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目的の遺跡は北島の中央辺り。
港町を出た一行は、遺跡に最も近い街、佐保呂市へとたどり着いた。ここは北島では最も栄えている都市で、通りを歩く人の数も港町とは比にならないほど多い。
荷物を置いたアクレスとヘクターが向かった先は、この街の外れにある駐屯地。
「来るんなら手紙くらい寄越せ! 水臭いのぉ!」
入って早々、さっそく二人は軍服を着た大男に絡まれた。
「相変わらず鬱陶しいな、ルシウス。」
「なんじゃ、ソフィアじゃのうてヘクターか。」
「今日は観光じゃないんです。」
ヘクターが言うと、ルシウスは残念そうに「なんじゃ、任務か」と呟いた。アクレスは中央都でシルヴァから預かってきていた書類を見せて尋ねる。
「メティス中将はどこだ。」
「中将は二階の……、説明が面倒じゃ。案内しちゃる。」
ルシウスはそう言うと、後ろに編んだ黒髪をボリボリと掻きながら歩き出した。
「北島遺跡の調査ですか、なるほど……。大体わかりました。」
アクレスとヘクターの向かいに座っていた女性が、書類を読みながら呟いた。
差し込む日の光が彼女の白い髪の毛を照らしている。窓から入り込んだ冷たい風が、埃一つない部屋を吹き抜けていった。
この女性がメティス中将である。彼女はその的確な判断力と、何事にも動じない冷静さを武器に、戦場でいくつもの戦果を挙げてきた人間だ。それを示すように、胸元にはきらびやかな勲章がいくつも輝いている。
「それで、あなたたち二人を寄越したということですね。」
「はい。」
メティスは書類を机に置くと、小さく笑った。
「シルヴァも偉くなったものですね。今や総帥様ですか。……まぁ、それは良いとして、長旅ご苦労様でした。」
「ありがとうございます。」
「アクレス、その青い顔は旅の疲れですか?」
「あぁ………。まぁ、そうです。」
アクレスは少し目を逸らしながら答える。メティスはその様子を見て、横にいるヘクターに尋ねた。
「腕輪の替えはありますか?」
「あ、はい。あります。」
「そうですか。目を離さないでおいてください。我らが英雄様は、誰が止めても無茶しようとしますからね。ねぇ、アクレス。」
「………返す言葉もありません。」
「私もあなたの話は聞いてますからね。当然お分かりだと思いますけど、あなたは生きているだけで他国への抑止力になるんですから。あなたの体には、この国の存亡がかかっていると言っても過言ではないんですからね。」
メティスは小さくなっているアクレスに釘を刺すと、再びシルヴァからの書類に目を落とした。
そのまましばらく考え込むと、再び口を開く。
「それで、この遺跡調査についてですが、私はこの調査を認めません。」
アクレスの存在はこの国の生命線である。彼女の言う通り、英雄の存在そのものが他国にとっては脅威だ。
ただ、その英雄の限界、巨大な抑止力を失う「運命の日」は目の前に迫っている。このまま調査へ向かわせて、その時計の針を進めてしまうことは、当然避けるべきだ。
しかし。
メティスは二人の顔を見ると、諦めたようにため息を吐いた。
「……と、私がそう言っても、どうせ行くんでしょう?」
「う……。」
「それに、相手が相手ですから。アクレスでないと太刀打ちできない可能性も考えられますし。だからと言って、止まらない英雄をヘクター一人に任せるのも荷が重いでしょう。そこで、二人を目付け役として同行させます。」
「二人、というのは?」
ヘクターが尋ねると、メティスは小さく笑って答えた。
「この佐保呂駐屯地における、最高戦力の二人です。」
◇◇◇
佐保呂市到着から数日後。
街の門の前には、彰たち五人が揃っていた。
「雲一つない晴天。遺跡調査にはもってこいだな。」
彰が言うと、リリアが不満そうな顔で呟いた。
「アタシはもうちょっと観光したかったんだけど。」
「帰ってきたら好きなだけ観光できるって。」
「そう? まだ見てないお店とか一杯あるんだけど。その時は買い物付き合ってよね?」
「まぁ……、良いけど。」
リリアはそれを聞いて、「じゃ、それでいいや」と嬉しそうに笑った。
その横では、タケルがイライラした様子で懐中時計を睨みつけている。
「おい、アクレス。」
「ん?」
「お前の監視役とやら、遅すぎやしないか。もう予定時刻から三十分は経ってるぞ。いい加減、俺一人で向かうが良いな?」
「まぁ、待てって。遺跡周辺は魔物をはじめ、危険な動物が多いんだ。個人行動は命取りになるぞ。」
「はぁ……。五分だ。五分待っても来なかったら」
「あ、来ました!」
ヘクターはそう言って街の中を指さした。
「やっとか。どれだけ待たせるん……」
タケルは言いながら振り返ると、思わず言葉を失った。
ヘクターの指さした先にいた二人。一人は軍の装備を付けた女性で、その手には魔法具の構築式らしい模様が描かれた槍を持っている。槍を持つ手にも、同じような構築式が描かれた籠手が着けられていた。
が、タケルが固まった理由は、その女性ではない。その後ろを歩く巨大な男だ。いや、男かすら分からないが、あの背格好はおそらく男だろう。
というのも、その男は頭から爪先まで、ぎらぎらと輝く甲冑で覆われていたのだ。さらに目を引いたのは、彼の両手にある盾である。構築式が描かれたその二枚の盾は、タケルの身長ほどもあろうか、というほど大きかったのだ。
小さな要塞かと思えるほど、がっちりと鉄の壁に覆われたその男は、彰たちの目の前まで来ると、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら兜を取った。
「よぉ。初めましてが何人かおるのぉ。ワシはルシウス。で、こっちのがビオラじゃ。」
ルシウスは笑うと、「よろしくなぁ!」と言いながら、固まっているタケルの肩を叩いた。
「遅刻だぞ、ルシウス。」
「固いこと言うんやない。そんなこと気にしとったら禿げるぞ。……いだッ!」
ビオラは長い槍でルシウスの頭をぴしゃりと叩く。
「申し訳ありません。私が居ながら……。」
「いや、気にするな。こんな奴の世話係とは、お前も大変だな、ビオラ。」
「そうじゃ、気にするな! 三十分くらい、これからの長ぁい人生から見たら、ほぉんの一瞬の出来事じゃ。」
「お前は気にしろ。」
ルシウスはアクレスの言葉を無視すると、音を立てながら兜をかぶった。
「みんな準備はできとるか?」
「三十分前からできてるんだが。」
「よぉし、行こか! 遺跡調査じゃ!」
ルシウスはそう叫んで両手を上げると、ガチャガチャと先頭を歩き出した。




