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「血が止まってる?」
ビオラは槍を片手に呟く。
目の前でゆっくりと立ち上がったノーワン。吹き飛んだ左肩から流れていた血が止まっていた。
止血したのだろうか。いや、この一瞬の内に止血するなど不可能だ。
何が起こっているのか分からない。だからこそ危険である。
再び槍を構えたビオラの目は、更に有り得ない現象を捉えた。
「え…………?」
ノーワンの左腕から白い骨が生えてきたのだ。
それだけではない。次第に赤い血の滴る筋肉が、ひたひたと骨を飲み込むように成長し、それを血色の良い皮膚が覆っていく。
完全に欠損していたはずの左腕が、ものの数十秒で完治したのだ。
「攻撃し続けろぉ!」
固まっていた彰たちは、ルシウスの声で我に返った。
欠損を完全に再生できる人間など、あり得るはずがない。だが、そのあり得ないはずの生物は、確かに目の前に敵として存在している。
そんな生物への対策など、誰も知っているわけが無い。
今できることは、ルシウスの言う通り「攻撃し続ける」ことだけ。その中で有効な手を見つけるしかないのである。
ルシウスは瓦礫を宙に放ると盾で弾き飛ばした。飛び出した瓦礫は、真直ぐにノーワンへと吸い込まれ――
「な、なんじゃぁ……」
なんと、当たる寸前でピタリと静止した。
ノーワンが触れると、空中静止していた瓦礫がクルクルと回転し始める。
「邪魔をしないでもらおうか。」
ノーワンはそう呟くと、瓦礫を指で弾いた。だが、その時に響いたのは大砲を撃ったような爆発音。
その瓦礫は、ライフル銃のような回転を伴ってルシウスへと襲いかかってきた。
これは正面からでは受け止めきれない。ルシウスは瞬時に盾を斜めに構え、弾道を無理やり受け流す。
瓦礫は轟音と共に、ルシウスの背後にある遺跡の壁を大破させた。
受け流したとは言っても、威力を完全に殺せたわけではない。弾き飛ばされたルシウスは地面を転がると、咳き込みながら立ち上がった。
フラフラと顔を上げると、慌てて叫ぶ。
「アキラ! 逃げろぉ!」
敵の狙いは彰はただ一人。
ノーワンは彰を見ると、人とは思えない速度で走り出した。かなりあったはずの距離が瞬く間に縮まっていく。
その手が彰に届く数歩前。リリアの糸がノーワンの右足を斬り飛ばした。
「チッ……」
ノーワンは小さく舌打ちすると、残った左足で思い切り踏み込んだ。そして、彰の方へと手をのばす。
「アキラ君! 逃げて!」
リリアの悲鳴に似た声が聞こえる。
しかし、彰はその言葉を無視して剣を構えると、向かってくるノーワンの方へ踏み出した。
「ふッ……!」
短く息を吐きながらノーワンの手を躱すと、がら空きになった脇腹へ剣を滑り込ませる。鋭く光るその刃は、正確に、深く、肉を切り裂いていった。
「ぐッ…………」
ノーワンの体は、血飛沫を撒き散らしながら彰の後方へ飛んでいった。
しかし、その血飛沫は数秒で止まる。
「やるじゃないか……」
ノーワンはそう言いながらブレーキを掛けると、そのまま反転して飛び出した。
「マジかよ!」
想像以上に早い切り返しに、彰は体勢を大きく崩した。
何とか剣を振り出すが、ノーワンはそれを腕で受け止める。肉に深く切り裂いていくのだが、ノーワンは表情一つ変えない。
その時、突如として横から突風が吹き荒れた。ヘクターである。
彰は何とかその場で踏みとどまるが、片足を失っているノーワンはそうはいかない。たちまち、つむじ風に舞う木の葉のように、広場の中央へと吹き飛ばされていく。
「ッらぁ!」
間髪入れずビオラが投げ込んだ槍は、ノーワンの脇腹を深く貫いた。
「ぶっ飛びな!」
その声と同時に彼女の槍が炸裂した。
「ッは………」
半身が吹き飛んだノーワンは、煙を吐きながら地面を転がる。普通ならば即死の攻撃だが、彼の体は既に再生を始めていた。
血を吐きながら立ち上がろうとしたノーワンの目の前に、黒煙の中から巨大な影が現れる。
「ふんッ!」
淡く輝くルシウスの盾は、満身創痍のノーワンを潰れるような勢いで弾き飛ばした。
「アキラ君、怪我は?」
リリアが彰を起こしながら尋ねる。
「大丈夫。……ってか、なんなんだアレは。」
アレ、というのはノーワンだ。
超能力のような力に、生物の域を超えた再生力。現代科学はもちろん、この世界の魔法具でも、欠損した体の再生などは有り得ない。
「再生能力は分からんが、物を操作する力はアクレスさんのそれに近いな。」
ヘクターの言葉に彰は首を傾げた。
「アクレスの?」
「あぁ。」
ヘクターは砂埃が立ち上る広場の壁を見て言う。
「……あいつはおそらく契約者だ。」
その視線の先で、血塗れのノーワンがゆっくりと立ち上がった。変な方向へ折れ曲がっていた四肢が、グニャグニャと再生していく。
「爆発はあれが最大か?」
ルシウスが尋ねる。ビオラは帰ってきた槍を手に取ると、クルリと回して構えた。
「はい。一応、最大出力です。准将こそ、本気で殴ったんですか?」
「残念ながら、あれが本気じゃ。まるで効いとらんらしいがのぉ。」
塞がっていくノーワンの傷口を見て呟いた。
あれだけの攻撃をして唯一分かったことは、恐ろしいまでの回復力だけ。攻略の糸口は全く掴めていない。
再生力の限界があると信じて攻撃し続けるか? いや、ノーワンの表情を見れば、限界ははるか先にあるように思える。
かと言って撤退しようにも、そう簡単に逃がしてくれるような相手でもないだろう。
「……しつこいな。」
完全に体を再生させたノーワンが言う。
「文明が発達したところで、その世界を支配するのは結局のところ暴力だ。弱者がどれだけ声を上げ、立ち向かったところで、圧倒的な力の前にすべて捻じ伏せられる。」
ノーワンは静かに両手を広げた。
「こうやってな。」
その言葉の直後、轟音と共に凄まじい衝撃波が遺跡全体を駆け抜けていった。
◇◇◇
タケルは散弾銃に弾を籠めると、ボロボロの椅子に座る男へ銃口を向けた。
「よう。また会ったな、戦争屋。」
その声に、座っていた男はニヤニヤとした顔で立ち上がった。
「君もしつこいなぁ……。」
ここは広場を囲う高い壁の上。二人の間を冷たい風が吹き抜けていく。
戦争屋とは五メートル弱あるが、これ以上近づくと反撃される可能性もある。この距離で外すこともないだろう。
タケルは静かに口を開いた。
「まだ脳があるうちに答えろ。ミコトはどこだ。」
「ミコト………? すまない。名前じゃなく、番号で言ってくれないか?」
タケルは躊躇うことなく引き金を引いた。放たれた弾丸は、戦争屋の右足をボロボロに撃ち抜く。
「うわぁぁー! 痛いぃ! 足が、足がぁ!」
「思い出したか? お前たちが拉致していった転移者の一人だ。俺の娘を身籠っていた。」
戦争屋は苦しそうに呻きながら答える。
「くッ………。あぁ……、あれか、八番の女か………。クっ……、ククク………。あれは興味深い個体だったな………。転移者にも関わらず、液化させた精霊を注射しても死ななかったんだ……。いや、その娘の方が面白かったな。魔物化の性質が遺伝して……」
タケルは銃を戦争屋の左足に向ける。
「おいおい。質問を思い出させてやろうか?」
「まぁ、待て。………焦るんじゃない。はぁ、どこに居るか、だったな……。あぁ……、ははは……。」
戦争屋はそう言って不気味に笑う。そして少し天を仰ぐと、大きく息を吐いた。
「あれは、捨てたよ。」
「……捨てた、だと?」
「いや正確には、捨てさせた、だな……。注射を打ちすぎてボロボロになったんだ。使い物にならなかったし、娘の方が面白そうだったからね。」
タケルは怒りで体を震わせながら引き金に指を掛ける。
「……どこに捨てた。」
「はぁ、はぁ……。ん、なんだって?」
「………どこに捨てさせたんだ。」
「さぁ……。捨てたのはエナスだ。私は知らないよ……。はぁ、はぁ………、まぁ、どこかで腐ってるんじゃないかな。」
「テメェ……! ぶっ殺してや」
その言葉の途中、二人の間に巨大な黒い塊が落下してきた。タケルの銃から放たれた弾丸は、その黒い物体に全て弾かれてしまった。
吹き飛ばされたタケルは地面を転がると、すぐに散弾銃に弾を籠めて構える。しかし、目の前で立ち上がる影を見て、思わず言葉を失った。
頭に生えた二本の角に、背中に開かれた大きな翼。人間をそのまま巨大化したような体は、夜の闇のような深い黒色の鱗に隙間なく覆いつくされている。ワニのような大きな口をゆっくりと開くと、刃物のように鋭い牙がずらりと並んでいた。
「かつて………、人類は様々な生物を掛け合わせて、『竜』という生物を作り出したそうだ…………。」
その巨体の陰で戦争屋が話し始める。
「はぁ……、あいにく………、その製造法は遺されていなかったんだが………、装置と技術は今も遺っていてね。それを使って……、作ったのが彼だ。未完成だが……、いわば現代に蘇った竜だね………。」
竜。
戦争屋はそう呼んだが、タケルの目の前にいるのは竜などではない。威嚇するようにうなり声を上げるその化け物は、まるで地獄の悪魔のようだった。
「おや……。」
戦争屋が、ふと広場を覗いて呟くと、その場に伏せた。
「じゃ、あとは頑張ってくれ……。」
「なんだと?」
その直後、凄まじい衝撃波が全身を襲った。広場の壁全体に大きな亀裂が広がっていく。
「な……」
言葉を発するよりも早く、壁の崩壊が始まった。タケルと竜は足元に空いた大きな穴へ、瓦礫と共に落ちていった。




