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遺跡から帰ってきてから数日。新たに結成された調査隊が遺跡に向かっている。遺跡へ近づくことすら禁止されている彰は、その報告をただ待つしかなかった。
だが、そんなある日、彰とリリアは「会いたがっている人がいる」と呼び出されたのだ。
「もう着きますよ。」
馬車の前から御者の声がした。
「この馬車はどこに向かってるの?」
リリアは馬車の小窓を覗き込んで尋ねる。
窓の外には、北島の広大な平原が広がっている。目を凝らすと、遠くの方で煙が立ち上っているのが見えた。
「なんだ、あの煙……」
彰が呟いたその時、遠くの方から地面を震わせるような砲声が聞こえてきた。それも、一発ではない。
「うおッ! 何だ!」
「訓練です。」
「訓練!?」
「はい。」
御者が淡々と答えると、窓の外で再び爆発音がした。
佐保呂駐屯地から北へしばらく向かった先。軍の巨大な演習場がある。
そこでは、火薬式の大砲や、魔動砲と呼ばれる高火力兵器から、開発された最新兵器まで、様々な兵器が実際に運用されている。
二人は、その演習場から少し離れた場所にある建物へと連れてこられた。通された部屋で二人を待っていたのは、赤い髪の女性。
「や、二人とも。」
「ソフィアさん!」
ソフィアはしばらく二人を見つめると、黙って優しく抱きしめた。
「ソフィアさん……。ごめんなさい、俺…………」
「謝る必要ないわ。」
ソフィアはそう言って遮ると、再び黙り込んだ。
手の温かさが背中に伝わる。遠くの方で、重い砲撃の音が聞こえた。
「アクレスはさ…………、あれで良かったのよ。」
ソフィアは呟くように言う。
「アイツも前はね、もっと普通に笑ったり、落ち込んだりしてた。意外と涙もろかったりしたのよ。でもね、五年前のあの日……、英雄になったあの日から、何もかもすっかり変っちゃったわ。私が変えてしまった…………。」
そこまで言うと、二人を離して一つ息を吐いた。
「きっと、『英雄らしくしないと』って、すごく無理してたのね。私たちもそれに気づいていながら、何もしてあげられなかった。……だから、もう休ませてあげないと。」
そう笑ってソフィアは席を勧める。その声が少し震えているのに二人は気づきながらも、何も言わずに席についた。
運ばれてきた紅茶を飲むと、ソフィアは尋ねた。
「リリアちゃん、魔法具の調子はどうかしら? ちゃんと動いてる?」
以前、ソフィアに中央都で魔法具の整備を頼んでいたらしい。リリアは手袋をはめた手を見せると、笑って答える。
「はい、ちゃんと発動してます。前よりも調子良いかも。」
「体の調子は?」
「なんとも無いです。」
ソフィアはそれを聞くと、「それなら良かったわ」と呟いて笑った。
彰はカタカタと揺れる窓を見て言った。
「それで、ソフィアさんはどうして北島に?」
「ちょっと、メティス中将に呼ばれてね。」
「中将に?」
「そう。…………遺跡での敵が、まだ生きてるらしいじゃない? それの対策に開発中の新兵器を使いたいらしいのよ。」
ソフィアはそう言うと、思い出したかのように「ついでに、ディアスも来てるわ」と付け加えた。
その時、窓の外で赤い光線が駆け抜けていった。思わず彰とリリアが窓へ目を向けると、その向こうで大きな爆発が巻き起こる。
「…………見に行ってみる?」
ソフィアが尋ねると、二人は無言で頷いた。
遠くの平原に、ずらりと並ぶ砲台が見える。巻き起こる風に乗って、丘の上にも微かに火薬の臭いが運ばれてきていた。
その砲台の列の端に目をやると、明らかに異質な砲が一門ある。しばらく眺めていると、その砲身から真っ赤な光線が放たれた。
「あれが新兵器の『魔動熱射砲』よ。」
ソフィアが指さす。
「完全国産、新開発の技術よ。あれなら、十分に世界の列強と渡り合えるわ。本当はもっと早く造りたかったんだけど……、少し遅かったわね。」
光線が駆け抜けていった遥か彼方で、大きな爆発が起こる。他の砲に比べて、射程も破壊力も桁違いだ。
「こんにちは。」
彰たちが呆然と眺めていると、背後から声を掛けられた。
振り返ると、メティス中将が紙の資料を片手に立っていた。周りにいる他の軍人も同様の紙を持っている。大方、新兵器の威力調査といったところだろう。
メティスは彰とリリアを交互に見て言う。
「本来は関係者以外、立ち入り禁止なのですが。」
ソフィアはバツが悪そうに「あ…………、すいません」と頭を下げる。すると、メティスは彰を見て言った。
「まぁ、我々も人のことは言えませんがね。お互い、他言無用で行きましょう。」
「お互い?」
それ以上の詮索を遮るように、メティスは背後にいる部下の男に片手を上げて合図した。その男は頷くと、手に持っていた受話器に何か指示を出す。
「あれは?」
リリアはその受話器を指さして尋ねた。
「通信機です。」
「つうしんき?」
「離れた場所へ指示を出せる道具です。音が黒い管を通って、その先へ届くようになってます。これのおかげで、情報伝達が格段に速くなりました。」
その言葉と同時に、平原の砲台が一斉に火を噴いた。
見ると、受話器が繋がる小さな箱から、平原の方へ黒いコードが伸びている。
有線の通信装置が開発されたのだ。この世界の文明は、転移者の力無しに、自身の力だけで着実に発展していっている。
メティスは彰の横まで来ると、立ち上る黒煙を見つめて言った。
「遺跡の調査ですが、未だにノーワンの姿は確認されていません。同様に、アクレスも未だに見つかっていません。」
それを聞いて、彰は黙り込む。メティスは彰をちらりと見ると、口を開いた。
「ただ、それも時間の問題でしょう。あの爆発で、遺跡にいたほとんどの魔物が居なくなりました。おかげ様で、遺跡の調査はかなりの速さで進んでいます。全域の調査が終わるのも、間もなくです。」
「本当ですか?」
「えぇ。あの遺跡のどこかに、貴方が元の世界へ帰る方法があるのでしょう? 御覧の通り、我々はゆっくりですが着実に歩みを進めています。貴方がこの世界を後にしても、マテラスで暮らす、貴方の大切な人々の安全は我々が保証します。」
メティスはそう言って優しく微笑む。彰はちらりとリリアを振り返ると、メティスを見て「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「メティス中将!」
丘の下から、一人の男が慌てた様子で駆け上がってきた。
「どうしました?」
メティスが尋ねると、その男は呼吸を整えて答えた。
「遺跡の調査隊から……、至急の連絡が入りました……! 遺跡の最奥部で……、一人の男が発見されたそうです!」
「男? アクレスですか?」
「いえ……。その男は、調査隊へ強い衝撃波のようなものを放つと、同時に垂直に空へ飛び立ったと…………。」
「なんですって?」
「おそらく、その男はノーワンと思われます。」
それを聞いて、その場にいた全員の表情が変わった。
「飛び立った、ということは、ノーワンは何処へ?」
「はい。発見したものによると、方角からして西、ここ佐保呂へと…………」
その時、平原の方で砲声とは違う衝撃音が響いた。
彰はそれを見て固まる。
平原には何かが衝突したかのような、小さなクレーターができている。立ち上る土煙。その中から、ゆっくりと黒い人影が姿を現した。




