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旧文明の遺跡は、国内各地で発見されている。当然、そのほとんどが隅々まで調査されており、中には遺跡をそのまま利用して生活している人々もいる。
ここ北島にある遺跡は、その遺跡の中でも最大級の大きさを誇る遺跡だ。だが、その調査は、全くと言っていいほど進んでいないのが現状である。
北島遺跡の周囲は、高い壁に囲われている。内部へ至る道も限られており、その構造はまるで外敵を阻む砦のようだ。
この構造が、北島遺跡の調査が進まない原因の一つである。
「アキラ! そっち行ったぞ!」
アクレスの声に彰は剣を構えると、襲い掛かってきた魔物の攻撃を剣で受け流した。だが、その後の隙を狙って別の魔物が鋭い爪を伸ばしてくる。
「後ろも!」
リリアはそう叫ぶと、その魔物の首を糸で両断した。
「悪い、助かった!」
「ほら、次が来るよ! ほんとにキリが無いね……。」
通路の先では、何匹もの魔物がこちらを睨みつけている。その奥では、魔物同士が血みどろになって共食いを始める始末だ。
調査が進まない最大の理由がこれである。
魔物たちの対処ばかりに気をとられ、調査どころではないのだ。
「お前ら、道開けェ!」
背後でルシウスの声がした。後方に目を向けると、ルシウスの盾に描かれた構築式が淡く輝き始めた。
「一気に行くぞぉ!」
ルシウスは落ちていた瓦礫放ると、盾で思い切り叩きつけた。慌てて壁際に避けた彰たちの横を、何かが目にも止まらぬ速さで飛び出していく。
巻き起こった衝撃波に、彰は思わず顔を伏せた。
「よっしゃ、一発じゃ。」
ルシウスの声で前を見ると、バラバラに砕けた魔物の死体が転がっている。うるさかった唸り声も、ピタリと聞こえなくなってしまった。
まるで大砲のような破壊力だ。
「ほいじゃ、行こか。」
ルシウスは何事も無かったかのように言うと、通路をずんずん進み始める。
「なんだよ今の威力……。避けてなかったら即死だったぞ。」
「……アタシ達、もう何もしなくていいんじゃない?」
「……確かに。」
彰は剣を納めると、ルシウスの後を追って再び歩き始めた。
石のような材質でできた壁や柱は、一部が風化して崩れてしまっている。
この遺跡ができてから、どれだけの年月が流れているのだろうか。ただ少なくとも、彰の居た時代の北海道には、このような建物は無かったはずだ。
瓦礫を避けて進みながら辿り着いたのは、壁に囲まれた広場だった。見上げると青い空が広がっている。
ただ不思議なことに、その広場には魔物が一切いなかった。
「待て。」
進もうとする彰を、アクレスが制する。
「おい、誰だ。」
広場の中央。草生した大きな瓦礫の上に、その男は座っていた。
彰を見ると、彼は静かに微笑んで立ち上がる。
「アキラ君。久しぶりだな。」
「ノーワン……さん?」
目の前に立っていたのは、まぎれもなくノーワンだった。中央都での大火事から行方が分からなかった男が、なぜか今、彰たちの目の前に立っている。
約半年ぶりの再会。
喜ばしいことのはずだが、そんな気持ちは微塵も湧いてこない。彼の顔に浮かぶ静かな微笑みも、こちらを見下すような佇まいも、そもそもこの場所にいること自体も、その全てが不気味だった。
「ど……、どうしてこんな所にいるんですか?」
彰が尋ねると、ノーワンは顎髭をイジりながら答えた。
「アキラ君。君を待っていたんだ。」
「え?」
「俺と来てくれれば、君は無事に元の世界へ帰れるし、俺の願いも叶う。悪い話じゃないだろ?」
「は……?」
彰は思わず固まった。どこかで聞いたような台詞だ。
ノーワンを睨みつけ、再び尋ねる。
「……願いってのは何だよ。」
「話す必要はない。話したところで分からないさ。」
「この世界の人間を殺す、とか言わないだろうな?」
「殺すだけじゃない。ちゃんと有効活用するさ。その点に関しては……」
「いや、もういい。分かった。」
彰は剣を抜いて構える。
ノーワンは戦争屋側の人間なのだ。そもそも、ノーワンの店から通信機が見つかった時点で怪しむべきだった。
その様子を見て、彼の顔から笑みが消えた。
「アキラ、下がってろ。」
アクレスは彰を庇うようにして立つと、ノーワンを睨みつけた。
「アイツの狙いはお前だ。ここは俺たちに」
その言葉の途中、突然アクレスは横方向に吹き飛んでいった。一瞬のうちに、遥か遠くにある広場の壁に叩きつけられる。
何が起きたのか。全く理解が及ばない。
「邪魔するな、アクレス。お前には関係ない話なんだ。」
呟くノーワンを見て、彰は叫んだ。
「何をした!」
「どいてもらっただけだ。君にはこっちへ来てもらおうか。アキラ君。」
ノーワンの言葉と同時、彰の全身が強い力で引っ張られた。リリアが手を伸ばすが、その手は空を掴む。
加速しながら地面を転がる彰の体を、ノーワンは足で踏みつけて止めた。
「いずれにせよ、君の意思は関係ない。俺は扉を開き、君は元の世界へ帰る。それが運命だ。」
ノーワンは彰を見下ろすと、口元に笑みを浮かべながら呟いた。
彰は起き上がろうとするが、一切の身動きが取れない。無理矢理に体を抑えつけられているかのようだ。
「アキラ君!」
駆けだそうとするリリアを、ヘクターが腕を掴んで止めた。
「邪魔しないで!」
「待て! 射線に入るな。」
その言葉にリリアが横を見ると、ビオラが片手に槍を構えて立っていた。ただ、構えと言っても、投擲の構えである。
「アキラさん。伏せていてください。」
そう言うと、彼女は槍を投げた。淡い輝きを放つ槍は、稲妻のような速度で宙を駆けて行く。
「ぐッ……」
その槍をノーワンは片腕で何とか受け止める。
ビオラはその槍に向けて、籠手をはめた右拳を突き出した。籠手の構築式が淡く輝き、それに呼応するように槍も光を放ち始める。
「顔、上げないでくださいね。」
そう言った次の瞬間。彼女の槍が小さな爆発を起こした。その衝撃でノーワンの体は、遥か後方へ吹き飛ばされる。
「う、うわぁ!」
彰は目の前に落ちたノーワンの腕を見て飛び上がると、その場から転がるように逃げ出した。
走ってきた彰にビオラが尋ねる。
「怪我はありませんか?」
「怪我は無いけども! 何だ今の! 心臓止まるかと思った!」
「手加減はしました。怪我が無くて良かったです。」
ビオラはそう言って右手を上げた。すると、立ち上る煙の中からの中で槍がフワリと浮き上がる。
ビオラがパチンと指を鳴らすと、槍は真直ぐにこちらへ飛んできて、彼女の手に収まった。
「怪我は?」
心配そうに駆け寄るリリアに、彰は「大丈夫。何ともない」と答える。
「何があったんだ? 勝手に飛んでいったように見えたんだが……。」
不思議そうに尋ねるヘクターに、彰も首を傾げた。
「俺もよく分からないです。なんか、強い力に引っ張られたような……。」
「そうか……。とにかく、今回の調査中、アキラとリリアは俺達の後ろに居てくれ。」
「そうします。」
「……アキラ、少しいいか。」
「え?」
振り返ると、険しい顔をしたタケルが立っていた。
これまで、タケルは最後尾を歩きながら、何かを探すように常に辺りを見回していた。この調査中で、彼が口を聞いたのはこれが初めてだ。
タケルは真直ぐに彰を見て言った。
「俺はこれから別行動を取る。」
「……え?」
「もしも俺が帰ってこなくても、アンタは気にせずに進み続けてくれ。必ず生きて帰れよ。」
彰は、そう言って歩き出そうとするタケルの腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと! 意味分からないって! 別行動って、どういうこと?」
彰が尋ねると、タケルは広場を囲う壁の上を見上げて答えた。
「奴を見つけた。」
「奴って……、戦争屋?」
「あぁ。そうだ。」
「それなら俺も……」
「いや、アンタたちはアレを何とかしてくれ。」
タケルが指差したのは、広場の奥で立ち上る土煙。その中で、一人の人影がゆっくりと立ち上がった。
「ノーワン………。」
「そういうことだ。戦争屋は俺一人に任せろ。必ず仕留めてくる。」
そう言って、タケルは銃を担ぎ直した。彰は剣を強く握りしめて前を向く。
「……わかった。必ずまた、生きて会おう。」
「おう。………またな。」
そう言って立ち去るタケルを背に、彰は呼吸を整えて剣を構えた。




