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 木々の隙間から適度に陽の光が差し込んでおり、昨晩に薄く積もった雪が白く輝いていた。冬眠しているのか獣の声は全く聞こえず、名前も知らない野鳥の鳴き声が樹海にこだましている。枝の隙間に美しい福寿山が見えるせいなのか、不気味というよりも、どこか神秘的な空気があった。

「で、なんでコイツは『当たり前』みたいな顔して来てるんですか。」

 ディアスはゴツゴツとした道を歩きながら、不満げな顔で言った。その横を歩くタケルは、鬱陶しいという顔つきで呟く。

「まだ言うのか。」

「突然銃を向けるような男を信用できるわけないだろ! しまいにゃ同じ宿に泊まろうとするし!」

「部屋は別だったし、街でも別行動だっただろ。」

「当たり前だ!」

「おい。少し黙れ。」

 戦闘を歩くアクレスが低い声で言うと、二人はピタリと黙り込んだ。

 冬眠しているとは言っても、寝ぼけたクマが現れないとも限らない。更に、ここは言うなれば敵地だ。突然に襲われて命を落とす可能性は十分にある。

 そのため、戦闘経験の無いソフィアは街の宿屋で待機している。樹海に足を踏み入れたのはソフィアを除いた四人だ。

「それで、どこに行くの。」

 リリアが尋ねると、アクレスは「分からん」と答えた。残されていた地図に描かれていたのは大まかな位置だけだ。詳しい場所までは分からない。

「……が、道は分かる。」

 そう言うと木を指さした。その木の枝にはボロボロの布が巻かれている。

 アクレスはそのボロ布を枝から取って広げた。それを見てリリアが呟く。

「これって……」

「あぁ。アキラの着ていた上着が破かれて、木の枝に結ばれている。これを辿れってことなんだろうな。」

 アクレスはそのボロ布をポケットに突っ込むと再び歩き出した。


 ◇◇◇


「まだ……、気は変わらないか?」

「何度も言わせんな。お前に協力はしない。」

 彰はそう言って椅子に深く座ると黙り込んだ。

 ここへ連れてこられてから、彰は毎日のように戦争屋からの説得を受け、それらを一切聞き入れずに断るという毎日が続いている。その中でも逃げられる隙は無いのか探るのだが、常に彰の背後に立つエナスがそれを許さない。

 戦争屋は彰の様子を見てニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、わざとらしくため息を吐いた。そして、彰の前に置かれた紅茶を見て呟く。

「紅茶は嫌いかね。今まで一口も飲んでいないじゃないか。」

「……お前のお陰で嫌いになりそうだ。」

「そうか、まぁ良い。明日辺りに北島へ向かう予定だ。続きは明日の馬車で話そうか。」

 戦争屋はそう言って指を鳴らした。彰を部屋まで連れていけ、という合図だ。

 しかし、彰の背後に立つエナスは動こうとしない。不思議に思った彰が振り返ると、彼は口元に笑みを浮かべながら、部屋の扉を見つめていた。

 しびれを切らした戦争屋が不機嫌そうに言う。

「エナス、何をしている。さっさとアキラ君を……」

 その言葉は唐突に遮られた。部屋の扉が急に開き、アクレスたちが現れたのだ。

「なッ……」

 逃げ出そうと思わず立ち上がった戦争屋を見て、タケルは銃の引き金を引いた。しかし、その弾丸は間に入ったエナスによって弾かれる。

「エナス! アキラ君と地下の彼女を例の場所まで連れてこい!」

 戦争屋は叫ぶと、窓を蹴り破って外へと飛び出して行ってしまった。

 タケルは「ぶッ殺してやる……」と呟くと、戦争屋の後を追って窓から飛び出した。


「アキラ君!」

 リリアが手を伸ばした。それを見て、彰はすぐさま椅子の後ろへと転がり込む。同時に、ちらりとエナスを見た。

 彼の反射神経と運動性能は、常人のそれを遥かに凌駕している。先ほども全員の目の前で銃弾を弾いてみせていた。

 その男が「アキラを逃がすな」という指示を受けているのだ。簡単に逃げさせてくれるはずはないだろう。逃げるためには、エナスの動きを読み切らなければならない。

 しかし、エナスは薄い笑いを浮かべているだけで、捕まえようとする素振りすら見せなかった。

 ――混乱しているのか……?

 いや、おそらく違う。もはや彰に興味が無いように見える。

 理由はわからない。だが、これは好機だ。

 彰は椅子の陰から飛び出すと、扉へ向かって駆け出した。そのままリリアの手を掴むと、リリアはぐいと引き寄せて彰を抱きしめた。

「アキラ君……、アキラ君……!」

「リリア、心配かけて悪かった。ありがとう。」

 彰は胸の中で震える小さな体を強く抱きしめた。

 そこへ一呼吸遅れてエナスが襲い掛かる。しかし、その拳はアクレスの剣によって受け止められた。

「二人で逃げるんだ! こいつは僕らに任せろ!」

 ディアスは扉を指さして叫んだ。リリアはそれに頷くと、彰の手を引いて扉まで向かう。

「ほら、早く逃げよ!」

「あ、あぁ。でも大丈夫なのか? 相手は……」

 その時、視界に赤い火の粉が映った。

 アクレスはエナスの拳を弾き返すと、こちらを振り返らずに低い声で呟いた。

「……行け。宿でソフィアと合流しろ。」

 その言葉に含まれていた怒りは、当然彰に向けられたものではない。だがそれでも、それを聞いた彰は全身の毛が逆立つような恐怖を覚えた。

「そうだ、アキラ君。これを。」

 固まる彰に、ディアスは剣を差し出した。この剣は彰の剣だ。あの館で握り締めていたはずの剣だ。

 彰はそれを受け取ると、「……ありがとうございます」と言って駆け出した。


 ◇◇◇


「俺、こんなところに居たのかよ……。」

 樹海の悪路を駆け抜けながら彰は呟いた。木々の隙間から見える高い山は富士山で間違いないだろう。多少の変形があるのは噴火の痕跡だろうか。

 ただその富士山の姿を見て、彰の中で「この世界は未来の世界である」という仮説が確信に変わった。

 リリアは時折こちらを振り返りながら、できるだけ平坦な道を選んで走っていく。その後ろを追う彰は走りながら尋ねた。

「道は……、あってんのか?」

「たぶん大丈夫! ここから西に街があるの! そこまで行けば、きっと安全だから!」

「……ッリリア! 前見ろ!」

 彰の声でリリアは急ブレーキをかけた。

「こいつ……。」

「あぁ。あの仲間だろうな。」

 二人の前に立ちはだかっていたのは一匹の獣だった。

 頭に生えた二本の角。体をまばらに覆う大きな鱗。そして、明らかにバランスの取れていない、気色の悪い風貌。

 その姿はまさしく、あの館の前に居た化け物と同じ生き物だった。

 しかし。

「様子がおかしい。」

 その化け物の眼球は明後日の方向を向いており、口元をだらりと開きながら赤黒い血を流している。そして、その化け物は弱々しい声で鳴くと、その場に崩れ落ちた。

「死んだ……のか?」

 ピクリとも動かない。完全に事切れている。もう危険は無いだろう。

 彰がそう判断し、抜きかけた剣から手を離そうとした、その時だった。


「おいおい。こいつぁ……、ずいぶんと懐かしい顔だなぁ。」

 その化け物の陰から一人の男が現れた。

 その男は、咥えていた葉巻を吐き捨てて白い煙を吐き出すと、目深にかぶっていた帽子を取った。

「よう、ガキども。元気そうじゃねぇか。」

 そう言いながら、鴉は懐からナイフを取り出した。

 彰はリリアの前に立って腰の剣を抜く。

 だが、今の彰に勝てるのだろうか。エナス相手に何もできなかった彰が、何か戦力になりうるのだろうか。

 いや、勝たなければいけない。もう失ってはいけない。失わないためには、目の前の敵を殺さなければならない。

 彰は剣を強く握って構えると、目の前で立つ鴉に問いかけた。

「戦争屋に言われて来たのか?」

「いや、違う。もうアイツと俺たちは喧嘩別れだ。……あぁ、いや、『俺たち』じゃなく、今は『俺』だけになっちまったが。」

「それなら、何故ここに居るんだ。」

 鴉は帽子を被りなおすと、大きく息を吐いた。

「首くくる場所探しに来たのさ。ここなら静かに眠れるかと思ってな。だが、バケモノだらけで眠れやしねぇ。」

「自殺しにきたって……?」

 リリアが尋ねる。

「あぁ。その通りだ。俺以外の九頭龍はデカい花火を上げて解散したぜ。俺の仕事は、その九頭龍の華々しい戦果を各地に伝え、暴動を煽ることだ。革命の火種を絶やしちゃならねぇ、つってな。……ただ、それも終わっちまった今、静かに眠る以外にやることもねぇ。」

「つまり、俺たちと戦う理由は無いんだな?」

「あぁ、そうだ。俺には戦う理由はないし、戦う気もない。……が。」

 鴉はそう言うと、持っていたナイフを空中にばらまいた。淡く輝く十本のナイフは、それぞれ鴉の周囲を漂い始める。

「気が変わった。」

「……なんでだよ。」

「運命ってのは信じないタチなんだが、ここまで演出されちゃあ信じてみたくもなるよなぁ。それに」

 鴉は彰の背後を指さす。

「そっちのガキには『理由』があるらしい。」

「リリア……。」

 彰が振り向くと、リリアはすでに「糸」を出していた。目に見えない刃が風を斬る音が聞こえる。

「一人旅ってのは心細くてなぁ。……俺と一緒に地獄への旅路に付き合う気は」

 その言葉の途中でリリアは飛び出した。ギィン、という音と共に、樹海の木が数本倒れる。

 鴉は帽子を押さえながら飛びのくと、笑いながら言った。

「おいおい、躾がなってねぇな! 大人の話は聞いとくもんだぜ。」

「うっさい!」

 リリアの叫びと同時に、再び木がなぎ倒される。鴉はそれをよけながら、樹海の奥へと逃げ去っていく。

「リリア、待っ……」

「このまま西に走って。街に入ってすぐの宿屋にソフィアさんが居る。」

 リリアはそう言うと、鴉を追って樹海の中へと駆け出して行った。

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