32
地図が示していたのは、この国で最も高い山『福寿山』の麓である。中央都を出た一行は街を経由しながら東へと進み、深い森の中へと足を踏み入れていた。
「雲行きが怪しくなってきたね。」
リリアが呟く。木々の合間から見える空には、雨が今にも降りだしそうな灰色の雲が広がっていた。薄暗い森の中には、湿った風が吹いている。
荷台を引くアクレスも空を見上げながら言う。
「雨宿りできる小屋とか洞窟でもあれば良いんだがな。」
「でも、こんな森の中じゃ難しそうですけどね。」
「道も全然整備されてないわね。お尻痛いわ。」
ソフィアは荷車から飛び降りると、大きく伸びをした。
「でも道があるってことは、人が居るってことじゃないの?」
「この森を抜ければ小さい街があるはずよ。そこまで行ったら……」
「待て。」
アクレスは剣に手をかけて言う。ディアスも腰から拳銃を抜いた。
「どうしたのよ。」
「鳴き声がしました。クマですかね?」
「そうかもしれん。……近いな。」
その言葉の直後、森の中に爆発音が響いた。前方に黒煙が上っている。
「誰か戦ってますね。援護してきます。」
「……いや、その必要は無さそうだ。」
アクレスはそう言って煙の立ち上る方向を指さす。見ると、一人の男がこちらへ歩いてきていた。
その男は、片手に散弾銃のようなものを持ち、腰には拳銃と数個の爆弾らしきものを提げていた。まるで歩く火薬庫だ。先ほどの爆発は、この男の仕業で間違いないだろう。
男は鋭い刃物のような鋭い視線でアクレスたちを見る。
「この辺りの人間か?」
「……いや違う。『戦争屋』っていう奴を追って、この森に来たんだ。」
「戦争屋だと……?」
男は驚いたような表情でアクレスを見る。
「話を聞かせてくれないか。俺もその男を追ってるんだ。」
「まぁ構わないが……、お前は何しに行くんだ。」
アクレスが尋ねると、その男は真剣な顔で静かに答えた。
「……その男を殺しに行くんだ。」
「殺しに?」
「あぁ。簡単に言えば仇討ちだ。昔、俺の……」
そこまで言いかけて、男は口を止めた。その視線の先にいるのはリリアだ。
「それは……」
男は震えながら呟くと、突然リリアに向かって銃を構えた。
「その首飾りをどこで手に入れた!」
「ちょ、な、なに!?」
咄嗟にアクレスは男の持つ銃をはね上げようとするが、男はそれを躱して腰から拳銃を抜く。そして、その拳銃をアクレスに向けて撃鉄を起こした。それを見たディアスも、持っていた拳銃を男に向けて構える。
「質問に答えろ! その首飾りをどこで手に入れた!」
「こ……、これは貰ったの……。」
「誰からだァ!」
その瞬間、男の意識が完全にリリアへと向いた。
アクレスは閃光のように素早い剣捌きで男の銃をはね上げる。男の背後へ回り込むと、アクレスは剣を捨てて男の首を締め上げた。
「リリア、ディアス! 銃を取り上げろ!」
「ぐッ……」
男は抜け出そうと暴れるが、アクレスが一切の身動きを許さない。そして男は、そのまま静かに気を失った。
◇◇◇
「………ぅうッ。」
男が小さくうめき声を上げながら目を覚ました。ディアスはすぐさま男の眼前に銃口を突き付ける。
瞼を開けた男は、自身の装備が全て外されていることを確認すると、静かに両手を上げた。
「安心しろ。もう暴れる気は無い。」
「いやいや! 信用できるか!」
「アンタがリリアさんか。突然悪かったな。」
男は岩に腰かけていたリリアに言った。リリアは話しかけられたことに驚きながらも、「え、いや、まぁ大丈夫だけど……」と答える。
「どうやら落ち着いてるらしいな。」
アクレスが言うと、ソフィアは「あらら」と残念そうな顔でつぶやいた。その手には不気味な色の錠剤が握られている。
アクレスは男の横まで来ると、その顔を覗き込んで尋ねた。
「説明してもらおうか。まず、名前はなんだ。」
すると、男は相変わらず鋭い視線でアクレスを見上げて答えた。
「……俺はタケル。この世界では転移者と呼ばれている人間だ。」
「転移者だと?」
「そうだ。まぁ、証明しろと言われると難しいけどな。」
俺は両手を下ろして、堂々と荷車に座りなおした。ディアスは相変わらず銃口を向けたまま、タケルという男を睨みつける。
唐突に出た「転移者」という言葉にアクレスが困惑していると、タケルは静かに語り始めた。
「俺は妻と二人で転移してきた。帰る方法も知らなかった俺たちは、それから静かにこの世界で暮らしていたんだ。だが……、その生活も長くは続かなかった。」
「転移者狩り、かしら?」
ソフィアが尋ねると、タケルは頷く。
「どこかで転移者が居るってのを嗅ぎつけたんだろうな。六年前、戦争屋を名乗る男とその仲間が俺たちを突然襲ってきやがった。妻は………、俺を庇って捕まったんだ。」
そこでタケルは口をつぐんだ。固く握られた彼の拳が震えている。
アクレスはそれを見て、ディアスに銃を下げさせた。
「それで……、これと何の関係があるの?」
リリアは首飾り見て尋ねる。すると、タケルは微妙な顔をして答えた。
「……その首飾りが、妻のつけていた物と………、あー……、似てたんだ。」
「似てた?」
「あぁ。見間違えたんだ。それで、ついカッとなってな……。悪かった。」
「見間違えた? ……そうなの?」
リリアは眉間にシワを寄せて青い宝石を見つめると、「ま、いいや」と言って立ち上がった。
「最後に一つ聞くが」
アクレスはタケルに言った。
「お前の目的は『戦争屋を殺すこと』で、俺たちに危害を加えるつもりは無いんだな?」
「あぁ。もちろんだ。」
タケルはまっすぐアクレスを見つめて答える。
この男をどこまで信用していいのかは分からない。転移者だということも本当なのか怪しいところだ。まだ何か隠しているのは間違いないだろう。
だが、これまでの行動から見て、戦争屋に対する何らかの復讐心を持っていることは確かだろう。その点では、アクレスたちと利害が一致している。
アクレスはディアスに「この男から目を離すな」と密かに耳打ちすると、荷車に手をかけた。
「とりあえず、良しとしようか。タケル、荷車から降りてくれ。出発し」
「ちょっと待って。まだ質問がある。」
「ん? おい、ソフィア。何する気だ!」
ソフィアがアクレスを止めた。彼女の手には、タケルの持っていた拳銃が握られている。
そのままフラフラと近づいてくるソフィアを見て、タケルは思わず身構えた。
「……な、なんだ。」
「答えてくれないかしら。この銃、どういう仕組みなの?」
「……え?」
困惑するタケルに、ソフィアは興奮した様子で詰め寄る。
「この銃、魔法構築式が一切使われてないじゃない! 軍用に生産されてるのは全て魔法式だし、一般に流通してる銃もたいてい魔法式なのよ!」
「……いや俺、魔法具使えないからな。それも完全火薬式だ。」
「やっぱりそうよね! この弾丸とかも見たことないし、どういう原理で発射してるのかしら? 魔法式だと力魔法で弾丸を弾き飛ばしてるけど、これは違うわよね。 弾丸の背中を叩いて飛ばしてるの? でも、それじゃ威力出ないし……」
「おい、ソフィア。」
鼻息を荒くしたソフィアをアクレスが止める。
「その質問は後にしろ。とりあえず出発するぞ。」
「ま、待って! 最後に一つ! これ、一人で全部作ったの!?」
「まぁ、この世界の仲間に助けてもらいながらな。ちょうど、アンタたちと彰さんみたいな……」
その時、全員の頭に水滴が落ち始めた。見上げると、空には黒い雲がかかっている。
「雨だ……。」
ディアスが呟いたと同時、遠くでぴしゃりと雷が落ちた。それを聞いてリリアが飛び上がる。
「ひっ! 雷!」
「全員走るぞ!」
雨脚は次第に強くなっていく。
一行は降り続ける雨の中、森の道を必死に走り出した。




