30
戦争屋は、干しブドウを口に放り込んで噛むと紅茶で流し込んだ。
「アキラ君も飲みたまえ。冷めてしまうだろう。」
机の向かいに座っている彰に紅茶を勧める。しかし、彰はカップを手に取ることなく、広い部屋の中をちらりと見た。
重厚なカーテンが、大きな窓から入る光を遮っている。天井から吊るされたシャンデリアで照らされた室内には、穏やかな紅茶の香りが漂っていた。
部屋に並んだ豪華な家具の奥には大きな扉が一つ。鍵はかかっていない。
すぐにでも逃げ出してやりたいところだが、彰の背後にはエナスがいる。少しでも不審な動きをすれば、瞬く間に視界が暗転するだろう。
彰は前に向き直ると、目の前で干しブドウを貪る男に言った。
「なんのつもりだ。」
「言っただろう。以前から、私は君と話がしたかったんだ。」
戦争屋はそう言うと、紅茶の入ったティーカップを持ち上げる。
「この『紅茶』というものは、この国で開発されたものではない。アルフレッドという転移者が製法を過去の世界から持ち込んだのが最初だ。」
「過去の世界って……。」
「知らなかったか? 転移者は皆、現在よりも遥か過去の世界から来た人間たちだ。もちろん、君も含めてね。理解しがたいかもしれないが、これは事実だ。」
その話はエリから聞いた。だが、それはあくまで彼女の予測であって、事実であるかはわからないはずだ。
それを、何故この男は確証を持って言えるのだろうか。いや、その前に、何故そのことを知っているのだろうか。
固まっている彰を見て、戦争屋は続ける。
「何故、私が転移者を狙っているのか分かるかね。それは、君たちの保護のためだ。」
「保護だと?」
「この世界には、人体収集家という変態が居てね。その変態に殺される前に、君たちを保護するのが私の目的だ。君たちの知識は、たとえどれだけ些末なことでも、この世界にとっては未知なものであり貴重な資源だ。それに加えて、君たちの身体構造は我々に比べて異質でね。そういった点でも、実に興味深いんだよ。」
「違うな。」
彰は即座に否定した。
「お前は『転移者のため』に保護したように言っているが、そうじゃない。お前は貴重な資源を奪われる前に獲得し、それを自分のために利用しようとしているだけだ。お前が見ているのは、人間じゃなくて、その人間が持つ利用価値だけだろ?」
それを聞いて、戦争屋は少し驚いた様子で固まった。そして、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべると、干しブドウを口に放り込む。
「良い! 良いじゃないか、アキラ君! なかなか歯ごたえのある話し相手だ。そうだ。私は君たち転移者の記憶している情報が欲しい。その肉体という資源が欲しい。」
戦争屋は懐から小さな機械を出して、机の上に放り投げる。
「これは、『とある遺跡』で入手したものだ。我々が作ったわけではない。こんな小さなものであっても、我々は複製すらできていないのが現状だ。」
この機械は彰にも見覚えがあった。以前、ノーワンの店で見つけた通信機だ。
「何故なら知識がないからだ。技術がないからだ。これを作れるだけの科学が、この世界には無いからだ。だが、この装置が、世界に存在しているのは事実だ。だが、当然かつての文明はもう無い。」
戦争屋は悔しそうに言うと、彰を見る。
「私も一時は諦めていたがね……、そこへ君たちが現れた。かつての文明を知る、転移者と呼ばれる旧人類たちが。過去を知る君たちは、かつての文明を知るための『覗き窓』なんだよ。」
五年前、この国は列強と呼ばれる大国と戦争をしていた。
マテラスは資源に乏しい小国。国力の差から見れば、マテラスは列強の攻撃に耐える間もなく潰されていたに違いない。
その戦争に勝利したのは、アクレスが敵戦線を壊滅させたお陰なのだが、それ以前に、この国が戦争で「戦えていた」のは、もう一つの理由がある。
それがアルフレッドだ。
彼のもたらした知識が、この国の科学を一気に加速させた。この世界にとって、かつての科学文明の知識は、一国の未来を左右しうるだけの力があるのだ。
だが、それならば一つ疑問が残る。彰は戦争屋に尋ねた。
「それなら、エリさんにも十分価値があったはずだ。どうして一緒に連れてこなかったんだ。」
転移者というだけで価値があるならば、エリも戦争屋にとって「保護対象」であるはず。しかし、ここへ連れてこられたのは彰一人だけだ。
戦争屋は干しブドウを口に放り込むと答えた。
「今までの話は、これまでの私についてだ。今の私にとって、ただの転移者に価値は無い。」
「俺には価値があるのか?」
「そうとも。君には特別な価値がある。」
戦争屋はそこで紅茶を一口飲んで考え始めた。そして、しばらくしてから、ぽつりと口を開いた。
「君は『箱舟計画』を知っているかな?」
当然、聞いたことがない。眉間にしわを寄せる彰を見て、戦争屋は続ける。
「君たちは『Project: ARK』と呼んでいたらしいが。……まぁ、君の様子を見たところ、知らないのだろうな。」
「なんの話だ。」
「まぁ、そう焦るな。この話は慎重に行こう。」
戦争屋はそう言うと、紅茶を飲んだ。そして、彰を睨みながら再び考え始める。その目は、まるで彰の内面を探っているかのようだった。
その様子を見て、彰はその意味を理解した。
「矛盾が起こるのか。」
尋ねると、戦争屋は少し驚いて、小さく「そうだ」と答えた。
彰は過去の時代の人間で、この世界は彰にとって遥か未来の世界。彰が知ってしまうことによって、時間的にあり得ない矛盾が発生してしまう可能性がある。
戦争屋が下手に口を開けないのは、その矛盾を懸念しているからだ。それが起こってしまえば、世界はどうなってしまうのか予測できない。
「君の世界の文明は」
しばらくしてから戦争屋が口を開いた。
「とある到達点に達し、とある装置を作り出した。その装置は、地球上のあらゆる生命を選択的に産み出し、選択的に殺すことができる装置だ。」
「そんな装置……」
あり得ない、という言葉を、彰は飲み込んだ。そもそも彰がこの時代にいること自体、「あり得ない」現象だ。それに、彰のいた時代から遥か未来に、そのような技術が完成している可能性はゼロではない。
「……危険すぎる。」
地球上の生命を自在に操れるとなれば、それは核兵器よりも強力な兵器になる。どんな小国であっても、その技術さえあれば世界を手中に収めることができるだろう。
戦争屋は残念そうな顔で言った。
「その通り。旧人類はその装置の危険性に気付いたのだろう。だが、生み出した技術を無かったことにはできない。その装置はとある遺跡に封印され、今もこの世界に存在し続けている。」
「それが俺に関係あるのか?」
「大いにある。その封印を解くカギが、君なのだ。」
「……ん? どういうことだよ。」
「詳しくは言わん。この世界が消えてしまっては困るからね。さて、本題はここからだ。」
戦争屋は通信機を彰の目の前に置いた。
「私は君を『元の世界へ帰す方法』を知っている。君が封印を解くのに協力してくれるのならば、君を無傷で元の世界へ帰そう。時が来るまで、君はこの国で自由にしていても構わない。」
「なッ――」
元の世界へ帰る方法。
それは転移してきてから、ずっと探し続けていたものだ。それをこの男は知っている。
戦争屋は更に続ける。
「家族の待つ世界へ帰れるんだ。君にとって悪い話じゃないはずだろう。協力してくれるならば、その通信装置を取りたまえ。」
家族に会える。当然、弟の直哉にも会える。
元の世界へ帰ることは悲願のはずだ。そのために、いくつも危険を乗り越えてきたはずだ。
だが、彰の手は動かなかった。
「封印を解いたら、お前はその装置を使うだろ。」
「そのために解くんだ。」
「それなら協力できない。」
人の生命を自在に操る装置。
この世界の文明は、ただでさえ発展途上だ。その装置があれば、瞬く間に全世界を支配できるだろう。
戦争屋は試すような顔で彰を見てくる。
この男には、この男にだけは、世界の運命を握らせてはいけない。
「何故だ。君の目的は『元の世界へ帰る』ことだけだろう。ならば、君にとって不利益は無いはずだ。」
「この世界の人間を見殺しにして元の世界へ帰るなんて……、そんな方法、俺は納得できない。」
「この世界の人々は君にとって無関係だろう。無関係の人間が何人死のうと……」
「無関係じゃねぇ!」
彰は通信機を叩き壊して叫んだ。その拍子にティーカップが床に落ち、音を立てて割れる。
身構えるエナスを、戦争屋は片手をあげて制した。
「俺の目的は、『俺が納得できる方法で帰る』ことだ。協力はしない。交渉決裂だな。」
「残念だよ。まぁ、出発まで時間はある。気が変わったらいつでも言うといい。」
「出発だと?」
「あぁ。北島の冬は厳しいぞ。覚悟しておきたまえ。」
そう言って戦争屋が指を鳴らすと、エナスは彰の体を担ぎ上げた。彰は暴れるが、エナスは一切動じず、彰を抱えたまま部屋から出ていく。
「君の気が変わるまでは監禁させてもらう。悪く思わないでくれ。」
彰を見送ると、戦争屋は満足そうに干しブドウを口に放り込んだ。




