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ガチャガチャと音を鳴らしながら、ルシウスは猛スピードで駆け抜けていく。鉄の鎧を着ているはずなのだが、彰の全力と同じくらいの速度で走っている。
「もっと速く走れ!」
ルシウスはそう言って更に速度を上げた。彰はその背中を追いながら尋ねる。
「なんでそんなに急ぐんだ!?」
ルシウスは振り返らずに答える。
「アクレスは『アレ』をやるかもしれん!」
「アレってのは!?」
「五年前、ワシは戦場でとんでもないモンを見たんじゃ! 一帯を巻き込む炎の大波が…………」
そこまで言いかけて、ルシウスは足を止める。それを見て、全員が足を止めた。
「ちょ! どうしたんだよ!」
彰が尋ねると、ルシウスは「……時間切れじゃ。」と呟いて遺跡に目を向けた。
遺跡からは、赤々とした炎が吹き上がっているのが見える。その様は、まるで溶岩を吹き出す活火山のようだった。
見つめる彰たちの間を、肌を焼くような熱風が吹き抜ける。
「全員、ワシの後ろへ回れ。絶対に顔を出すなよ。」
「どういう……」
「早く来い!」
首を傾げる彰の腕を、ヘクターが慌てた様子で引っ張った。
全員が背後にいることを確認すると、ルシウスは大きく息を吐きだす。
「この距離なら大丈夫だとは思うが………」
そう言うと、巨大な盾を構えた。
直後、巨大な熱の塊が全員を襲った。
先ほどの熱風が可愛く思えるほどの熱と風圧。少し離れた場所にある雑草が一瞬で赤く燃え上がった。盾の後ろに居なければ、その雑草と同じ運命を辿っていたに違いない。
ルシウスが叫ぶ。
「来るぞォ!」
何が。
と尋ねる前に、その答えが分かった。遺跡で大きく膨らんでいた炎が、一気にはじけ飛んだ。
目の前の光景を一言で表すならば、煉獄という言葉がふさわしいだろう。
草木も、野獣も、魔物も。その場に存在していたあらゆる物が、一切の容赦なく赤い大波に飲み込まれていった。
「ぐぅ……ン…………!」
ルシウスの巨体が僅かに押され始める。
彼の盾も鎧も、考えられないほどの高温になっているだろう。だが、それでもルシウスは構えを崩さずに耐え続けた。
彰は大きく息を吸うと、鎧の熱さにも構わず、目の前の巨大な背中を押した。
「負けんじゃねーぞ!」
「ッたりまえじゃ!」
その声を掻き消すように、彼らを炎の海が飲み込んでいった。
どれだけ耐えていただろうか。時間としては長くはないのだろう。ただ、彰たちにはその短い時間が、恐ろしいほど長く感じられた。
「准将!」
ビオラはすぐにルシウスの鎧を外し始めた。頑丈な鉄の中から、汗だくになった大男が現れる。
鎧の内側には革が張りつけられており、そのおかげなのか火傷はそこまで酷いものではない。
「……退却じゃ。」
ルシウスは小さく言うと、フラフラとした足取りで立ち上がる。
「アキラ君、早く手出して!」
リリアは腰の水筒を取り出すと、すぐに彰の両手に掛けた。彰は火傷の痛みに顔をしかめる。
「悪い……。つい手が出ちゃった………。」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 早く病院に行かないと!」
「いや、俺は大丈夫だ。」
「大丈夫じゃないでしょ!」
「俺よりもタケルさんだ。タケルさんはがまだ遺跡の中にいる。」
「え………。遺跡の中って………」
そう言ってリリアは遺跡のあった場所に目を向ける。視線の先に残されていたのは、大量の瓦礫の山だけだった。
◇◇◇
「はぁ………はぁ………………」
ボロボロの右足を引きずりながら、戦争屋は遺跡の通路を進んでいく。完全に止血できていないせいで、彼の歩いた後には赤い血痕がポツポツと残っていた。
「ノーワンめ………。こっちまで巻き込むとは………。」
ただ、竜の体重のせいで、あの男は床もろとも下の階へ落ちていった。生き残っていたとしても竜が逃がさないだろう。
そう考えると、結果的には良かったと言えるだろうか。
「とにかく……、戻らなければ………。戻れば………この程度の傷…………。」
そう呟く戦争屋の背後で、ガチャリと音がした。
戦争屋は足を止めると、大きく息を吐きだす。両手を上げながら振り返ると、その先に立つ男を見て小さく笑った。
「ハッ……。随分顔色が悪くなったじゃないか。」
拳銃を構えたタケルは、青白い顔で戦争屋を睨みつけている。彼の左腕は爆発とともに失われ、ボタボタと赤い血を流していた。
タケルは銃を構えながらゆっくりと歩き出す。
「おかげで装填できなくなっちまった。この銃にもあと一発しかねぇ。だが、お前を殺すには十分だ。」
「まぁ………、そうだろうな。」
戦争屋はそう言うと、その場に座り込んで壁にもたれかかった。タケルはその頭に銃口を向ける。
「ミコトの居場所は知らないんだな?」
「知らんよ……。君もしつこいな………。」
戦争屋は眉間にシワを寄せて答える。そして、遺跡の床を愛おしそうに撫でると、静かに笑う。
タケルは呼吸を整えて尋ねた。
「一応聞いてやる。言い残すことはあるか?」
「無い。」
戦争屋はそう言いきって静かに目を閉じた。
「あと少しだったんだがなぁ………………。あぁ……、見たかったなぁ………。」
その言葉を聞き終えると、タケルは黙って引き金を引いた。
通路を進みながら、左肩を抑える。指の隙間から血が滴り落ちるたびに、足取りは重く、視界は霞んでいくのが分かった。
広場の方を見ると、既に誰も居なくなっていた。ただ、奥の方で大きな火が巻き起こっているのが見える。
彰とリリアは何処へ行ったのだろうか。無事に生きているだろうか。少なくとも、彰には探しに来ないように言ってある。
見上げると、崩れた天井の隙間から青い空が見えた。あの向こうにミコトは居るのだろうか。だとすると、このまま死ぬのも悪くないかもしれない。
「……いや、駄目だな。」
そこまで考えて、首を横に振った。
ここで死んでしまえば、ノゾミは一人になってしまう。まだ、死ぬわけにはいかない。
「街へ………。」
タケルはそう呟いて、一歩を踏み出す。
その時だった。
「な………」
頬がヒリヒリと焼けつくような熱風がタケルを飲み込んだ。
何が起こったのだろうか。全く見当もつかないが、一つだけ確かなことがある。
タケルの目は、遺跡の奥で膨れ上がる、太陽のように巨大な赤い炎を捉えていた。そして、
その炎は、遺跡を全て焼き尽くさんという勢いで膨れ上がり続けている。
「クソッ……! まだ………、まだ死ぬわけにはいかないんだ……!」
どうすれば『アレ』を回避できる。
残された短い時間の中で、タケルが導き出した答えは一つだった。
「はぁッ……! はぁッ!」
息を荒くしながら、タケルは地面に横たわる黒い塊に手を掛ける。かつて竜と呼ばれていたその黒い塊は、頭の辺りが吹き飛んでなくなっているものの、頑丈な鱗に覆われた翼は無傷で残されていた。
さっきまでは恨めしいほどに頑丈だった竜の体だが、今の状況では身を守るための最後の希望だ。
「あれだけ撃っても無傷なんだ………。頼むぞ…………。」
そう言って、翼の下に体を滑り込ませる。
それと同時に、大きな衝撃が辺りを包んだ。黒い翼越しに伝わる熱が、次第に高くなっていく。まるで蒸し焼きにされているような気分だ。
「ノゾミ…………」
タケルの意識はそこで途絶えた―――。
―――して……!」
誰かの声が聞こえる。
「――屋は……?」
「………で……黒になってるよ………!」
体が大きく揺さぶられる。
「だ、大丈夫ですか? 生きてますか?」
まだ若い声だ。
「う………」
タケルはうめき声を上げながら、体を起こそうとする。しかし、血を流しすぎたせいだろうか、まったく力が入らない。
すると、何者かによって体を抱き起こされた。
「生きてる! こっち生存者いるよ! 担架持ってきて!」
「で、でも、この人はこの時代の人だろ? 勝手に助けて怒られねぇかな………。」
「怒る人なら向こうで黒焦げになってたでしょ! ノーワンも『できることはやれ』って言ってたじゃん!」
「まぁ………そうだけどよ。」
二人いるらしい。ただ、会話の内容にどこか違和感を覚えたタケルは、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「………誰……だ………」
そこにいたのは、奇妙な服に身を包んだ人間だった。その服には汚れはほとんど付いておらず、不自然なほどに白い。
何者なんだ。
その疑問を最後に、タケルの意識は再び闇の中へと落ちていった。




