おまけの短編 -画龍点睛-
弟が白い寝息を立てている。俺は赤く燃える焚火に枝を投げ込むと、黄ばんだボロ布を弟に掛けてやった。
「ん………、あれ? 兄ちゃん寝ないの?」
どうやら起こしてしまったらしい。眠たげな眼を擦りながら弟が呟いた。
「もうすぐ寝るよ。お前も早く寝な。」
「……うーん。」
そう呟くと、弟は再び横になった。辺りは闇夜の静寂に包まれる。
貧困街の片隅にある小さな廃墟。隙間風が吹き抜け、天井にはところどころ穴が開いている。家具もない殺風景なこの部屋が、俺たち二人の家だ。
俺は悴んだ手を擦ると、焚火を枝で突く。揺れる炎がパチパチと声を上げた。
「兄ちゃん……。」
「なんだ、まだ寝てないのか。」
「うん………。」
弟は少し言いよどむと、ぽつりと言った。
「……いつ、この街出られるかなぁ。」
「……もう少しお金が貯まったら、この街を出よう。もう少し。もう少し、耐えてくれ。」
そう言うしかなかった。
貯金はほとんど無い。子供一人の稼ぎだけでは、二人が食いつないでいくのでやっとだ。それに加えて、病気がちな弟に薬を買うため、いくらか借金がある。その借金の金利が膨らむばかりで、一向に金が貯まらない。
そのせいで、どうやっても街から出ることはできない。いや、出られないように「できて」いる。この辺りを牛耳る大人たちが、この街から逃がさないような「仕組み」を作り上げているのだ。
「ごめんなさい……。」
弟が小さく呟いた。
「何に謝ってるんだよ。」
「僕がすぐに病気になるから、お金が貯まらないんでしょ……? 僕がいなければ………」
俺は弟の頬を摘まんで、その言葉を遮った。
「お前が病弱なのは、俺が栄養のある飯を食わせてやれないからだ。街から出られないのは、俺の稼ぎが少ないからだ。お前は何も悪くない。」
「でも……」
「俺が頑張れるのは、お前がここに居てくれるからだ。お前が居てくれるから、俺は生きていけるんだ。……だからもう二度と、自分が居なくなればとか言うな。」
たった一人の肉親である弟を守るためなら、どんな苦痛でも耐えられた。どんな仕事でも出来た。
弟は「分かった。ごめんね。」と言うと、ボロ布を頭から被った。俺は少し頬を緩めると、弟の小さな頭を優しく撫でる。
冬の風が俺の体力を奪っていく。空っぽの腹が、しきりに食べ物を要求してくる。
俺は冷たい空気を胸いっぱいに吸うと、天井に見える小さな星空へ向けて白い息を吐き出した。隣からは弟の寝息が聞こえてくる。
弟の寝顔を見れば胸が暖かくなった。弟の笑顔を思い出せば空腹も紛れた。
確かに生活は苦しくて、将来の希望は無かったかもしれない。それでも、俺に不満は無かった。貧困街での静かな夜が、俺の人生で最も幸福な時間だった。
貧困街のとある廃墟の一室。壁には様々な魔法具が掛かっており、一つだけある小さな窓からは僅かに陽光が差し込んできている。
部屋の中央にある大きな椅子に、一人の男が腰かけている。俺が渡した袋の中身をちらりと見ると、鼻で笑って言った。
「うーん。少ないよね。」
「すいません……。これしか無いんです。」
赤黒いシミのある床に頭をこすりつける俺を、その男は上から踏みつける。
「それでー? なにかな。君は頭下げれば許してくれると思ったんだ。」
「ひと月だけで良いんです。ひと月だけ、待ってもらえませんか? 来月になれば、必ずお返しします。だから、どうか、ひと月だけ……」
それを聞いた男はボサボサの髪を掻きながら立ち上がると、這いつくばる俺の横腹を蹴り飛ばした。壁に叩きつけられ、全身に重い痛みが走る。口の中で血の味がした。
男は懐から一枚の紙を取り出して見せた。
「この誓約書にある拇印、これ君のだよねー? 返済期限は今日ってのは話したよねー? んー? 黙ってちゃ分からないよ?」
「うぅ……。」
謝ろうにも、口から荒い息が漏れるだけで声が出ない。俺は何とか体を起こすと、もう一度床に頭を擦りつけた。男はわざとらしく大きなため息を吐くと、再び椅子に腰かける。
「それで、どうしよっかー。お金、払ってもらわないと困るんだよねー。俺もちゃんと回収しないと上から叱られるんだよねー。なんか妙案ある?」
「………」
「ま、君には思いつかないよねー。どうしよっかー。」
沈黙が流れる。すると、唐突に男は手を叩いた。
「そうだ。君、確か弟居たよねー?」
「え……?」
「そうだよね。弟の薬買うために借金してるんだもんねー。」
そう言って頷くと部屋から出ていってしまった。
しばらく待っていると、男は笑顔で帰ってきた。そして、俺の体を無理やり起こすと、突き放したような口調で言う。
「君、もういいよ。」
「え……?」
「もう帰っていいよ。借金はチャラだ。もう払わなくていい。」
「な、なにが……」
質問する間もなく、俺はそのまま外へ放り出された。もっと殴られるかと覚悟していたが、これだけで済んだのは幸運だったといえる。
男によれば俺の借金は無くなったらしい。喜ばしい出来事なのだが、どうにも素直には喜べなかった。大きな違和感が、ずっと頭の中で引っかかっている。
俺は口の中の血を吐き捨てると、わき腹を抑えながら家路を急いだ。
家に帰って、すぐに違和感の正体に気付いた。
埃っぽい、殺風景な部屋。蝶番の外れかけた扉をくぐっても、いつものように迎え入れてくれる声が聞こえなかった。その部屋は恐ろしいほどに静かだった。
弟がいない。
最近になって体調がよくなってきてはいたが、外を出歩くようなことは無いはずだ。「一人で外に出るな」という俺の言いつけを、弟は破った試しがない。
それならば、考えられる可能性は………。
俺は走った。わき腹の痛みも、眩暈がするほどの空腹も忘れて走った。
「おい!」
部屋へ飛び込むと、金貸しの男は椅子に座って札束を数えていた。
「なんだよ?」
「俺の弟をどうした。」
「あ? 知らないね。今頃、どこかの市場に並んでるんじゃないのか?」
その言葉で俺も理解できた。
関東郡には、幼い子供を攫って奴隷として売り捌くような輩が居る。この金貸しは奴隷商に俺の弟を引き渡し、それで得た金を俺の借金の返済に充てたのだ。
弟を救うためだったはずの借金が、俺から弟を奪っていった。
「お前……。俺の弟を売ったのか?」
俺が尋ねると、その男は笑いながら答えた。
「おいおい。まるで僕が悪者みたいじゃないか。」
そして、髪の毛を弄りながら俺に銃を構えて撃った。弾丸は俺の耳元を掠め飛んでいく。
「悪いのは君だよねー? 誓約書通りに返済できなかった君の責任だよねー? 僕は借金を滞納してる君から『取り立てた』だけだよ。」
そうだ。この男の言う通りだ。
俺に金が無かったから。力が無かったから。弟のことを守ることができなかった。
弟のお陰で生きてこられた俺は、弟に何もしてやれなかった。
「どこに……。」
「ん?」
「弟をどこに売った……。」
男は俺を眺めると、銃口を向けたまま答えた。
「教えない。力ずくでも奪い返すつもりなんだろ? そんな危険な奴に教える訳ないよねー。」
「………。」
「あ、でもそうだねー。残っていた借金の分、金を用意出来たら教えてあげてもいいよー。」
不可能だ。用意している間に弟が売られてしまう。何としても、今すぐに聞き出さなければならない。
俺が睨みつけると、男は俺の足元にもう一発銃弾を撃ち込んだ。
「貧困街の底辺が、俺を睨むだと? 身の程を知れよ、愚図が。お前みたいな屑どもは、俺たちに頭を垂れて金を納めてりゃ良いんだよ。」
男は椅子から立ち上がると、俺の眉間に銃口を突き付ける。
「むしろ俺に感謝して欲しいよー。わざわざ、あの『穀潰し』を引き取ってやったんだから。君もこれで生活が楽にッ……ぐッ………」
気付けば、俺の手は銃を弾き飛ばし、男の首を絞め上げていた。病弱な弟とは対照的に、俺は昔から体も強く、力仕事をしてきたせいなのか体格にも恵まれていた。
筋肉質な俺の両手は、首を絞めたまま男の体を持ち上げる。
「穀潰しってのは、俺の弟のことか?」
「ッか……」
「おい。答えろ。」
男の顔色がみるみる青紫になっていく。俺は少し力を緩めると、その男に叫んだ。
「弟をどこに売った! 答えろ!」
「死んでも……教える……かよ………底辺が………。そのまま……野垂れ死ね………」
それが男の最期の言葉だった。
俺は怒りに任せて、ゆっくりと手に力を込めていく。バタバタと暴れていた手足は次第に力を無くし、首の骨が折れる音と同時にピタリと動かなくなった。
奴隷商を特定したのは、十三日後のことになる。しかし、そこには既に弟の姿は無かった。それから、弟を買い取ったという貴族の情報を手に入れ、実際に弟を見つけたの時には、金貸しの男を殺した日から六か月が経過していた。
俺が掘り起こした時、弟は骨だけになっていた。
弟は関東郡の貴族に買われ、馬車馬の如く働かされていたらしい。そして、すぐ体を壊して死んでしまい、街外れにある墓地の隅に他の死体とまとめて埋められていた。
罪のない弟はこの世から去り、罪に塗れた俺だけが生き残ってしまった。
弟が死んだ街では住民が笑顔で生活していた。弟も彼らと何も変わらないはずだ。それなのに弟は死に、街の人間は生きている。
違いはただ一つ。産まれた場所の違いだけだ。
その絶対不変の不平等が、この世界の人間たちの人生を決定してしまっている。
あまりの理不尽。あまりの不条理。
この世界が、本当に正しい世界なのか? この不平等な現実に、なぜ誰も目を向けない。
力が欲しかった。
不平等を覆せるような圧倒的な力が俺にあれば、この世界を変えられる。変えてみせる。
『本当に変えられる?』
不意に声がした。街の通りを路地裏から眺めていた俺は顔を上げる。
『君に力があれば、本当に変えられる?』
辺りを見回すが誰もいない。すると、鈴を転がしたような笑い声が聞こえてきた。
『上だよ。上。』
「上?」
見上げると、青白い小人が宙に浮いていた。大きさは人差し指ほどしかない。空腹のせいで幻覚でも見えているのだろうか。
ただ、その小人の姿は、どこか異質なもののように見えた。まるで、この世のものではないような、見えてはいけない者を見ているような気がした。
その小人は目の前に降りてくると、大きな瞳で俺の顔を覗き込んだ。
『やぁ。僕はレルナー。炎を司る精霊さ。』
「精霊……。」
精霊という言葉は聞いたことがある。この世の森羅万象を司り、この世に存在するが人の目には見えない存在だ。
だが、この精霊を名乗る小人の姿は見えている。
『なんで見えるのかって? それは、君の意志に惹かれたからさ。』
「意志に惹かれた?」
『そう。意志の強さは、すなわち魂の強さ。僕ら精霊は、君みたいな強い魂を持った人間が大好きなんだ。』
精霊はそう言うと、周りをくるくると回り始める。そして、何やら満足げに頷くと、再び俺の顔を覗き込んで言った。
『君、僕と契約する気はないかな?』
「契約……。」
『そう。僕は君に力をあげる。その代わり、力を持った君がどんな世界を作るのか見せてほしいんだ。さぁ、僕の手を取って。僕と契約しようよ!』
精霊はそう言うと、俺に小さな手を差し出してきた。
「その力で……」
『ん?』
「……その力で、街を一つ消せるか?」
『えっと……、まぁ……、それくらいの力にはなると思うけど………むぐぅ!』
俺はその精霊を鷲掴みにすると言った。
「俺と契約しろ。今すぐだ。」
夢でも見ているのだろうか。
いや、これは現実だ。天が俺に世界を変えろと言っている。この世の不平等を叩き壊し、完全に平等な世界を作り上げることを望んでいる。
これは俺に課せられた天罰なのだろう。それが死んだ弟への贖罪になるのだとしたら、俺は命に代えても実現しなければならない。
精霊は俺の手の中でもがくと、頭だけすっぽりと出す。
『良いね! 君みたいな人間は大好きだ! これで契約成立としよう!』
そう叫ぶと、精霊は俺の手に噛みついた。
鼓動が速くなり、全身が急激に熱くなっていく。これが契約なのだろう。精霊の体がだんだんと俺の手の中へ溶けていく。
そして気付けば、俺の体は青白い炎に包まれていた。
―――
最近、関東郡のとある街で殺人鬼が現れたらしい。私はその拾った新聞の記事を読んで、すぐにその街へと向かった。
その街の住民たちの話題は殺人鬼で持ちきりだった。しかし、そこまで深刻そうな様子ではない。
その理由は、殺人鬼の標的が貴族のみだからだろう。通りを行く一般人は、誰も自分が狙われるとは考えていないのだ。
「いわゆる『義賊』という奴ですかね。まぁ、だとしても良いでしょう。」
私は是非ともその男に会ってみたかった。
貴族といえば、暗殺の標的になる可能性がある。当然、彼らの屋敷には護衛や用心棒がいるのだが、その殺人鬼は貴族はもちろん、護衛までまとめて殺しているのだ。
それも、たった一人で。
「さて、一体どれほどの腕の持ち主か……。」
根城にしている建物は既に調べがついている。私は腰に提げた細剣を撫でると、満月に照らされた夜道を歩きだした。
暗い部屋の中で青白い炎が揺れている。赤黒い床には、鮮やかな血が流れていた。
「食人趣味ですか?」
私は吊るされた死体を捌いている少年を見て言った。
その少年は捌いていた手を止めると、ゆっくりとこちらを振り向く。そして私の身なりを眺めると、興味なさげに顔を戻した。
「お喋りは嫌いですか?」
「……食人趣味は無い。腹が減ったから食おうとしているだけだ。他に食う物が無い。」
「貴族の……老齢な男性ですね。あまり味は良くないでしょう。」
「お前も食うか?」
「いえ、もう人肉は飽きました。」
「そうか。」
少年の言動には、一切の動揺が無かった。
私の存在を気にしていないだとか、人の血に慣れているということではない。彼の言動には、人の感情のようなものが全く感じ取れなかったのだ。まるで、人形に話しかけているかのような錯覚すら覚えるほどだった。
「一つ、お願いがあるのですが、」
私は腰の剣を抜くと、その少年に言った。
「私とお手合わせしていただけませんか?」
「手合わせ?」
「そうです。なに、命は取りませんよ。多少、怪我はさせるかもしれませんが。」
しかし、その言葉にも彼は無関心だった。捌いた肉を木の枝に刺すと、青白く燃える焚火にくべる。
「聞こえませんでしたか? 私と……」
「いつでも良い。」
「は?」
「いつでもかかって来て良い。お前の腕前を見たい。」
そう言いながらも、武器を構える素振りすら見せない。相当な自信家のようだ。
私は湧き上がる高ぶりを抑えながら剣を構えた。それでも相変わらず少年は肉を焼いている。どこから見ても隙だらけだ。
「どうした。早くしろ。」
剣を構えて気付いた。この男は別格だ。
これまで多くの人間と剣を交えてきたが、この男だけは違う。本能が絶え間なく危険信号を発しているのが分かった。
「良い……。良いですねぇ……!」
喜びに震える手を押さえつけると、グッと腰を落とした。
小細工は必要ない。狙うは急所。一気に攻撃を入れる。
「はぁッ!」
私は叫ぶと地を蹴った。これまで、この速度を見切った者はいない。
瞬き一つの間に距離を詰めると、剣を真っすぐに突き出した。狙いは正確。避けなければ即死の一撃だ。
だが、彼は右手を伸ばすと、私の剣を掌で受けた。私の剣は彼の手を貫き、胸の直前で止まる。
「なッ……。」
これでもなお、この男は表情一つ崩さない。ただ、少し意外そうな目で私を見ると、静かに訪ねてきた。
「想像以上だ。」
「なに?」
「暗殺者を相手取って戦う男が居ると聞いて、どれだけの腕前か見てみたかった。君、意外と強いな。」
彼が手を引き抜くと、傷口が青く燃え上がった。流れていた血が固まっていく。
この男は義賊でも、貴族に恨みを持った暗殺者でも何でもない。ただ、私の腕前を見てみたいというだけで、幾つもの貴族の館を火の海にしたのだ。
「俺とこの国をひっくり返してみないか?」
男が不意に尋ねてきた
「この国をひっくり返す?」
「そうだ。きたる月島との戦乱に向けて、まもなく徴兵があるらしい。俺はそれに参加して、国の内部に潜入しようと考えているんだが、そのときに外部で動く手が欲しい。」
「それを私に頼みたいということですか。」
「あぁ。他にも数名集めておきたい。……そうだな、あと七人くらいほしいかな。」
私は剣を鞘にしまうと、彼の横に腰を下ろす。
この先、私がどれだけ苦心したところで、この男には勝てない。そんな気がした。
何故か悔しさは無かった。きっと、それ以上に、この男の目指す未来を見てみたいという気持ちが勝ったのだろう。
「分かりました。」
私が答えると、少年は初めて笑った。
「そうか。」
「名前を聞いてませんでしたね。なんと言うんですか?」
「俺はユドラー。ユドラー・アルゴリスだ。これから長い付き合いになるだろうが、よろしく頼むよ。」
彼はそう言うと、焼きあがった串焼き肉を私に寄越した。私は「こちらこそ」と答えて、その肉を受け取った。
◇◇◇
透き通るように晴れ渡った冬空を眺めて、俺は思わず笑みをこぼした。
腹に空いた大穴に痛みも熱さは無い。まもなく俺は死ぬのだろう。
『ここまで、って感じだね。』
耳元で声がする。
「……レルナー。お前は、俺がしたことを咎めるか?」
俺の問いにレルナーは『いいや、全く』と即答した。
『僕が人間だったら咎めたかもね。それに、君と僕は一心同体なんだ。君が「こうした」理由も理解してる。僕は君のしたことに対して、とやかく言うことは無いよ。』
「……はは。………炎を司るくせして……冷たい奴だな。」
『ははっ、そうかもね。』
「……俺が死んだら、お前も死ぬのか?」
『いや、死なない。』
「………そうか。」
体を起こそうとするが、力が全く入らない。霞んでいく視界の中で、赤い炎が揺れる。
契約者の俺が為す術なく殺された。圧倒的な力で、自分の意志に反するものを打ち滅ぼしていく。あの悪魔のような英雄こそ、俺の目指していた姿だったのかもしれない。
だが、もう全て良い。毒はもう既に、この国中に回っている。
『満足かい?』
いつの間にかレルナーが俺の顔を覗き込んでいた。
「………あぁ。」
『こんなにやられてるのに?』
「……想定済みだ。………俺の計画は…………九頭龍の死によって……完成する。」
もう息が苦しくなってきた。
弟は俺を許してくれるだろうか。いや、優しい弟のことだ。許しはしないだろう。
冷たい風が吹き抜ける。あの日と同じ風が。
俺は最期に白い息を吐き出すと、静かに目を閉じた。




