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 地図が示していたのは、この国で最も高い山『福寿山』の麓である。中央都を出た一行は街を経由しながら東へと進み、深い森の中へと足を踏み入れていた。

「雲行きが怪しくなってきたね。」

 リリアが呟く。木々の合間から見える空には、雨が今にも降りだしそうな灰色の雲が広がっていた。薄暗い森の中には、湿った風が吹いている。

 荷台を引くアクレスも空を見上げながら言う。

「雨宿りできる小屋とか洞窟でもあれば良いんだがな。」

「でも、こんな森の中じゃ難しそうですけどね。」

「道も全然整備されてないわね。お尻痛いわ。」

 ソフィアは荷車から飛び降りると、大きく伸びをした。

「でも道があるってことは、人が居るってことじゃないの?」

「この森を抜ければ小さい街があるはずよ。そこまで行ったら……」

「待て。」

 アクレスは剣に手をかけて言う。ディアスも腰から拳銃を抜いた。

「どうしたのよ。」

「鳴き声がしました。クマですかね?」

「そうかもしれん。……近いな。」

 その言葉の直後、森の中に爆発音が響いた。前方に黒煙が上っている。

「誰か戦ってますね。援護してきます。」

「……いや、その必要は無さそうだ。」

 アクレスはそう言って煙の立ち上る方向を指さす。見ると、一人の男がこちらへ歩いてきていた。


 その男は、片手に散弾銃のようなものを持ち、腰には拳銃と数個の爆弾らしきものを提げていた。まるで歩く火薬庫だ。先ほどの爆発は、この男の仕業で間違いないだろう。

 男は鋭い刃物のような鋭い視線でアクレスたちを見る。

「この辺りの人間か?」

「……いや違う。『戦争屋』っていう奴を追って、この森に来たんだ。」

「戦争屋だと……?」

 男は驚いたような表情でアクレスを見る。

「話を聞かせてくれないか。俺もその男を追ってるんだ。」

「まぁ構わないが……、お前は何しに行くんだ。」

 アクレスが尋ねると、その男は真剣な顔で静かに答えた。

「……その男を殺しに行くんだ。」

「殺しに?」

「あぁ。簡単に言えば仇討ちだ。昔、俺の……」

 そこまで言いかけて、男は口を止めた。その視線の先にいるのはリリアだ。

「それは……」

 男は震えながら呟くと、突然リリアに向かって銃を構えた。

「その首飾りをどこで手に入れた!」

「ちょ、な、なに!?」

 咄嗟にアクレスは男の持つ銃をはね上げようとするが、男はそれを躱して腰から拳銃を抜く。そして、その拳銃をアクレスに向けて撃鉄を起こした。それを見たディアスも、持っていた拳銃を男に向けて構える。

「質問に答えろ! その首飾りをどこで手に入れた!」

「こ……、これは貰ったの……。」

「誰からだァ!」

 その瞬間、男の意識が完全にリリアへと向いた。

 アクレスは閃光のように素早い剣捌きで男の銃をはね上げる。男の背後へ回り込むと、アクレスは剣を捨てて男の首を締め上げた。

「リリア、ディアス! 銃を取り上げろ!」

「ぐッ……」

 男は抜け出そうと暴れるが、アクレスが一切の身動きを許さない。そして男は、そのまま静かに気を失った。


 ◇◇◇


「………ぅうッ。」

 男が小さくうめき声を上げながら目を覚ました。ディアスはすぐさま男の眼前に銃口を突き付ける。

 瞼を開けた男は、自身の装備が全て外されていることを確認すると、静かに両手を上げた。

「安心しろ。もう暴れる気は無い。」

「いやいや! 信用できるか!」

「アンタがリリアさんか。突然悪かったな。」

 男は岩に腰かけていたリリアに言った。リリアは話しかけられたことに驚きながらも、「え、いや、まぁ大丈夫だけど……」と答える。

「どうやら落ち着いてるらしいな。」

 アクレスが言うと、ソフィアは「あらら」と残念そうな顔でつぶやいた。その手には不気味な色の錠剤が握られている。

 アクレスは男の横まで来ると、その顔を覗き込んで尋ねた。

「説明してもらおうか。まず、名前はなんだ。」

 すると、男は相変わらず鋭い視線でアクレスを見上げて答えた。

「……俺はタケル。この世界では転移者と呼ばれている人間だ。」

「転移者だと?」

「そうだ。まぁ、証明しろと言われると難しいけどな。」

 俺は両手を下ろして、堂々と荷車に座りなおした。ディアスは相変わらず銃口を向けたまま、タケルという男を睨みつける。

 唐突に出た「転移者」という言葉にアクレスが困惑していると、タケルは静かに語り始めた。

「俺は妻と二人で転移してきた。帰る方法も知らなかった俺たちは、それから静かにこの世界で暮らしていたんだ。だが……、その生活も長くは続かなかった。」

「転移者狩り、かしら?」

 ソフィアが尋ねると、タケルは頷く。

「どこかで転移者が居るってのを嗅ぎつけたんだろうな。六年前、戦争屋を名乗る男とその仲間が俺たちを突然襲ってきやがった。妻は………、俺を庇って捕まったんだ。」

 そこでタケルは口をつぐんだ。固く握られた彼の拳が震えている。

 アクレスはそれを見て、ディアスに銃を下げさせた。

「それで……、これと何の関係があるの?」

 リリアは首飾り見て尋ねる。すると、タケルは微妙な顔をして答えた。

「……その首飾りが、妻のつけていた物と………、あー……、似てたんだ。」

「似てた?」

「あぁ。見間違えたんだ。それで、ついカッとなってな……。悪かった。」

「見間違えた? ……そうなの?」

 リリアは眉間にシワを寄せて青い宝石を見つめると、「ま、いいや」と言って立ち上がった。

「最後に一つ聞くが」

 アクレスはタケルに言った。

「お前の目的は『戦争屋を殺すこと』で、俺たちに危害を加えるつもりは無いんだな?」

「あぁ。もちろんだ。」

 タケルはまっすぐアクレスを見つめて答える。

 この男をどこまで信用していいのかは分からない。転移者だということも本当なのか怪しいところだ。まだ何か隠しているのは間違いないだろう。

 だが、これまでの行動から見て、戦争屋に対する何らかの復讐心を持っていることは確かだろう。その点では、アクレスたちと利害が一致している。

 アクレスはディアスに「この男から目を離すな」と密かに耳打ちすると、荷車に手をかけた。


「とりあえず、良しとしようか。タケル、荷車から降りてくれ。出発し」

「ちょっと待って。まだ質問がある。」

「ん? おい、ソフィア。何する気だ!」

 ソフィアがアクレスを止めた。彼女の手には、タケルの持っていた拳銃が握られている。

 そのままフラフラと近づいてくるソフィアを見て、タケルは思わず身構えた。

「……な、なんだ。」

「答えてくれないかしら。この銃、どういう仕組みなの?」

「……え?」

 困惑するタケルに、ソフィアは興奮した様子で詰め寄る。

「この銃、魔法構築式が一切使われてないじゃない! 軍用に生産されてるのは全て魔法式だし、一般に流通してる銃もたいてい魔法式なのよ!」

「……いや俺、魔法具使えないからな。それも完全火薬式だ。」

「やっぱりそうよね! この弾丸とかも見たことないし、どういう原理で発射してるのかしら? 魔法式だと力魔法で弾丸を弾き飛ばしてるけど、これは違うわよね。 弾丸の背中を叩いて飛ばしてるの? でも、それじゃ威力出ないし……」

「おい、ソフィア。」

 鼻息を荒くしたソフィアをアクレスが止める。

「その質問は後にしろ。とりあえず出発するぞ。」

「ま、待って! 最後に一つ! これ、一人で全部作ったの!?」

「まぁ、この世界の仲間に助けてもらいながらな。ちょうど、アンタたちと彰さんみたいな……」

 その時、全員の頭に水滴が落ち始めた。見上げると、空には黒い雲がかかっている。

「雨だ……。」

 ディアスが呟いたと同時、遠くでぴしゃりと雷が落ちた。それを聞いてリリアが飛び上がる。

「ひっ! 雷!」

「全員走るぞ!」

 雨脚は次第に強くなっていく。

 一行は降り続ける雨の中、森の道を必死に走り出した。

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