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37

 部屋の屋根は吹き飛び、壁もほとんど崩れて燃え上がっている。アクレスは燃え上がる庭園を見下ろすと、小さく舌打ちした。

 轟々と燃える炎の中を一人の男が立っている。

 その男は飛び火した服を投げ捨てると、不気味な笑みを浮かべて首を鳴らした。青い構築式の走るエナスの筋肉には一切の傷がついていない。

「それはダメですって!」

 右腕の腕輪に手を伸ばそうとしたアクレスを、後ろからディアスが止めた。

「それ取ったら死んじゃいますって!」

「それしかないだろ! このままだと火力が足りない!」

「火力なら僕が出します。」

 そう言って、ディアスは持っていた小銃を捨て、背負っていた銃を取り出した。これはソフィアから託されたものだ。成人男性の背丈ほどの大きさはある。

 ディアスがその銃の脇についていたレバーを倒すと、銃身に彫られていた構築式が淡く輝いた。

「アクレスさんは下であいつを迎え撃ってください。僕が上から援護します。」

 アクレスは少し悩むと「分かった」と言って頷いた。

「腕輪取ったらダメですからね! じゃないと、僕がソフィアさんに殺されるんですから!」

「分かったって!」

 アクレスはそう言って二階から庭園に飛び降りた。


「魔力充填……、容量確認……、安全装置解除……」

 操作手順をぶつぶつと繰り返しながら銃を構える。大きく息を吐いて照準器を覗き込むと、ディアスは「んあ?」と呟いた。

 エナスの体の構築式が赤く輝いた。同時に、全身から赤黒い結晶が浮き上がってきている。そして次の瞬間。

 エナスの姿が消えた。

 ディアスが顔を上げると、エナスは目にもとまらぬ速さでアクレスに連撃を撃ち込んでいるのが見えた。だが、アクレスもなんとかそれに対応している。

「やっば……。早くしないと!」

 ディアスは再び息を吐いて照準器を覗いた。

 ここで、頭の中に一抹の不安がよぎった。果たして、あの男に攻撃が通用するのだろうか、という疑問だ。

 弾倉が空になるほどの銃弾とアクレスの猛攻を無傷で乗り切った男だ。アクレスの前では大見得を切ったが、果たしてこの銃がどれほどの火力を出せるのかは不明である。

 そもそも、目標があれほどの速度で動いているのだ。いくらかアクレスが抑えてはいるが、それでも命中させるには動きを予測しなければならない。

 果たして援護できるのか。だが、やるしかない。

 ディアスは狙いを定めると、引き金を引いた。


 ―――


 エナスの構築式が赤く輝いたのを見て、アクレスの剣を握る手に力が入った。エナスの体から赤い結晶が浮き出し始めている。あの光は、この結晶は見覚えがあった。

「マジかよ。」

 呟くと、既にエナスの拳が目の前に迫って来ていた。アクレスは何とか剣で弾き返す。相変わらず鋼鉄のように固い拳だ。

 あの赤い発動光はソフィアの実験でも見たことがある。それに加えて、全身に現れた赤黒い結晶。

 彼の体にある構築式の中には、体内の魔力制御系を破壊する構築式があるのは間違いないだろう。そして、その出力魔力を身体能力に上乗せするような構築式も含まれているはずだ。そうでなければ、これほどの威力と速度は生まれない。

 つまりこの男は、身体能力の面だけでは、疑似的にアクレスのような契約者を再現できているといえる。

 今のところ対応できてはいるように見えるが、一発一発の拳の衝撃が、じわじわとアクレスの全身に響いていた。

 精霊との契約者ではないために、自然現象を操れないのが唯一の救いだろうか。ただ、全身を硬質化させる構築式のせいで、文字通り歯が立たない。


「援護ってのはなんだったんだ!」

 アクレスの脳裏に腕輪が浮かんだ。

 しかし、同時に館の二階から、ギューン、という音と共に、青く輝く銃身から赤い熱線が放たれる。ディアスの銃だ。

 その狙いは正確。こめかみ目掛けて放たれた熱線に対して、エナスは思わず右手を伸ばした。

「――ッ!」

 その熱線は、エナスの掌を突き抜け、そのまま地面に深い穴をあけた。これまで、あらゆる攻撃を弾き返してきたエナスの装甲を貫いたのである。

「いけます! アクレスさん!」

 二階からディアスが叫んだ。

 それに応じるように、アクレスは攻撃を畳みかけていく。だが、エナスは掌に穴が空いたことにも動じず、それどころか嬉しそうな笑みを浮かべながら剣を弾いていった。


 剣が通用しないということは、ディアスの銃に攻撃を頼るしかない。当然、エナスは二階へ向かおうとするはずだ。それを阻止すればいい。

 そう考えたアクレスの頭の横を熱線が通り抜けた。その熱線はエナスの右肩を貫いていく。

「もみあげが焦げたぞ!」

「そのまま続けて! アクレスさんには絶対当てませんから!」

 さすがに肩を貫かれては動きが鈍る。アクレスの剣は、次第にエナスの体を打ちつけるようになってきた。この硬い装甲が表層だけを覆うものならば、打撃の衝撃が内部に響くはずである。

 勝機が見えてきた。

 不利を悟ったエナスは大きく後ろへ飛びのいた。追おうとするアクレスだったが、急に膝の力が抜ける。

 アクレスの顔が青ざめた。

「……おいおい。しっかりしてくれよ!」

 完全に防ぐわけじゃない、というソフィアの言葉が脳裏をよぎる。腕輪は外していないものの、体への負荷は大きかったのだろう。

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。エナスに彰を追わせるわけにはいかない。


 剣を握り締め、再び顔を上げたアクレスの目に飛び込んできたのは、懐から小さな小箱を取り出すエナスの姿だった。

 エナスはその箱を開け、中から一本の注射器を取り出す。入っているのは赤黒い液体。

「不味い……。」

 本能的に危険を感じたアクレスが立ち上がる目の前で、エナスはその注射器を自分の胸の真ん中に刺した。不気味な液体が体内へと押し込まれていく――。

「………ッ!」

 液体を全て取り込んだエナスは、突然胸を押さえてその場でうずくまった。口や耳からはドロドロと血が流れ出ている。

 アクレスはすぐさま叫んだ。

「撃て!」

 エナスはちらりとディアスの居る二階を見て、大きく身を反らした。熱線はエナスの体を掠めながら地面へと突き刺さる。

 そのままエナスは一回転すると、不敵な笑みを浮かべながらアクレスを指さした。


 それを見たアクレスは迷わず腕輪を投げ捨てた。辺りの炎が大きくうねりながらアクレスを取り囲む。

「アクレスさん!」

 ディアスの声がするが、聞いている場合ではない。出し惜しみできるような相手ではないのだ。

 エナスの肉体が膨れ上がる。そして、大きく拳を振りかぶった。

「身を守れ! ディアス!」

 アクレスの言葉の直後、エナスは地面を殴りつけた。あり得ないような轟音が樹海全体に響き渡る。

 真上へ飛び上がったアクレスは、目下に広がる光景を見て愕然とした。

 大きく地面が割れている。地割れは館の方まで走っており、ディアスの居る館は、その衝撃によって倒壊し始めていた。

 縦横無尽に広がる地割れの中心で、血塗れのエナスがアクレスを見つめている。

 これほどまでの力を構築式のみで出すことは不可能だ。あの男は何らかの方法で、自然現象を操る精霊の力を手に入れている。

 つまり、実質的に契約者と同等、もしくはそれ以上の力を持っていると言って良い。


 ディアスは無事だろうか。だが、それを気にしている余裕はない。

 アクレスは空中で剣を振りかぶると、エナスめがけて振り下ろした。巨大な火柱がエナスごと地面を穿つ。

 アクレスは屋敷の瓦礫の中に着地すると、立ち上る黒煙を見て呟いた。

「勘弁してくれ……」

 黒煙の中に人影が立っていた。

 その男の限界を超えて膨れ上がった肉体は自身の皮膚を割き、脈動する筋肉が露わになっている。額からは赤黒い角が聳え立ち、顔の下半分は焼け焦げてしまって表情の判別がつかない。ただ、彼の酷く充血した両の眼は、相変わらずまっすぐにアクレスを見つめ続けている。

 立っていたのは人間ではない。狂気だ。

 闘争と進化を求め続けた人間の狂気の化身が、そこに立っていた。


 エナスが動いた。

 再び地面を殴りつけたのだ。しかし、先ほどのような地割れは起こらない。

 その代わり、彼らの周囲にあった瓦礫や岩石が巨大な波のように膨れ上がり、アクレスを飲み込まんとなだれ込んできたのである。

 アクレスは迫りくる岩の壁を炎でこじ開けて飛び出した。そのままエナスに向かって火柱を放つ。

 だが、エナスが地面を殴りつけると、炎の行く手を阻むように岩の壁が出来上がった。

「まだまだァ!」

 アクレスが剣をふるうと、炎が蛇のようにうねり壁を避けてエナスを飲み込む。炎はそのまま庭園全体を包み、辺り一面を火の海にした。

「がッ……。」

 アクレスは血を吐くと、その場に崩れ落ちた。全身に赤黒い結晶が浮き出し、視界がぼんやりと霞んでいく。

『もう限界だ。これ以上動くと命を落とすぞ。』

 目の前に赤い精霊が現れて言った。アクレスは首を横に振る。

「もう少し力を貸せ、メテア……。まだ、あいつを仕留めてない……。」

『ダメだ! 僕は君に死んでほしくないんだよ!』

「頼む……。あと少しなんだ……。あと少しで……」

 アクレスは言いかけると、黙って剣を握り締めた。目の前の瓦礫の中から、エナスが立ち上がっているのが見えたのだ。

 ただ、エナスも相当無理をしているらしい。

 フラフラとした足取りでしばらく歩いたかと思うと、血走った目で辺りを見回し始めた。そして、アクレスを見つけて拳を構える。


 しかし、その拳を赤い熱線が貫いた。撃たれたエナスは、その場にばったりと倒れこむ。

「アクレスさん!」

 瓦礫の山の中からディアスが飛び出てくる。名前を呼びながら駆け寄ってくる彼の手には、腕輪が握り締められていた。

「これは……」

「ソフィアさんから貰ったんです! まだ死なないですよね! 死なないでくださいよ!」

 そう叫ぶディアスの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「あいつは……」

「アクレスさんは寝ててください。あいつは僕が……」

 そう言って拳銃を構えるディアスは、辺りを見回して固まった。

「居ない……。」

 エナスが倒れていたはずの場所に居ないのだ。残された血痕から、二人から離れるように移動していることは分かる。

 ディアスは拳銃をしまうと、アクレスの肩を担ぎ上げた。

「絶対に死なないでくださいね。」

 そう言うと、瓦礫だらけになった庭園を抜け、街へ向かってゆっくりと歩き出した。



 アクレスたちが去った後、この館はソフィア率いる研究者の一団によって調査が行われた。そして、その際、樹海の端にある小さな花屋でエナスの死体が発見されたという。

明日、明後日におまけ投稿します。

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