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 無機質な白い廊下を進み、ヨハンはノブの無い扉の前で立ち止まる。壁に手をかざすと、小さな電子音と同時に扉がスライドした。

 部屋には木目調の壁の映像が映し出されており、うっすらと檜の香りが漂っている。

 部屋に入ると、奥でタブレット片手に読書していた白髪の男が、老眼鏡をあげてこちらを見た。

 ヨハンは部屋に置かれたソファに腰を下ろすと、その男を見て言った。

「アルフレッド。いつも画面ばかり眺めているが飽きないのか?」

 その男――アルフレッドはニカッと笑って答える。

「これはアキラには内緒だがな、この時代へ来る前に読みたい本を全て『ノア』に入れておいたのさ。一年や二年籠ったところで発狂せんよ。」

「ノア?」

「ここの中央システムだ。彼らが必死になって構造を解明しようとしている、『文明再構築器』の管理機関だよ。……まぁ、分からなくても良い。」

 アルフレッドは老眼鏡を掛け直すと、再び目線を戻した。


「……それにしても、すっかり人が変わったようだな。昔会ったときは怯えた子犬のような目をしていたが。」

 ヨハンは少し笑ってそれに答える。

「あの時は生きるか死ぬかだったからな。それに、今は私が生き残った理由が分かった。」

「理由?」

「役割さ。ここで彼らが帰る準備をする。それこそが、私が生き残った理由で、私の果たすべき役割なんだ。運命が正常に機能するためのね。」

 アルフレッドはそれを聞くと、「役割、か……」と呟いてタブレットを置いた。椅子から立ち上がると、近くの壁に触れる。

 すると、壁に大きく四月のカレンダーが表示された。背景に桜の花びらが舞う映像が流れている。

「そんな機能もあるのか……。」

「もう四月。すっかり外は春の陽気だろうな。いや、北海道はまだ寒いか?」

 アルフレッドは呟くと、ソファで寝転がるヨハンを振り返った。

「君の言う役割だが……。君の演じる役には、まだ少し脚本が残っているはずだ。」

「は?」

 困惑するヨハンの顔を見て、アルフレッドは嬉しそうに笑った。

「君はもう一度、表舞台に立ってもらう必要がある。意味は分かるだろう?」

「意味は分かるが……」

 ヨハンはしばらくアルフレッドを見つめると、ぽつりと呟いた。

「アルフレッド……、お前は……どこまで知っているんだ………?」


 ◇◇◇


 国王暗殺から約半年。そして、軍部首脳焼殺からは、二か月余りが経とうとしている。

 騒ぎの中心となっていた九頭龍は、主に貧困層と呼ばれる人々からは「革命に散った英雄」として神格化され、事件後には各地で小さな暴動が巻き起こっていた。

 その上、政治の主軸となっていた有力貴族たちの多くも暗殺されている。これによって、国家運営は困難を極め、マテラス王国は空中分解する。

 というのが、ユドラーの想定であった。

 だが、全国に広まりつつあった暴動の機運は、次第に終息していった。

 その理由は、新国王マテラス十八世による政治改革案の報が、先に全国へと広まって行ったからである。


「正直に言うと、彼らのお陰で動きやすくなった。」

 国王は自室で紅茶を片手に呟く。部屋にいた大臣はシルヴァと顔を見合わせると、渋い顔で息を吐いた。

「………我々のような頭の固い老輩が減ったことを言っているのですか?」

「確かに国王という地位に着けたことで、政治に直接介入できるようになったというのは大きい。……が、私が言いたいのは頭の固いのが減った、というのことではない。」

 大臣はそれを聞いて少し顔を上げる。


「もともと私は前王までの政治方針には不満があったし、私が国王になれば、この改革案を実行するつもりでいた。ちなみに、貴族制の撤廃は前国王暗殺の前から既に考えていた。」

「なッ……。」

「ただ、国家運営の大きな方向転換は、そのまま国民生活へ影響を及ぼしかねない。爺のような反応をする国民も多かっただろう。」

 国王は紅茶のカップを置く。

「そこで彼らが『革命に散った英雄』を演じて雰囲気を作り上げてくれたお陰で、私の改革案を国民はすんなりと受け入れてくれたのだ。やはり、新国王の就任というのも大きい。我々は革命を受け入れ、生まれ変わった新政府という形で国民の多くから認識されている。」

「……つまり、彼らを逆に利用できたと?」

「そうだ。ユドラーの想定とは違っているだろうな。まぁ、死人に口なしだ。」

 国王の口元には小さな笑みが浮かんでいる。大臣はそれを見て、不気味な感を覚えたが、それを紅茶で喉奥に押し込んだ。


 すると、それまで黙っていたシルヴァが口を開いた。

「……ただ、その代償は大きすぎました。」

「そうだな。」

「首脳陣は軍部も政治部もほぼ壊滅。軍部は私が元帥になるほどの人員不足です。彼らがマテラスに対して大きな打撃を与えたことは事実です。今のまま少しでも隙を見せれば、すぐに列強各国に食われます。」

 マテラスは、世界から見ると小国。五年前にリンバス帝国を退けたものの、その地位は未だ変わっていない。

 弱った獲物を目の前にして、牙をむかない獣はいないだろう。

 国王は眉間にシワを寄せた。対して、シルヴァは表情を変えずにつづける。

「軍部の私が口を出すことではないかもしれません。ですが、これまでの政府は、五年前から外国へも強気な姿勢でいられました。それができたのは、ひとえに『アクレス』という抑止力があったおかげです。」

 戦勝の要因となったアクレス。

 帝国の軍を一夜にして滅ぼした暴力の化身は、外国にとって大きな脅威だ。小国とはいえ、易々と手を出せない。

 これまでのマテラス政府もそれを分かっていた。そして、その英雄の威を借ることで、なんとか国際社会で立ち回ってきたのである。


 だが、この場にいる三人は、それがどれだけ脆い物かを理解していた。

 アクレスの強力な炎魔法は、契約者としての力だけでなく、体を壊すことを代償として得られるものであることを、彼らは理解しているのだ。

 もちろん、この情報はまだ公にされていない。

 シルヴァは紅茶を一口飲むと、再び口を開いた。

「ですが、先日のユドラーとの戦闘、そして福寿山での戦闘によって、我々の『運命の日』は大きく早まったと言えるでしょう。それに、我々はもう一つ、『戦争屋』という爆弾も抱えている。」

 シルヴァは机に置いていた報告書に手を置いた。

 アクレスと同等の人間兵器を生み出す技術を有する男。そんな男が国のどこかに潜んでいるのだ。

 そして、彰が聞いたという「あらゆる生命を操作できる装置」。

 それを彼が手に入れてしまえば、マテラスのみならず、全世界の危機となる。


 国王は眉間に指を置いて唸ると、ため息を吐いた。

「……問題が山積みだ。だが、やらなければ国が無くなってしまう。」

 国王は顔を上げると、二人を見て言った。

「国家運営とは、細い線の上を目隠しで歩いていくようなものだ。右に逸れすぎても、左に逸れすぎてもいけない。素人同然の私が進むためには、爺の言う頭の固い老輩や、総帥のような軍部の人間、そして我が国に生を受けた全国民の声が必要になる。これから大変になるだろうが、私を支えてくれ。」

 大臣とシルヴァは国王の目を見ると、力強く頷いた。



「なるほど……。それで、まずは戦争屋を叩くと。」

 アクレスの問いかけに、シルヴァは「そうです」と答えた。

 軍本部の一室。窓の外に満開の桜が見える部屋で、シルヴァ、アクレス、ヘクターが一つの机を囲んでいる。

 その机の上には、福寿山での報告書とマテラスの地図が置かれていた。

「アキラ君の話から、戦争屋は現在、北島に潜伏している可能性があります。彼は報告書にもある通り、契約者と同等の人間兵器を生み出す技術を持っています。その対策として、アクレス君に北島へ向かっていただきたい。」

 シルヴァはそう言うと、次にヘクターを見た。

「そして、今回。アキラ君も同行する許可が下りました。というか、下ろしました。ヘクターはアキラ君の警護として北島へ向かってください。」

「了解です。」

「実際の北島での調査では、現地から更に二人、アキラ君の警護として付けます。以上。」

 そこまで聞いて、ヘクターは尋ねた。

「ディアスは来ないんですか?」

「彼は忙しいので、今回は」

「え? 忙しい?」

「今回、彼はソフィアさんの実験に付き合っています。」

「あぁ……。なるほど。」


 シルヴァは改めて二人を見る。

「捜索へ向かう遺跡は、ただでさえ魔物が多く危険な場所です。それに戦争屋自体、危険な人物です。くれぐれも体には……」

「ごほッ……」

 そこまで言いかけたところで、突然アクレスがせき込んだ。

「……大丈夫ですか?」

 シルヴァが尋ねる。アクレスは抑えた手のひらを見ると、グッと拳を握り締めて口元を拭った。

「すいません、大丈夫です。」

 そう言って下ろした拳には、赤々とした鮮血が付いていた。


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