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 シルヴァは服装を正して一つ息を吐くと、右手を上げて合図した。胸元に近衛兵のシンボルが入った兵士が扉を開く。

 日の光が差し込む明るい玉座の間には、隅から隅まで豪華な飾り付けがなされている。部屋の中央、一段高い場所にある玉座に座る、髭面の男。彼は前国王が遺した一人息子、新国王のマテラス十八世である。

 シルヴァは床に敷かれた柔らかい絨毯を歩いていくと、その中ほどで跪いて頭を垂れた。

「マテラス国軍中将、シルヴァ・ロイアーであります。」

 玉座に向かって言うと、国王は右手を上げてそれに応える。

「久しぶりだな。顔を上げてくれ。堅苦しいのは苦手なんだ。」

「分かりました。」

 シルヴァが顔を上げて立ち上がると、国王は顎の髭を弄りながら尋ねた。

「さて、シルヴァ。この前の事件について聞かせてもらおうか。」

 事件から二週間が経過している。

 ユドラーの死亡により、九頭龍の事件は完全に終息するかと思われていたが、結果としては真逆であった。

 シルヴァは控えていた部下から資料をもらうと、それを捲りながら答えた。

「ユドラー死亡、および九頭龍壊滅の情報が広まるにつれて、各地で暴動が発生しています。」

「暴動?」

「はい。貧困層の人々が、貴族や富裕層を襲撃する事件が後を絶ちません。おそらくですが、ユドラーの死亡によって、九頭龍を神格化する人間が武器を取り始めたものと思われます。」

 

 九頭龍の行ってきた暗殺は、関東郡での貴族暗殺も然り、その地域で最も権力を持つ人間が狙われていた。それによって、各地の貧困層から密かに支持を集めていたのだろう。

 もともと貧困層にたまっていた不満が、ユドラーの死と九頭龍の壊滅をきっかけに爆発したのだ。

 数十年前から、ユドラーの計画は始まっていた。静かに、そして綿密に仕込まれていた毒は、彼が死してもなお残り、大きな損害を与え続けている。


「……現在は軍によって催涙剤を用いた鎮圧が行われています。ですが、この暴動が全国へ広まった場合、暴動を抑えるのは困難を極めます。」

 国王はそれを聞いてしばらく黙る。そして、ぽつりと言った。

「貴族制を廃止しようか。」

 その発言に玉座の間がどよめいた。

 部屋の脇にいた大臣が慌てた様子で尋ねる。

「王子!」

「王子?」

「あ、し、失礼しました、陛下。……廃止というのは? どういったことでしょうか?」

「まぁ聞け。」

 国王は大臣を制して話し始めた。

「今回の暴動の原因は九頭龍ではない。この国に対する不満が原因だろう。では、何に対する不満か。それは、貴族と庶民の間にある格差によるものだ。それなら、格差を無くしてしまえばいい。」

「ですが、それでは貴族側の反感を買うことになって、結果として国が傾く可能性もあります。」

「無論、一気にやれ、という訳ではない。まずは、そうだな……、庶民の参政権を認めることから始めるのはどうだ。」

「陛下! 気は確かですか!」

「少し静かにしていてくれ。現在、この国の政治体制はどうなっている。」

「……貴族による議会にて審議が行われ、国王が最終決定を下すような運びでございます。」

「その議会に、市民から議員を選出して参加させる。」

 玉座の間が静まり返る。その様子を見て、国王は少し笑うと「これは、あくまで考え付いた一つの案だ」と付け足した。

「要は、国民の不満を叩き潰すのが政治ではないということだ。変えなければならない。変わらなければならない。皆覚悟しておけ。これから忙しくなるぞ。もちろん、シルヴァ。君にも協力してもらう。」

 シルヴァは深く頭を下げると、一言「御意」と答えた。

 この年、マテラス王国は大きな転換期を迎えるのだが、それはまだ後の話である。


 ◇◇◇


「どう? 調子は。」

「ん………? あぁ、まぁ、ぼちぼちだ。」

 ソフィアの問いかけに、アクレスは研究室を見回して答える。

「あら、アクレスさん。初めましてね。あ、その前に退院おめでとう、が先かしらね。」

「あぁ、どうも。……これはエリさんが?」

 ここはソフィアの研究室。しかし、物が散乱していたはずの室内は、見事なまでに整頓されていた。資料の山が無くなったおかげで、窓から白い太陽光が差し込んでいる。

 気のせいかもしれないが、研究員たちの顔もどこか清々しく見える。ソフィアの目の下にあったクマも、すっかり無くなっていた。部屋の整理に加えて生活改善までされたのだろうか。

 これまで埋もれていたせいで知らなかったが、部屋の隅には小さなベンチがあったらしい。エリはそこで紅茶をすすりながら、「大変だったわ」と答えた。

「それで、退院早々呼び出したのはなんだ?」

 アクレスが尋ねると、ソフィアは胸を張って答えた。

「調査結果の報告よ。」

「調査?」

「そう。例の館に実際に行ったのよ。」

「実際にって……、おい! あの場所は化け物が出るってリリアが言ってたじゃないか! そんな場所に一人で……」

「一人じゃないわよ。護衛として、暇そうにしてた狙撃兵を連れて行ったわ。」

「暇そうな……? あぁ、ディアスか。」

 ソフィアは棚から箱を取り出すと、そこに入っていた資料を机の上にばらまき始める。

「これが、エリさんの協力の元、整理した資料たちよ。」

「今まさに散らかしたけどな。」

「また後で整理しなおすわ。」

 ソフィアは何度聞いたか分からない台詞を吐いて、さらに資料を取り出していく。それを見かねてか、エリは立ち上がると、机の上の資料を整理し始めた。

 ソフィアはその中から一枚の地図をアクレスの前に突き付けた。その地図の上には、一か所だけ目立つように印がつけられている。

「これ!」

「なんだこれ。」

「あの館にこの地図が置いてあったの。それも、書斎っぽい部屋の机の上に。」

 ソフィアは怪訝そうな顔で言った。


 普通に考えると、追跡を避けるために自身の居場所を示すような痕跡は全て消していくはずだ。しかし、その痕跡を、目の付きやすい机の上に残していった。つまり。

「『来い』ってことか。」

 エリを餌に彰を連れ去っていった戦争屋のことだ。これも罠である可能性が高い。これに応じて行ったとして、待ち受けているのはエナスだろう。

 システィアでも敵わなかった男だ。腕輪を付けた状態のアクレスでは、実力的におそらく五分とみて良い。

 腕輪を外した状態ならば、確かに勝算はある。しかし、腕輪を外してしまえば、アクレスの体が持つかどうかが分からない。最悪の場合、外した瞬間に死んでしまうことだって考えられる。


 アクレスは自身の胸を抑えると、大きく息を吐いた。

「俺が行く。」

「私も行くわ。軍にも協力を要請しましょ。」

「いや、俺一人で行く。」

「え? 何言ってんのよ。」

「いや、軍は各地の暴動を抑えるので手一杯だ。この件は全て俺に責任がある。俺が一人で蹴りを付けに行く。」

 システィアは未だ目を覚まさない。彰が連れ去られた居場所さえ分からない。

 もしも、アクレスが彰たちに付いて行けば。もしも、彰たちを止めていれば。こうなってしまったのは、アクレスが三人に行かせてしまったせいだ。

 いくつもの後悔がアクレスの頭を支配していた。

「明日の朝、出発する。」

 そう告げると、アクレスは地図を片手に研究室を後にした。

 その後姿を見て、ソフィアが呟く。

「……ったく、手がかかるわね。」

「あなたもね。」

 エリが机の上を指さす。ソフィアはバツが悪そうな顔で「すいません」と小さく言った。

「あいつ、昔からいつもあんな調子なのよね。いっつも一人でやろうとするのよ。たまには楽させてあげないとね。」

「楽させるって言っても、エナスのことは話したでしょ? あの怪物相手じゃ、アクレスさん以外には太刀打ちできないわ。」

「それを可能にするのが『科学』ってやつよ。」

 ソフィアは壁に立掛けてある魔法具を見て言った。


 ◇◇◇


 翌朝。まだ太陽は半分しか顔を出しておらず、辺りはまだ薄暗い。冬の冷たい風が、人の少ない通りを吹き抜けていった。

 大きな荷物を背負ったアクレスは、手に白い息を吹き掛けながら街の門まで歩いていくと、二人の人影が見えた。

「遅いじゃないの、アクレス。」

「なんで居るんだ。」

 立っていたのはソフィアとリリアだった。

「これの試験運用よ。文句ないでしょ。」

 ソフィアはそう言って荷車を指さす。

 野営用の装備に加えて、荷車には大きな袋が載せられている。ソフィアが袋を取り除くと、狙撃銃のような魔法具が顔を覗かせた。

 アクレスは頭を掻くと、リリアに尋ねる。

「お前は体大丈夫なのか?」

「こっちの台詞だよ。アキラを取り戻しに行くんでしょ? それならアタシも行くよ。」

 アクレスはため息を吐いて荷台に手をかけると、二人に言った。

「出発するが、……本当に来るのか?」

「もちろん行くわ。エリさんは来ないらしいけど。」

「そうか。何かあったらすぐに逃げろよ。」

 そう言って出発しようとするアクレスを、ソフィアが止めた。

「待って。もう一人来るから。」

「もう一人?」

「試験運用に協力してもらうのよ。……ほら来たわ。」

 ソフィアが街の方を指さすと、こちらへ走ってくる人影が見えた。

「すいません、……寝坊しました。」

「ディアスか……。」

「適任でしょ?」

 アクレスは走ってきたディアスに言った。

「軍は今大騒ぎなんじゃないのか?」

「そうみたいですね。ヘクターも死にそうな顔で走り回ってました。でも、僕がかかわらない方が効率が良いらしいんですよ。」

「お前なぁ……。」

「アクレスさんこそ仕事無いんですか?」

「俺はシルヴァさんに軍施設の立ち入りを止められてるんだ。体がまだ本調子じゃないだろうってな。」

「それなら、今も療養するべきでは……?」

「俺はもう大丈夫だ。」

 アクレスはそう答えると、荷車を押して歩き始めた。

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