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28

 ユドラーは額の汗を拭うと、目の前の光景を見て笑った。

 吹き飛ばした軍本部を丸ごと包み込むように炎の壁ができている。吹き飛ばした瓦礫も、その壁の中で燃え尽きてしまっている。

 そして、赤い壁を背に、目の前に立ちはだかる男が一人。

 彼の額からは赤黒い角が生え、充血した両の目からは血涙が溢れ出ている。服が焼け、露わになった体には、角と同じ色の赤黒い結晶が浮き出てきていた。そして、片手に握る赤い宝剣には炎がうねり、脈動するかの如く蠢いている。

 その姿は、人と呼べるものではなかった。悪魔と形容する方がふさわしい。

「これだ……、これを見たかった…………。」

 この男の姿こそが、一晩で列強と呼ばれる国の軍を殲滅させ、小国を滅亡の危機から救った英雄の姿だ。人体の魔力出力の限界を超え、暴力のみを志した怪物の姿だ。

 ユドラーが剣を構えると、アクレスが動いた。

 その速度は、先ほどまでのユドラーを優に超えている。

 ユドラーは剣の動きを見極めると、軍刀でアクレスの一撃を受け止めた。巨大な爆裂音が炎を震わす。

「なッんだと…………!」

 ユドラーの体が圧されている。これは完全にユドラーの誤算だった。

 アクレスの魔力の大半は巨大な炎の壁を制御に使われているはずである。しかし、それでいてこの身体能力の高さ。この怪物の有する魔力は、ユドラーの想像を遥かに超えていたのだ。

 瓦礫の山へ弾き飛ばされたユドラーへ、アクレスが追撃をかける。

 力の差は圧倒的だ。だが、それでもなお勝負を急ぐアクレスを見て、ユドラーは笑って呟いた。

「……いつまで持つかな?」

 その言葉を聞いてアクレスの表情が固まった。

 いくら契約者といえども、その体は一人の人間。これほどの魔力を消費し続けていれば、いつか必ず限界が訪れる。

 事実、二人を包んでいた炎の壁も威力が弱まり、彼の魔力欠乏症による出血も酷くなっている。

 それが分かっていながら、アクレスは自身の魔力を抑えることができない。五年前、彼は圧倒的な力を手に入れるために、体内の魔力制御系を自ら破壊してしまったからだ。

 つまり、アクレスは時を経るごとに弱体化していく運命にある。魔力欠乏によって機能停止してしまえば、アクレスは為す術無く殺されてしまうだろう。


 問題は、それまでユドラーが耐えられるかどうか。

 ユドラーの体は、とうに限界を迎えていた。少しでも若い頃の肉体を保とうとしたが、ユドラーもまた時の流れには勝てないらしい。全身の関節が軋み、息ももう上がってきている。

 だが、ユドラーには必ず勝てるという確信があった。

 ユドラーが大きく剣を振るうと、巨大な青い炎が辺りの瓦礫を吹き飛ばしながら巻き上がった。瓦礫は彗星のごとく青い尾を引きながら、街の方向へと降り注ぐ。

 アクレスはそれを見ると、宝剣を地面に突き刺した。同時に炎の壁が大波の如く燃え上がり、瓦礫を次々と飲み込んでいく。

 同時にユドラーは、青い炎を纏って飛び出した。二人の剣が火花を散らし、赤と青の炎が大きくうねる。

 力の差は圧倒的なはず。しかし、ユドラーの剣は宝剣を押し込み、アクレスの頬の肉へ食い込んでいく。

「どうした、英雄。このままでは死ぬぞ。」

 ユドラーがアクレスに言った。

「守るべきものがある人間は強いか? 否。他者の命を捨てきれない強欲な人間は、その存在によっていつか自らの身を亡ぼす。」

 剣が更に押し込まれていく。

「この剣を止められないのは、君が街の防衛に魔力を割いているからだ。私が君を殺すのではない。君は、君の背後にいる人間たちによって殺されるのだよ。」

 すると、そこでユドラーの剣が止まった。

「………それは違うな。」

 炎の壁が一段と赤く燃え上がった。それと同時に、徐々にユドラーの剣が押し返されていく。

「俺が倒れないのは、守るべき人々が俺の背中を支えているからだ……。俺の炎が消えないのは、守るべき人々が俺の勝利を諦めていないからだ……。何も持っていないお前とは、背負ってるモンの重さが違う。」

 アクレスの瞳に炎が宿る。

「守るべきものがある限り、英雄に敗北はあり得ない!」

 アクレスは叫ぶと、ユドラーの剣を弾き返した。

 その瞬間、彼らを取り巻く炎が全て消えた。この一瞬で全てが決まる。その直感が、瞬きよりも短い間の静寂となって現れた。

 アクレスは宝剣を低く構える。対して、ユドラーは軍刀を大きく振りかぶった。


 振り下ろされた軍刀をアクレスは最小限の動きで躱そうとするが、それでも完全には避けきれない。青い炎を纏った刀身は、左肩の肉を深く切り裂いていく。

 しかし、アクレスの動きはそれで止まることは無かった。

 深く構えた宝剣はユドラーの腹を目掛け、まっすぐに突き出される。その剣先が硬い肉へ触れた瞬間、アクレスは掠れた声で叫んだ。

「貫け、メテア……!」

 その言葉と同時に放たれた赤い炎柱は、ユドラーの体もろとも、天高く昇る太陽へ向かって一直線に貫いていった。

明日の朝くらいにおまけ投稿します

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