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 冷たい風が頬を撫でる。

 ゆっくりと瞼を開けると、窓から差し込む陽光に目が眩んだ。

「……あ! 起きた?」

 ソフィアの声だ。答えようとするが、喉が掠れてしまって声が出ない。

「換気しようと思って窓開けたんだけど、寒かったかしら。」

「……み………ず…………」

「あ、そうよね。今持ってくるから、ちょっと待ってて。」

 しばらく待つと、ソフィアが水差しで水を飲ませてくれた。

 次第に視界がはっきりしてくる。どうやらここは病室らしい。窓では白いカーテンが風に揺られている。

 ユドラーの腹を刺した辺りから記憶が無い。

「ユドラーは?」

「大丈夫。ちゃんと勝ったわ。軍本部は無くなったけど……。」

「そうか……」

 右腕に目をやると、青く光る腕輪がはめられていた。ソフィアに聞くと、どうやらヘクターが戦闘後、すぐに着けてくれたらしい。その後、気を失っていたアクレスは病院に運びこまれ、それから二日間が経過したという。

 額に手をやると、まだ赤黒い結晶が残っていた。

「……ソフィア、これなんだ。」

「ん?」

「腕輪を外したら、全身に結晶が出てきたんだ。前はこんなこと無かったんだがな。」

 ソフィアの目の色が急に変わった。「待ってて!」と言って病室から飛び出ると、紙の束やらなにやら大量の荷物を抱えて戻ってきた。

「それ、めっちゃ気になるわよね! 私も気になって調べてみたのよ!」

「お、おう。」

「そしたら………、これ!」

 ソフィアは興奮した様子で資料を見せてくる。

「分かるかしら!」

「いや、分からん。」

「この結晶ね、魔物の角とほとんど同じ成分なのよ。」

「なるほど?」

「そうなの。たぶん、腕輪を外した時に、魔法とかで消費しきれなかった魔力が結晶化したのよ。いわば純度の低い魔晶石ね。たぶん、アクレスの魔力抑制器官が相当損傷してるんだわ。でも、あれほどの火力を出しておきながら、それでも消費できないってことは第一制御系の………」

 ソフィアの口が止まらない。アクレスは適当に相槌を打っているが、話の内容は欠片も理解できなかった。


 ひとしきり話し終えた辺りで、アクレスはもう一度尋ねる。

「で、つまりはどういうことだ。」

 ソフィアは水差しの水を飲み干すと、一呼吸おいて答えた。

「出力魔力が前よりも多くなってるわ。これ以上酷使すると、確実に魔力制御系が壊れる。」

「壊れるとどうなるんだ。」

「五年前にも言ったでしょ? 体内の魔力が一気にあふれ出て死ぬわ。」

「そうか。ようやく分かった。」

 アクレスは窓から外を眺めた。小高い丘の上に建っているこの病院からは、遠目に賑やかな街の様子が見える。

 寿命が短いことは知っていた。戦争に勝ち、やり残したことは無いと思っていたが、いざ死ぬと言われると心残りだらけだということに気付く。アクレスが死んだ後も、この国は存続していかなければならないのだから。

 それに、彰のこともある。

 少年がたった一人で見知らぬ世界に飛ばされたのだ。友人はおろか、家族すらいない世界で生きることが、一体どれだけ心細いことか。この世界に住む人間として、一秒でも早く元の世界へ返してやりたい。


「……そういえば、二日経ったと言ってたな。」

「そうね。」

「アキラたちはどうなった。もう帰って来てるだろ。」

「あ……、そうよね。言ってなかったわ。」

 ソフィアは何やら深刻そうな顔で言う。

「どうした。」

「アキラ君たちのことなんだけど、実は……」

 その時、病室の扉がいきなり開いた。

「よう、アクレス! やっと目が覚めたか! ずいぶんと派手にやったらしいのぉ!」

 扉の前に立っていたのは、がっしりとした体格の男だった。伸ばした黒い髪の毛は後ろで束ねられて、だらりと下に垂れている。

「すいません、アクレスさん。今は行くなって言ったんですけど……。」

 その横では、ヘクターが男の袖を引っ張りながら申し訳なさそうに謝っていた。

 アクレスはその男を見て尋ねた。

「ルシウス。なんでお前が居るんだ。今は北島勤務だろ。」

「仕事じゃ、仕事。『万年二番手』と言われとったワシも、今じゃお前より階級高いけぇのぉ。毎日仕事ばっかしでいかん。そのうえ、中央都に来てみたら軍本部は無くなっちょおし、訳が分からん。」

「そうか、大変だな。」

「ちょお待て待て。ワシの話、聞いとったか? ワシのほうが階級は上じゃ。しっかり敬語使ってもらわな。」

「お前、相変わらずめんどくさいなぁ……。」

「ルシウス准将!」

 病室に一人の女性が駆け込んできた。彼女はアクレスを見ると姿勢を正して敬礼する。

「アクレス大佐、ソフィア先生。お久しぶりです。お騒がせして申し訳ありません。」

「あら、ビオラちゃん。久しぶりね。」

「本当にすいません。准将、このままだと会議に遅刻しますって!」

「そりゃいかんの。」

 ルシウスはアクレスの肩をバシバシと叩いた。ユドラーから受けた傷に響き、アクレスは思わず眉間にシワを寄せる。

「手合わせしようち思うちょったが、こげん様子じゃ無理じゃな。そうじゃ。いつか二人で北島に遊びに来るとええ。観光案内くらいはしちゃるわ。」

「准将! 早く!」

「分かっちょる! ヘクター君も付き合わせて悪かったのぉ。ほいじゃ、行こか。」

 ルシウスはそう言って、笑いながら病室を後にした。ビオラは三人に一礼すると、慌ててその後を追いかけていった。

 再び静寂が訪れた病室で、ヘクターは大きなため息を吐く。

「すいません……。俺が伝えてしまったのが間違いでした……。」

「いや、気にすんな。ところで、アキラたちは帰ったのか? あいつらも見舞いに来てくれてもいいと思うんだが……。」

 すると、ソフィアとヘクターが悲しそうに顔を見合わせた。


 アクレスは胸を抑えながら階段を駆け上がると、二階の最奥にある扉を開いた。病室に飛び込むと、ベッドにいた少女が目を開けた。

「あ……、アクレスさん。」

 病室にいたのは、リリアとシスティアの二人だった。システィアは窓際のベッドで静かに寝息を立てている。

 アクレスはリリアに駆け寄ると、肩を抱いて起こした。

「リリア。大丈夫か。」

「ごめんなさい……。何もできなかった………」

 泣きながら謝るリリアをアクレスは抱きしめる。

「お前が謝ることはない。謝らないといけないのは俺だ。三人で行かせた俺の責任だ。怪我は大丈夫か?」

「アタシは大丈夫だし、エリさんもなんとか無事に救出できた。でも、アキラは連れていかれたし、それに……、それに、システィアさんが……」

「システィアがどうした。」

 アクレスが尋ねると、リリアはシスティアの寝ているベッドを見て言った。

「システィアさんが、目を覚まさないの。」


 ◇◇◇


 冷たい風が頬を撫でる。

 ゆっくりと瞼を開けると、全身に走る鈍痛に顔をしかめた。

「……いっでぇな。」

 ベッドから重い体を起こすと、ランプの揺れる炎が目に入った。太陽光を遮る分厚いカーテンが、窓から吹き込む風に揺れている。

 館でエナスに蹴り飛ばされてから記憶がない。ここへ運び込まれたようではあるが、どうやら病室ではないらしい。

 部屋に置いてある家具は、彰が寝ていたベッドに、小さな机と椅子のみ。頑丈そうな扉には鍵がかけられ、窓には外側から鉄格子がはめられている。

 牢屋のような部屋だ。持っていたはずの剣も無い。着ていたはずの上着も何故か無くなっている。

 そこまで考えて、彰は固まった。

 囚われているということは、彰はエナスに捕まったということだ。つまり、あの館にいた他の三人は殺されている可能性がある。

「何もできなかった……」

 彰は拳を強く握りしめた。

 エナス相手に戦えていたのはシスティアだけだった。もしも彰がもっと強ければ、結果は変わっていたかもしれない。

 いつもこれだ。

 誰かを守ることはおろか、自分の身を守ることすらできない。そして、周りの大切な人々を失い続ける。積み上げた努力を嘲笑うかのように、残酷な現実をいつも目の前に突き付けられる。

 相手は大人たちだ。まだ子供の彰がどう足掻こうと、圧倒的な力の差でねじ伏せられてしまう。だが、それでも戦わなければならない。

 力が欲しい。

 元の世界へ帰るために。そして何より、大切な人をこれ以上失わないために。

 その時、視界に小さな人影が見えたような気がした。この世のものではないような。そう、まるで精霊のような……。


「あー……、アキラ君。起きたかな?」

 扉の向こうから声がした。それを聴いて、彰は扉を睨みつける。

 この声には聞き覚えがある。通話機越しでの会話だったが、忘れるはずがない。

 戦争屋だ。

「返事くらいしたまえ。私の言葉は君たち『日本人』と同じ言語のはずだ。」

「日本人、だって?」

「そのことも含めて、少し話をしよう。あぁ、もちろんここではなく、向こうの部屋でだ。」

 その言葉の直後、ガチャリと錠の開く音が聞こえた。

 彰は扉まで歩いていくと、ゆっくりとドアノブを回す。そして、一つ呼吸を整えると、勢いよく扉を開けて、目の前の男に蹴りを放った。

 だが、その蹴りは屈強な腕によって受け止められてしまった。

「テメェ……」

 無表情で蹴りを止めたのはエナスだ。その陰から、一人の小柄な老人が薄い笑みと共に現れた。

「いい蹴りだ。血気盛んな若者は嫌いじゃない。」

「お前が戦争屋か。」

 彰が尋ねると、その男は嬉しそうに答えた。

「初めまして。いかにも、私が戦争屋だ。さぁ、アキラ君。科学の話をしようじゃないか。」

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