すが、見回した限りどこにも無い。

 歩き出そうとすると、すぐ脇には砲身のねじ曲がった大砲が落ちているのに気付いた。

「はは…………」

 思わず乾いた笑いが漏れた。だが、ルシウスはすぐにハッとしてため息を吐く。


「生き残りは居るか!」

 叫ぶと、辺りから何人かの声がした。瓦礫の下から、続々と調査隊の面々が顔を出し始める。

 ルシウスを含め、全員が例外なく怪我だらけだ。

「動ける者は付近の怪我人の救出を最優先しろ!」

 その指示で、その場の人間がポツポツと動き始めた。


「准将!」

 振り返るとビオラが立っていた。その軍服はボロボロに汚れ、所々に赤い血がこびり付いている。

「……ビオラ。怪我は?」

「掠り傷です。調査拠点の方に居ましたから。」

 調査拠点は、ここよりも少し離れた場所にある。

「拠点は無事なのか?」

「はい。多少、瓦礫は飛んできましたが、ここほど酷くはありません。それよりも、佐保呂から連絡が入りました。」

「連絡…………。あぁ、通信機か。」

 ルシウスが呟くと、その横でビオラがメモを取り出した。

「『援軍到着マデ彰ヲ死守セヨ』だそうです。」

「はは……。簡単に言ってくれる…………。」

 ルシウスは遠くの空を見上げると、目を細めた。灰色の雲を背に、血だらけになった一人の男が浮かんでいる。

 ノーワンだ。

「戦えるか?」

 ルシウスが尋ねると、ビオラは「もちろんです」と答えて槍を構えた。



「ははは…………」

 ノーワンは眼下に広がる更地を見て、乾いた笑いを漏らした。

 これが契約者の全力。

 遺跡の約半分を瓦礫の底に沈める。契約者にはこの程度の力しかない。

 この程度の力を携えて未来へ帰ったとして、せいぜい街の住人が半分減らせるくらいだ。そんなことをしても国の上層部は、その街もろともノーワンを消し去るだろう。取引に持ち込める程の力はない。

 やはり、なんとしても更なる力を得なければならない。


 ノーワンは自分の左腕を見た。

 血は止まっているが、指の再生が遅い。膝から下も捻じ曲がったままだ。魔力が底をつきかけているのだ。

 再び遺跡に目を戻すと、銃を持った軍人が次第に集まっているのが見えた。遠くに見える拠点らしき場所から、続々と兵器が運ばれてきている。

 彰を探すが、どこかへ吹き飛んでしまったのか見当たらない。この世界が存在しているということは、まだ生きてはいるのだろう。

 ノーワンはボロボロになった腰のポーチから黒色の箱を出した。その中には数本の注射器が並んでいる。

 ノーワンはその中から一本を取り出すと、それを見つめて呟いた。

「……もう、これしかないか。」

 そして、何度か深呼吸をすると、大きく息を吸い込んで左腕に注射器を差し込んだ。



 怪我人の搬送も進み、拠点から補充された戦力も次第に整ってきた。ルシウスは凹んだ兜を被ると、空に浮かぶノーワンを見上げる。

「動かんな。」

「そうですね。」

 先ほど、空中で何かをしていたように見えたが、それ以降はぐったりとして動かない。この間に一気に攻めたいところではあるが、ノーワンのいる高さまでこちらの攻撃は届かないのだ。

「アキラはどうじゃ。」

 ルシウスが尋ねると、ビオラは首を横に振った。

「ヘクターが捜索隊を指揮していますが、未だに連絡はありません。」

「そうか……。」

 すると、そこへ二人の元へディアスが駆け寄ってきた。ディアスは荒い呼吸を整えて尋ねる。

「俺に指令って、何ですか……!」

「ディアスさんは、あそこへ向かってください。」

 ビオラはそう言って、遺跡の外れに見える高台を指さした。今三人がいる位置からは、かなり距離がある。

「……あの高台ですか?」

「はい。」

「……俺一人ですか?」

「はい。中将からの指令です。」

 それを聞くと、ディアスは言葉を飲み込んで「了解しました……」と歩き出した。


 ルシウスはディアスの後ろ姿を見送ると、再びノーワンを見上げた。

「……おかしい。」

「え?」

「デカくなっとらんか?」

 遠目で分かりづらいが、ノーワンの体が膨張しているように見える。ルシウスの目には、ノーワンの様子がどこか苦しんでいるようにも見えた。

 だが、ルシウスはすぐに叫んだ。

「全員、戦闘用意!」

 ノーワンの目は真っすぐにこちらを見ている。彼の目標が変わったのだ。彰ではなく、この場の制圧へと。

 ルシウスは盾を高く掲げる。

「奴も人間だ! 限界は必ず来る! それまで攻撃し続けろ!」

 直後、ノーワンは、彼を囲うように設置された大砲の中心へ、垂直に降り立った。

 その目は真っ赤に充血しており、ぜいぜいと苦しそうに呼吸をしている。額の辺りからは、赤黒い結晶がポツポツと浮き出てきていた。

 明らかに様子がおかしい。

「全隊、撃てーッ!」

 同時に数えきれないほどの砲弾が撃ち込まれる。そして、そのすべてが爆炎と共に着弾した。

 だが、その爆炎も一瞬で衝撃波に掻き消される。更に砲が幾つか吹き飛んでいった。

 ルシウスは飛ばされかけたビオラを掴みながら、なんとかその場に踏み留まる。

「ぐッ…………!」

 ノーワンを中心に、ときに弾き飛ばすように、ときに押し潰すように、様々な方向へと力場が荒れ狂っている。このままでは砲撃どころか、立っていることすらままならない。


 しばらくすると、衝撃波の嵐はピタリと止んだ。見ると、ノーワンが血を吐いて倒れている。

「この機を逃すな! 撃ち込めーッ!」

 すかさず残った砲が火を吹く。

「ぐァァああァァァ!!」

 しかし、ノーワンが咆哮すると、撃ち込まれた砲弾は空中で静止し、そしてひしゃげて落ちた。


「まずい……! 来るぞ!」

 再び大気が震え始める。大地が唸り始める。

 ノーワンはもう一度、この場を瓦礫に沈めるつもりだ。

 大砲はこの場にある物のみ。それが全て潰えてしまえば、今度こそ打つ手が無くなる。

「なんとか止めろ! 奴に力を使わせるな!」

 三たび、砲声が轟く。が、虚しくもその砲弾がノーワンに届くことはない。

 遺跡全体に、地の底から聞こえてくるような重低音が響いた。


 万事休すか。


 せめて一矢報いなければ、とルシウスが走り出した、その時。

「うおぉッ!」

 突然、ノーワンの居た場所へ、巨大な火柱が突き刺さった。皮膚がヒリつくような熱風が辺りを駆け抜ける。


「准将!」

 背後の声に振り向くと、息を切らしたヘクターが立っていた。

「ヘクター! アキラはどうした!」

「発見しました……。」

「どこにおる!」

 ルシウスが尋ねると、ヘクターは目の前を指さした。その先を見て、ルシウスは思わず息を呑んだ。


 割れた雲の切れ間から、白い陽光が差し込んでいる。その光に照らされて、男が一人高々と剣を掲げる。

 迸る熱気を身に纏い、一人の英雄がそこに立っていた。

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