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言い忘れていましたが、この章で最終章になる予定です。



あくまで予定です。

「ソフィアさん。この辺、片づけといてくださいよ。この実験室もわざわざエリさんが綺麗にしてくれたのに、もう前みたいに散らかってるじゃないですか。」

「分かってるって! これ終わったらやるから!」

「毎回それじゃないですか。いったい、いつになったら……」

「ちょ、あの、分かってるから! 本当に今回はやるから、ちょっと黙ってて!」

「はぁ……。」

 研究員はわざとらしくため息を吐くと、様々な器具の詰まった箱を持って実験室から出ていった。

 実験台には構築式が描かれ、その上に白いマウスが麻酔を打たれてぐったりとしている。さらにそのマウスの首には小さな首輪が取り付けられており、鎖で台に固定されていた。

 ソフィアは震える手で瓶から注射器で赤黒い液体を採取すると、大きく深呼吸する。

 この液体は、戦争屋の居た館から見つかったものだ。

 あの館からは、中央都の研究者でも用途が分からないような実験器具がいくつも見つかっている。この液体は、そんな実験器具の一つから見つかったものだ。

「はぁ……。ネズミの麻酔よし。消毒よし。注射器よし。……退路よし。」

 マスクをしたソフィアは、注射器の針をマウスに差し込んだ。ゆっくりと息を吐き出しながら、マウスに液体を注入していく。

 そして、液体を全てマウスの体内に流し込むと、注射器を置いた。

「さぁ……て。どうなる……。」

 呟くと、突然マウスの体がビクンと痙攣しだした。ソフィアは「ひィ……」と情けない声を上げながらも、片手を実験台に描かれた構築式に添える。

 やがてマウスの体が膨張を始めた。肥大化した筋肉が皮膚を割き、実験台に赤い血が広がる。麻酔が切れて、むくりと起き上がったマウスの額からは、小さな赤黒い角が生えていた。


 この不気味な姿。この世界では珍しいものではない。

 これらの恐ろしい姿をした生物は、一般的に『魔物』と呼ばれるものだ。館の実験器具から入手した液体は、生物を魔物へと変化させるものだったのである。

 これまでは生き物が突然変異したものと考えられていた魔物だが、この実験結果を見ると話が変わってくる。

 方法は不明だが、生物を魔物にする方法は確かに存在し、それを戦争屋という男は知っていたのだ。


 マウスは目の前で渋い顔をしているソフィアを見つけると、鎖が引きちぎれそうな勢いで襲い掛かろうとした。

「っとぉ! びっくりしたぁ!」

 が、ここまでの過程は既に確認済みだ。今回の実験はこの先にある。

 ソフィアは思わずひっこめた手を構築式の上に載せた。狂暴化したマウスは、鎖をガチャガチャと鳴らしながら噛みつこうとする。

「頼むぞぉ……」

 ソフィアはそう言って、実験台の構築式を発動させる。同時に、狂暴化したマウスの動きがピタリと静止した。

 この構築式は、台にある物体の動きを固定するものだ。あまり力が強いと拘束できないのだが、この程度ならば問題なく固定できる。


 血を垂らしながら震えるマウスの胴体に、ソフィアは構築式の描かれた小さな包帯を巻き始めた。徐々に構築式が輝きだす。

 包帯を巻き終わると、ソフィアは実験台の構築式を止めた。

「ひとまず……、成功かな?」

 包帯を巻かれたマウスは、不思議そうに辺りをキョロキョロと見回している。その目からは、先ほどまでの狂暴性は微塵も感じられない。

 マウスがソフィアを見つけて首を傾げると、額の角がポロリと落ちた。

「よっし……。早いとこ完成させないと……」

 ソフィアは半分閉じた目を擦ると、両頬を叩いた。


 ◇◇◇


 中央都のとある商店街。

 いつもはリリアと二人で買い出しに行くのだが、リリアは『ソフィアさんに会ってくる』と言って研究棟へ行ってしまった。

 一人悲しく紙袋を抱えていた彰に声をかけたのは、病院から帰る途中だったヘクターである。どうやら久々に休暇が取れたらしい。


「北島?」

 ヘクターが尋ねると、彰は頷いた。

「戦争屋って男が言うには、巨大な研究施設があるらしいんです。」

「巨大な研究施設……。聞いたことないな。」

「ですよねー。」

「ただ、巨大な研究施設は知らないが、大きな遺跡群なら北島にあるぞ。」

「遺跡群?」

「古代文明の遺跡だ。俺は報告書を読んだだけなんだが、戦争屋が残していった実験器具のほとんどが、未知の科学技術によって作られた物だったらしいんだ。だから、俺の勝手な推測だが、奴は遺跡から何か『古代文明の遺産』とかを見つけ出して、それを使ってるんじゃないか?」

「なるほど……。」


 ここでの「古代文明」とは、彰の居た文明だ。この時代に遺っているのは、おそらく彰の居た時代よりも遥か未来の科学技術だろう。当然、それらの技術は彰にとっても未知である。

 その中に、もしも時間を操作する技術があるとしたら? そして、戦争屋がそれを見つけていたとしたら?

 それならば、彰に対して「元の世界へ帰る方法」を示唆できたのも頷ける。


 そこまで言うと、ヘクターはふと彰を見て言った。

「……もしかして、行こうとしてるのか?」

 彰は少し悩むと、黙って頷く。それを見たヘクターも少し悩むと、彰に言った。

「俺が言うことじゃないかもしれないが、行かない方が良いと思うぞ。報告書は俺も読んだが、戦争屋とかいう男の狙いはアキラ自身じゃないか。」

「……それは分かってます。でも、あいつは『元の世界へ帰る方法』を知ってるような口ぶりだったんです。今は他に手掛かりが無い。」

「それもそうだよなぁ……。」

 ヘクターはそう呟くと、灰色の雲を見上げてため息を吐いた。


 戦争屋によれば、彰がとある装置の鍵となっているらしい。そしてその装置は、使い方によっては最悪の大量殺戮兵器にもなり得るということだ。

 あの男の話が真実なのかは分からない。

 だが、可能性がゼロではない以上、この世界に住むヘクターとしては、戦争屋と彰が接触することは避けるべき、というのが本音だ。

 ただ、彰が元の世界へ帰る手掛かりが、戦争屋しかないことも事実である。


 二人はしばらく黙ったまま歩いた。冬の冷たい風が二人の間を通り抜ける。

 先に口を開いたのはヘクターだった。

「……俺も行こう。」

「え?」

「戦争屋に渡さなければ良いだけの話だ。アキラが元の世界へ帰れるように、俺にできることなら何でも協力するさ。」

「ありがとうございます。」

 礼を言うと、ヘクターは彰の肩を叩いて笑った。

「ただ、少なくとも出発は当分先だな。」

 ヘクターがそう言うと、ふわりと白い雪が落ちた。二人は揃って空を見上げる。

「北島の冬は厳しい。出発は春にしておけ。」

 今の季節は冬。彰が吐いた息は、空へ白く消えた。

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