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「母さんと弟を頼んだぞ。」 

 そう笑いながら俺の頭を撫でる。それが、俺が最後に見た父の姿だった。


 頭のてっぺんから足の先まで、全てを国に捧げることで、国家繁栄の礎となれる。俺たち被検体は、そんな「名誉ある存在」である。

 ぼやけたホログラムと共に流れる無機質な音声が、俺たちにそう教えてくれた。

「俺たちは選ばれた人間なんだぜ!」

 嬉しそうに語っていた学友は、その数日後に何らかの実験で「殉職」した。


 嘘くさい並木道を歩いていると、その脇で男女がもつれ合っていた。俺はその横を無感情に素通りする。

 十歳までの基礎教育さえ終えてしまえば、あとは基本的に何をしても自由だ。こんな光景は日常茶飯事だし、そもそも取り締まる人間がいない。

 ぼんやりとしながら上を見ると、まっ白な天井が広がっていた。

 第13区画。

 そう呼ばれているこの部屋が、俺の世界の全てだった。


「ねぇ、なんかお手紙きてたよー?」

 ある日、弟が一通の手紙を持ってきた。母は慌てた様子で封を開けると、不自然な笑顔を作って言った。

「おめでとう、ノーワン。あなたも選ばれたわ。」

 母から手紙を受け取って読む。その手紙は、俺がとある実験の被検体となったことを報せるものだった。

 俺は弟の頭を撫でると、無理に笑顔を作った。

「兄ちゃん、行ってくるからな。その間、母さんを…………」

 何故かそれ以上は言えなかった。弟はキョトンとした顔で俺を見上げている。


「ううぅぅぅ…………」

 突然、母が俺を抱きしめた。言葉にならない嗚咽だけが耳に響いた。 

 俺は母と弟を抱き寄せると、震える声で言った。

「必ず……、必ず帰ってくるから…………! 必ず、生きて帰ってくるから………………!」

 被検体として選ばれ、その後生きて帰った者はいない。そんなことは知っている。

 だが、この時は、そう言うしかなかった。

 何故、俺たちはこんな目に合っているのだろうか。俺たちが何をしたと言うのだ。そのことだけが、ぐるぐると頭を巡る。

 不思議と涙は出なかった。


 ◇◇◇


 呼吸をするだけで、喉に張り裂けるような激痛が走る。焼けてくっついた瞼を無理やり開けると、見慣れた白い天井が見えた。

「おや、やっと起きたか。」

 横に目をやると、一人の老人が目に入った。アルフレッドだ。

 彼は持っていたタブレットを棚に置くと、俺の顔を覗き込んで尋ねてきた。

「気分は?」

「……さい……あ……く…………」

「だろうな。」

 アルフレッドは鼻で笑うと、再びタブレットに目を落とす。

「リジェネレータの修理が間に合わなければ、とっくにお前は死んでたぞ。私の的確な指示が無かったら、どうなっていたことか…………。」

 喉の痛みが引いていく。火傷の傷が再生しているのだろう。


「な……ぜ…………」

「ん?」

「なぜ……俺を…………助けた……」

 助ければ、この世界が無くなる可能性がある。この男も、そんなことは知っているはずだ。

 すると、アルフレッドはしばらく考えて答えた。

「……私は以前、とある男を流行病から救ったことがある。何もしなければ彼は死んでいたし、私には彼を救う技術があった。私の行動は間違っていないだろう?」

 アルフレッドは尋ねるが、返答できないのに気付くと再び口を開いた。

「だが、数年後。その男は戦場で数万の人間を焼き殺した。あの時、私が彼を助けなければ、その数万の命は救われたかもしれない。私が彼を救ったことは、本当に正しいことだったのか? 流行病で死ぬ彼を見殺しにするべきだったのか?」

 アルフレッドはそう言うと、タブレットを置いた。

「私はもう何が正しいのか分からない。ただ、それからは目の前の人間だけは助けることに決めたんだ。」

 そう自嘲する彼を、俺は黙って見上げることしかできなかった。


 彼は大きく伸びをして立ち上がる。

「言っておくが、私はリジェネレータの修理方法を教えただけだ。お前をここまで運んで、蘇生させたのはお前の仲間たちだ。そいつらに感謝するんだな。」

 そうだ。

 俺には仲間がいる。その仲間のためにも、早く体を治さなければならない。

 すると、視界の端からため息が聞こえてきた。

「……ったく、とんでもないモノ作りやがって。リジェネレータってのは、なにも無条件に体を再生してくれる訳じゃない。再生した分だけ寿命が縮むんだぞ。それは分かってるな?」

 俺は小さく頷く。

「あぁ…………。だが……、俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ………………。」

 アルフレッドは「大抵の人間はそうさ」と呟くと、そのまま部屋から出ていった。

 誰もいなくなった部屋で、静かに白い天井を見上げる。

 この身に背負っているのは、自分の命だけではない。仲間や家族を始め、未来で待つ被検体全員の命が掛かっているのだ。

「早く…………、早くしないと………………」

 だが、そんな想いとは裏腹に、意識は再び闇の中へと引きずり込まれていった。


 ◇◇◇


 墜落と同時に、生き残っていた数名の科学者は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。残されたのは、たった十三人の被検体のみ。

 そんな中、ノーワンは一人の老人と出会うこととなる。

「凄いな…………。こんなものがあったのか………………。」

 地下の施設を見せると、戦争屋と名乗る彼は目を輝かせながら声を漏らした。


「アキラとアルフレッドとかいう二人がいれば、この制御装置の認証を突破できるんだな?」

 施設内にそびえ立つ二本の制御塔を前に、戦争屋が呟いた。

 箱舟を始め、重要な施設の扉は固く閉ざされている。その扉を開けるためには、この認証を突破しなければならない。


 ノーワンは頷くと、制御塔に触れた。塔の側面に二人の男が表示される。

「その二人は施設の総責任者だ。二人の生体情報が欲しい。」

「なるほどなぁ…………。それで、箱舟を使って何をするんだ。お前の時代……、未来の人類を滅ぼすのか?」

 戦争屋の問いかけに、ノーワンは首を横に振る。

「いや。上層階級の人間は既に電脳化してるんだ。」

「でんのうか…………?」

「つまり、箱舟では殺せないってことだ。が、未だ肉体を持つ全人類を人質にとれば、脅しくらいにはなる。その間に、被験体の全員をこちらの時代に移すことができれば良い。」

「…………ということは、この時代と未来とを一往復するんだな?」

「そうなるな。逃げた科学者の中に、船の技師がいる。そいつも捕まえないと。」

 墜落した船はある。それを修理できれば、時間航行は可能だ。


 だが、戦争屋は眉間にシワを寄せる。

「動力はどうするんだ。残っているのは片道分だけだろう?」

 本来の目的は時間跳躍の試験と、箱舟の操作法の解明だ。

 そのために船に蓄えられていた動力は、未来から過去への一往復分のみである。この時代へと来た今、残された動力は片道分だけだ。

 ノーワンは制御塔を睨むと答えた。

「船の動力は魔力と同質だ。それなら、この世界にもそこら中に居るだろう?」

「魔力…………。まさか、人間を動力にする気か?」

「箱舟が起動できれば、人の魔力を抽出することも可能だ。異なる背景を持つ人間がいると、必ず争いが生まれる。どちらにせよ、この時代の人間は全員殺す。この世界は俺たちだけのものだ。」


 戦争屋はそれを聞いて鼻で笑った。

「理想は良い。が、相手は人間だぞ?」

「何が言いたい。」

「この世界の人間を滅ぼそうと私は構わんが、お前は人を殺すにはまだ世界を知らなすぎる。」

 戦争屋はそう言うと、懐から地図を取り出して見せた。

「この国の首都、中央都に私の店がある。そこをお前に任せよう。アキラやアルフレッドを待ちながら、この世界の人間を見てみると良い。それでもなお、お前の覚悟が揺るがないならば実行に移せ。良いな?」

 戦争屋は試すような顔でノーワンを見る。ノーワンは少し黙ると、静かに頷いた。

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