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 船を降りると、彰は手に白い息を吐き掛けた。

「はるばる来たぜ、函館……。」

 その後ろから、リリアが青い顔でフラフラとしながら出てくる。

「え? なんか言った?」

「いや、なんでもない。……お前、大丈夫か?」

 リリアは力なく頷くと、壁にもたれかかって口元を抑えた。


 季節で言えば春なのだが、北島の桜は固い蕾を付けている。

 ここは北島の南端にある港街。彰の居た時代で言うところの、函館の位置にある街だ。

「ここまで長かった……。」

 彰が呟く。

 中央都の位置は、日本で言うところの関西の辺り。そこから函館まで、船や馬車を乗り継いでようやく辿り着いたのだ。

「いや、まだだぞ。」

 背後からタケルが彰に言った。

 この島に戦争屋が居ると聞いて、タケルは二つ返事で同行を決めた。


 当初、ノゾミをソフィアに預けようとしていた。しかし、アクレスやソフィア自身の反対もあり、結局はシルヴァ家がノゾミを預かっている。

 見ず知らずの子供を預かる、というので断られるかとも思ったのだが、リリアが頼むと嫌な顔一つせずに了承してくれた。何故かは分からない。


 タケルは地図を指さす。

「今、俺たちが居るのは函館辺り。目的の遺跡はここ。北島中央らへんだ。」

「え?」

「俺もこの時代の北海道は初めてだが、少なくとも鉄道は無いだろうな。覚悟した方が良さそうだ。」

 北島へ到着したとはいえ、北島も巨大な島だ。南端から遺跡のある中央へは、まだ遠い道のりがある。

 落ち込む彰を見て、タケルはその肩を叩いた。

「まぁ、とりあえず今日はこの街で泊まるけどな。ほら、行くぞ。」

「はぁ……、歩きかなぁ………。」

 彰はため息を吐くと、タケルの後をとぼとぼ歩き始めた。


 ―――


 白い雲の隙間から穏やかな日差しが降り注いでいる。

 宿に荷物を置いたアクレスと彰は、大きな商店街へ買い出しに来ていた。

 軒を連ねる商店の前には色鮮やかな花々が飾られており、街のいたるところで手の込んだ装飾が施されている。これまで訪れたどの街よりも華やかだ。

「竜神祭があるんだ。」

 尋ねると、アクレスが教えてくれた。彰は首を傾げる。

「竜神?」

「俺も詳しくはないんだが……、竜神様だとか、始祖竜様だとか呼ばれてる竜がいるんだよ。」

 アクレスによると、遥か昔その竜はこの時代に文明をもたらした、という伝説が残っているらしい。

 彰はそれを聞いて尋ねた。

「……文明ってのは、言語とか?」

「さぁな。俺は知らねぇよ。……気になるなら、直接聞くか?」

「直接聞くって……。伝説での話だろ?」

「昔、この国に竜が居るって話はしただろ。それがこの街に居るんだ。」

 初めて中央都から出てすぐの頃だ。冗談半分でアクレスに「竜は居るのか」と尋ねたところ、彼は真面目な顔で「竜は居る」と答えたのだ。

 アクレスなりの冗談だと思って流していたが、彼は本気で答えていたのだ。

 彰の居た時代には当然ながら竜は存在しない。が、彰の居た時代よりも未来に、突然変異で生まれた可能性は……あるかもしれない。

「じゃ、仮に本当だとして、どこに居るんだよ。」

「あの山だ。山頂に居る。」

 アクレスは港近くに見える小さな山を指さした。



 山道はそれほど険しいものではなかった。竜神とやらは観光名所としても知られているらしい。道中、何度か登山客ともすれ違った。

「これが……竜神………?」

 山頂に鎮座していたのは、家ほどの大きさはありそうな岩だった。その表面は苔むして緑色になっており、小さな木も何本か生えている。

 どうやら、アクレスの目的はただの観光だったようだ。

 岩を軽く叩くと、呆れたように息を吐いた。

「神さまってのは、どの時代でも無口なんだな。」

「あぁ。話が通じちゃ、それはそれで問題だろ。伝説によると、俺たちに文明をもたらした後、この地で深い眠りについたらしい。」

「深い眠り、ねぇ……。もう目覚めそうにないな。」

 竜神がこの地に文明をもたらした。

 そのもたらした文明というのは、おそらく旧文明、つまり彰の時代のものだろう。そこから考えると、竜神というのは、彰と同じ転移者である可能性があった。

 が、岩を相手に話すことはない。得られる情報も何もないだろう。

「確かに、見晴らしは良いな。」

「だろ? 俺も久々に来たが、やっぱり良いなぁ。」

 この場所は北島本島と陸続きになった陸繋島。彰の時代で言えば、「百万ドルの夜景」として有名な函館山である。

 この時代ではその夜景は望めないだろうが、それでも景色は素晴らしかった。アクレスがわざわざ来ようとしたのも頷ける。


 しばらく景色を眺めていると、アクレスが彰の肩を叩いた。

「さ、帰るか。あいつらも心配するだろ。」

 見ると、太陽が西の方に傾き始めている。彰も「そうだな」と答えると、下ろしていた荷物を持ちあげた。

『………おや』

 何か声がした。振り返ると、巨大な目が彰を見つめている。

「え?」

 目を擦ってもう一度見た。しかし、見間違いではない。

 岩に付いた緑色の目が彰の顔を凝視している。

「アクレス……。」

「あぁ………。俺も意味が分からん……。」

 アクレスは後ずさると、大きく口を開けたまま固まっている。

『もうそんな時間か……』

 再び声がしたかと思うと、岩が音を立てながら震え始めた。苔むした岩の表面に何本もヒビが走る。

「な……にが………」

 岩の破片が頭上から降り注ぐ。彰は転がるようにして逃げると、目の前でゆっくりと首をもたげる一匹の怪物の姿を見つめた。

 傷だらけの全身は固い鱗に覆われ、大きく開けた口の中には鋭い牙が一列に揃っていた。頭には大きな二本の角が生え、背中に広げた大きな翼は片側が折れてしまっている。

 その姿は、まさに西洋のおとぎ話に出てくるような竜であった。

 その竜は全身を大きく震わせると、背中の岩と木を振り落とした。そして、ぐっと身をかがめると、彰の顔を覗き込む。

『ずっと待っていたよ……、アキラ。』

「は?」

『分からなくても良い。今はまだ。』

 そう言うと、竜は懐かしそうな目で彰を見つめる。

 アクレスは彰を庇うように立つと剣を抜いた。

「アキラ! このまま逃げろ! こいつは俺が……」

『まぁ落ち着いてよ。取って食ったりしないから………。』

「竜が……喋った……。」

『発声方法は違うけどね……。人類と対話できるように、僕はそう造られた。』

 竜はそう言うと、首を傾げる。

『さて、君はどこまで知っているのかな?』


 その竜は、自身が伝説に出てくる竜神だと名乗った。そして、彰が過去から来た転移者だと言うと、まるで元から知っていたかのように頷いた。

 この場に居る人間はアクレスと彰だけだ。ただ、アクレスは彰の説明を聞いているうちに、「話が長い」と木陰で寝てしまった。この胆力も英雄たる所以なのだろうか。

 竜はそんなアクレスを横目で見ると口を開いた。

『僕は君の居た時代、旧文明の時代から生き続けている。』

「ずいぶん長生きだな。神様だから?」

『そう造られたからだ。僕は人によって、いろいろな生物を掛け合わせて造られた生命体だ。地球が滅びない限り、永久に生き続けられる。』

「何だそれ……。」

 どこまでが本当で、どこまでが冗談なのか全く分からない。そもそも、竜が目の前にいること自体、何かの冗談としか思えないのだが。


「……それで」

 彰は頭を掻くと、竜に尋ねた。

「どうして目を覚ましたんだ。願いでも叶えてくれるのか?」

『君に伝えるためだ。そのために、この場で待ち続けていた。』

 竜はゆっくりと体を起こす。

『僕は全てをこの目で見て、この耳で聞いてきた。君が巻き込まれた転移の真相も、これから君に待ち受ける運命も。』

「え? どういうこと?」

『結論から言うと、アキラは生きて帰れるよ。それで、帰ったら魔法技術を過去に伝えなければいけない。』

 彰は何も言わずに固まった。

『あれ、聞こえなかった? アキラは無事に生きて帰って、魔法を君の居た時代に伝える役割を持っている。』

「いや……、聞こえてたけど……。何がなんだか……。唐突すぎて、喜んでいいのか、いや、そもそも信じても良いのか……。」

『同時に、これでアキラは死んでしまう可能性が生まれた。』

「は?」

 竜は左右に尻尾を振る。

『運命を知る者は、同時に運命を変える権利を持つ。無事に帰ることができる運命を知ったアキラは、同時に自身を殺す権利を持ってしまった。』

「おいおいおいおい! 待てよ! 待ってくれ!」

 彰は慌てて竜の体を叩く。

「なんてこと教えてくれたんだ! 知らなければ無事に帰れたんだろ? お前のせいで、死ぬかもしれないじゃないか!」

『その権利を君が得ただけだよ。』

「だとしても……」

『だとしても、何だい? 君にとっては何も変わらないはずだ。これまでも、君は生きるか死ぬか分からなかったじゃないか。これを知ることで、君にとって大きな変化はない。』

「……それなら」

 彰はもう一度竜の体を叩いた。

「どうして教えたんだ? 知っても何も変わらないなら、意味がないじゃないか。」

『必要だからだ。』

「必要?」

『君がこれから対峙する相手も、「君が無事に帰還する」っていう運命を知る者だからだ。それに対抗するには、アキラも「運命を変える権利」を持たなくてはいけない。』

 首を傾げる彰を見て、竜は『今は分からなくても良いけどね』と小さく笑った。


 頭がどうにかなりそうだ。

 これから対峙する相手、というのがそもそも分からない。戦争屋のことを言っているのか?

 この世界に来てから、常識外れなことばかりだ。

 魔法や精霊の存在。狂暴な魔物。そもそもの原因となった時間転移。永久に生き続けることができると豪語する竜。そして、その竜の言う「運命」というもの。

 だが理解できずとも、黙って飲み込むしかない。そうでなければ進めない。

 彰はしばらく考えてから尋ねた。

「もしも、運命を変えたらどうなる? 世界が崩壊、とか?」

『いや、崩壊はしないよ。修正されるだけだ。』

「修正?」

『例えばアキラがここで死んでしまっても、他の誰かが初めから「転移して来ていた」ことになる。……らしいよ。』

「よく分からんな……。『らしい』ってのは何だ。」

『分からないよ。僕も聞いただけだから。その話もホントか分からないし……。あ、試しに死んでみる?』

「試さねーよ!」

『冗談だよ。』

 竜は笑うと、体を丸めて目を閉じた。

『さ、僕の役割は終わり。あとはアキラが進み続けて、君だけの役割を果たすだけだ。』

「また寝るのか?」

『うん。やることもないし。僕は動かない方が世界のためだからね。』

 そう言うと、竜は静かに寝息を立て始めた。彰は一つ息を吐いて天を仰ぐ。

 空からは相変わらず穏やかな日差しが降り注いでいる。街の様子も、何一つとして変わっていない。

 まるで、竜と出会って話したことが夢だったかのようだ。というより、彰としては夢であって欲しかったのだが、その目の前で大きな竜が寝息を立てている。

 彰はもう一度ため息を吐くと、木陰でいびきをかいているアクレスを起こしに行った。

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