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 全身を激しく打ちつけたが、骨折はしていないようだ。だが、安堵しているような余裕はない。

 タケルは歯を食いしばりながら起き上がると、傍に落ちていた銃に弾を籠める。すると、目の前にあった瓦礫の山が崩れ、その下から例の黒い化け物がぬるりと現れた。見たところ、傷を負っている様子はない。

「クソッたれが……!」


 その竜は、タケルを見るなり翼を広げて襲い掛かってきた。戦争屋を探すような余裕は無い。

 横へ飛びのいて何とか躱すと、黒い背中に弾丸を撃ち込んだ。だが、少しよろめいただけで、血の一滴も流れない。

 まるで鉄の鎧のような鱗だ。いや、鉄よりも硬いか。

 竜は振り返ると、何事もなかったかのように首を傾げる。

「銃はダメだな。」

 タケルが腰の手榴弾に手を掛けると、化け物は口を大きく開けて地を蹴った。

 体をそらした横でガチンという音が聞こえる。見ると、傍にあった瓦礫が綺麗に齧り取られていた。

 まともに食らえば、間違いなく骨ごと噛み千切られるだろう。

 竜はすぐにブレーキを掛けると、鞭のようにしなる腕でタケルを弾き飛ばした。

「ぐッ……」

 タケルの体は、ゴム毬のように瓦礫の上を跳ねると、壁に強く叩きつけられる。

 体を起こすと全身に痛みが走りぬけた。何本も骨が折れている。口の中で広がる鉄の味。


 タケルは血の混じった唾液を吐き捨てると、散弾銃を投げ捨てて腰の手榴弾を握りしめる。

 深く息を吐いて手の震えを抑えると、手榴弾のピンを抜いて投げつけて瓦礫の背後に隠れた。

 爆発音と熱が辺りを一瞬で飲み込む。背中の瓦礫に大きなヒビが入った。

 この手榴弾が現状の最高火力だ。これが効かなかったら他に手の施しようがない。

「まぁ……、だろうな。」

 タケルは立ち上る土煙を覗いて呟いた。

 煙の中に、大きな黒い影が見える。その影が翼を大きく羽ばたかせると、たちまち視界は晴れ、一匹の大きな竜が姿を現した。


 鱗の装甲が硬すぎる。銃も手榴弾も通じない。このまま死ぬのか?

 タケルは首を振る。

 まだだ。まだ、死ぬわけにはいかない。

 相手も生物。何か策はあるはずだ。


 タケルは立ち上がると、目の前でうなり声を上げる竜を見つめた。

 手や足に鋭い爪は無い。いろいろな生物を組み合わせたと言っていたが、おそらくベースは人間なのだろう。

 主な攻撃の手段は、強靭な顎による噛みつきだ。

 竜は何度かガチガチと牙を鳴らすと、タケルへ襲い掛かってきた。タケルは横へ転がってそれを躱す。

 やはり軌道が直線的だ。瓦礫も粉砕するほど強力だが、知能が残念なのか動きが単調すぎる。

 気を付けていれば攻撃を食らうようなこともないだろう。炎でも吐かれたら話は別だが。


 問題はどうやって攻撃を通すか。

 あの鱗の外から攻撃を与えるのは現実的ではない。銃や手榴弾で、多少の衝撃は与えられるだろうが、有効なダメージを与える前にこちらの弾が尽きる。

 では、どうするか。

 タケルは腰の手榴弾を握りしめた。

 これを食わせて内側から爆破する。それが、現状でタケルが思いついた唯一の方法だった。


 ただ、残されている手榴弾は一つ。

 適当に放り投げて運よく飲み込んでくれれば良いが、十中八九有り得ないだろう。失敗が許されない今、そんな賭けには出られない。

 確実な方法は無いこともないが………。

 竜は再び牙を鳴らすと、タケルを見てうなり声を上げ始めた。だが、今度はいきなり襲い掛かろうとはせず、タケルの周囲を伺うように辺りを気にしている。

 知能は低いが、奴には学習能力があるのかもしれない。その場合、いつか避けられなくなる時が来ることだって考えられる。

 考えている時間はない。

 タケルは大きく息を吐きだすと、手榴弾のピンを抜いた。

「来るなら来い……。」

 そう呟いた直後、竜が飛び出した。巨大な牙の並んだ口が目の前に迫る。

「らああぁぁぁ!」

 タケルは吠えると、手榴弾を握った左手を竜の口へ突っ込んだ。同時に響く、大きな爆発音――。


 ◇◇◇


 大地を抉るほどの衝撃波が一帯を駆け巡った。崩れかけていた周囲の壁は悉く崩壊を始め、広場には瓦礫の雨が降り注ぐ。

「ンだよ、これ……!」

 冗談のような破壊力だ。彰は呟くと、傍にいたリリアを庇うようにして伏せた。

 その目線の先にいるのはノーワン。そして、広場の中央で立つノーワンもまた、まっすぐに彰を見据えていた。

 小手先の作戦だけでは、この戦力差を覆すことはできない。必要なのは、対抗しうるだけの力だ。

 現状、それだけの力を持つ人間は、この世界で一人しかいない。


 広場を赤い炎が包み込む。蛇のようにうねる炎は彰たちの頭上に降り注ぐ瓦礫を全て吹き飛ばすと、そのままノーワンへ向かって襲い掛かった。


「おう。大丈夫か。」

 アクレスはそう言うと、彰とリリアの首根っこを掴んで立たせた。その手に腕輪は無い。

「アクレス!」

 リリアは慌てて言うと、アクレスの太い腕を掴んだ。

「悪いな。どうやら気絶してたらしい。」

「そうじゃないって! 腕輪どうしたの! あれが無いと、……なんか大変なんでしょ!?」

 アクレスの顔色は目に見えて悪くなっている。口の端には赤い血の跡があった。

 だが、アクレスは笑って見せる。

「安心しろ。見ての通り大丈夫だ。」

「ほ、本当に?」

 彰が尋ねると、アクレスはその肩を叩く。

「大丈夫だって。ほら、さっさと剣を拾え。敵を目の前にして剣を落とす奴があるか。」

 見ると、広場中央で渦巻いていた炎が吹き飛んだ。全身の皮膚が爛れたノーワンはアクレスを見て少し笑みを浮かべる。

「二人は下がってろ。」

 アクレスはそう言うと、ノーワンへ向けてゆっくりと歩き出した。


「おい、アクレス!」

 そこへルシウスが兜を取って駆け寄ってきた。アクレスは片手を上げてそれに応える。

「戦えるか?」

「あぁ。だが、俺たちだけじゃ、どうにもならん。」

「……お前でも駄目か。」

「あぁ。あの再生力は手に負えん。」

 その視線の先では、既にノーワンの体が再生を始めている。

「ルシウス。ここは一旦退け。退いて、体制を整えてから攻め込むんだ。」

「そうしたいが、奴はそう簡単に逃しちゃくれんじゃろ。」

「俺が殿(しんがり)をする。その間に全員で逃げろ。」

「は? お前、それは………」

 言いかけて、ルシウスは口をつぐんだ。アクレスの状態を見て、殿を務めると言った意図を理解した。

 ルシウスは兜を被りなおすと、剣を構えたアクレスの背中を叩く。

「マテラスはワシに任せろ。」

「………あぁ。」

 アクレスは振り返らずに短く答えた。


「全員撤退! 佐保呂まで走るぞ!」

 ルシウスの指示に彰が食って掛かる。

「アクレスは!」

「あいつは殿じゃ! ここは一度退く!」

「殿って……」

 その言葉を遮るように、皮膚が焼けるような熱風が吹き荒れる。広場中央では、アクレスの操る炎がノーワンを飲み込んでいくのが見えた。

「大丈夫か!」

 立ち尽くしている二人の元へ、ヘクターが駆け寄ってきた。

「俺たちは大丈夫だけど、アクレスが……」

「あぁ、分かってる! 分かってるが、それがアクレスさんの判断だ! とにかく今は逃げることだけを考えろ!」

 そう言うそばから、爆発のような衝撃波が走った。あれだけ勢いよく燃えていた炎は一瞬の内に掻き消される。

 常人が入れるような戦いではない。

「走れ!」

 ヘクターとリリアが走り出した。しかし、どうしても彰の足は動かない。

 アクレスはこの国の英雄。それを、この戦いへ連れ出したのは彰だ。

 もしも、これでアクレスが死んでしまえば、この国は大きな象徴を失ってしまう。

「俺は扉を開ける鍵……。俺が居なくなれば…………。」

 彰は震える手で腰の剣に触る。


 すると、その横に広場中央からアクレスが吹き飛んできた。

 アクレスはすぐに立ち上がると、再びノーワンへ向かっていこうとする。彰はそれを見て、思わずアクレスの腕を掴んだ。

「アクレス! そんな体で戦って、死ぬつもりなのか! アンタ、英雄なんだろ!? この国はどうすんだよ! 逃げるべきはアクレスだ! こんな所で死ぬべきじゃない!」

 それを聞いて、アクレスは尋ねる。

「………英雄の役割ってのは何だ?」

「え?」

「国の象徴として、安全な場所で居座るのが英雄じゃない。国の危機へ立ち向かう矛となり、同時に国を護る盾となる。それが英雄だ。」

 二人の間で赤い火の粉が舞う。

「今、目の前にあるのは、国の、いや世界の危機。なら、俺が英雄としてやることは一つだ。」

 彰は黙って腕を離した。アクレスは剣を構える。

「アキラ、お前にできることは何だ。少なくとも、この場で死ぬことじゃないはずだ。」

 彰は右手の拳を握りしめると、眼の前の大きな背中を叩く。

「………負けんなよ。」

「当たり前だ。」

 彰はもう一度アクレスの背中を叩くと走り出した。熱気が背後へ遠のいていく。

「アキラ!」

 アクレスが叫んだ。彰は振り返る。

「皆を頼んだ。」

 彰は黙って頷くと、強く唇をかみしめて走り出した。

賞の締切が5/31らしいので、来週は月曜の朝9時に投稿して木曜はお休みします。

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