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27

 全身が燃えるように熱い。酷い耳鳴りと頭痛を頭を振って追い出した。

「重いので退いてくれますか?」

「あぁ! すいません。」

 アクレスが退けると、下敷きになったシルヴァは咳き込みながら周囲を見回す。

「これを想定して俺を呼んだんですか?」

「………人間相手の想定はしていました。化け物相手は想定外です。」

 そう言った瞬間、二人の目の前で二階の床が崩れ落ちた。

 辺りには青い炎が燃え残っており、焼けた肉の臭いが漂っている。ふと上を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。あの火柱は二階の屋根をも貫いていったらしい。

 そして、会議室があった場所には、白い太陽光に照らされた一人の男が立っていた。

「ユドラー……、アンタも契約者だったのか………。」

 その男――ユドラーは黒焦げになった兵士の腰から軍刀を抜き取る。

「まさか、精霊に選ばれたのは自分一人だとでも思っていたのか? まぁ、私はそう思っていたのだがね……。」

 そう言うと、ユドラーはゆっくりと歩いてきた。そして、数秒前まではマテラス軍元帥だった焼死体を見つけると、その頭蓋を足で踏みつける。

「おい……、今すぐその足を退けろ!」

 叫ぶアクレスを見て、ユドラーは笑った。

「何を取り乱している。これはただの焦げた肉だ。君も五年前に幾つも作ったじゃないか。」

 ユドラーはそのまま総帥の頭蓋を踏みつぶす。

「王族、貴族、兵士、奴隷、乞食……。どんな人間だろうと、炎は全てを等しく無に帰す。この青い炎と黒焦げた肉塊こそが、私の目指す平等な世界の象徴だ。」

「これが平等だと……?」

「御託はいい。英雄、さっさと立ちたまえ。剣を取りたまえ。」

 そう言うと、ユドラーは軍刀をアクレスに向けた。

「私を倒せるのは君だけだろう?」

 そう言って薄い笑みを浮かべる。その表情には罪悪感など微塵も無かった。

 アクレスは黙って立ち上がると、腰の剣を抜いた。

「………シルヴァさん。ここは俺に任せてください。あれに対処できるのは俺しかいない。」

「確かに、私には手に負えません。いつもアクレス君に頼ってばかりですね……。」

「良いんですよ。英雄はそのために居るんですから。」

 アクレスは静かに言うと歩き出した。辺りに赤い炎が広がる。

 一体、いつからユドラーは裏切っていたのだろうか。五年前の帝国との戦争か? それとも三十年前の月島での戦乱か?

 いや、おそらく軍に入るよりも前からだろう。この男は国を崩壊させるため、自らを国の内部へと送り込んだのだ。そして国の根幹へと近づき、破壊した。

 このままでは、ユドラーは国中を破壊し、街を一つ一つ焼き尽くしていくに違いない。それだけの力と、恐ろしいほどの執念がこの男にはある。

 この男は、ここで倒さなければならない。


 辺りに黒煙が立ち上る。肉の焦げ付いた臭いが、苦い記憶を呼び起こさせる。

 剣を構えるアクレスを見て、ユドラーは満足そうな顔で笑った。

「さぁ、始めようか。」

 ユドラーの言葉と同時、アクレスは地を蹴った。赤い炎を纏った剣が黒煙を切り裂く。

 だが、ユドラーは動じない。表情一つ変えることなく躱すと、人間離れした速度でアクレスの背後へ。そして、そのまま軍刀を振りかぶる。

「ッ――!」

 アクレスは寸前でそれを弾き返す。しかし、同時に放たれた青い爆炎は、アクレスを飲み込みながら壁を貫いていった。

 炎の勢いだけで吹き飛ばすとは恐ろしい火力だ。これに対抗できるだけの兵器は未だに存在しないだろう。やはり、アクレスが止めない限りこの男を止められる術はない。

 アクレスは転がりながら体勢を立て直すと剣を振るった。赤い炎が渦となってユドラーに襲い掛かる。

 しかし、その炎はすぐに青い炎の中へと飲み込まれてしまった。

 相手も契約者。それも炎を司る精霊との契約者。炎の魔法はどちらにとっても効果が薄い。勝負を決めるのは剣技と身体能力だ。


 口の中の血を吐き捨てると、アクレスは再び剣を構えた。

 契約者は自身の魔力を身体強化へ利用することができる。つまり、使用できる魔力量が多いほど、身体能力を底上げすることが可能だ。

 しかし。

「その腕輪か?」

 ユドラーはアクレスに剣を向けた。

「五年前、帝国の軍勢を焼き滅ぼした火力はどうした。あの地獄を作り出した魔力はその程度ではなかったはずだ。その腕輪が魔力を制限しているのだろう? そのまま戦うも構わんが、その状態で勝てるとは思うなよ。」

 アクレスは右腕にはめた腕輪を見た。腕輪に描かれた構築式が強い光を放っている。

 この腕輪で魔力を制限された状態では、身体能力は一般人と大差ない。それではユドラーに勝つことなど不可能だろう。それほどまでに現状の差は圧倒的だ。

 持てる全てをぶつけなければ、この男を殺しきれない。

 アクレスは荒い呼吸を落ち着けると、ゆっくりと右腕に手をかける。

「……起きろ、メテア。」

 静かにそう呟くと腕輪を投げ捨てた。


 ◇◇◇


 ヘクターは慌てて軍服に袖を通すと、剣を掴んで外へと飛び出した。理由は窓から見えた青い火柱である。

 事故かと思ったが、黒煙が上がっているのは研究棟ではなく軍本部だ。いきなり街の真ん中へ敵が現れることは考えづらいが、国王暗殺事件という前例がある以上、何もせずに見ている訳にはいかない。

 ヘクターが逃げる人々とは逆の方向に走っていると、ヘクターと同じように流れに逆らって走る一人の女性が見えた。走るたびに、見覚えのあるボサボサの赤毛が揺れている。

「ソフィアさん!」

「……ぁあ! …………ヘクター君!」

 その女性――ソフィアはヘクターに気付くと、崩れるようにしてヘクターの肩を掴んだ。

「……こ、これ! 腕輪!」

 呼吸を整える暇もなく言うと、ヘクターに大きな腕輪を握らせた。何かの魔法具なのだろう、構築式らしい模様が全面に彫られている。

「こ、これは?」

「……アクレスに渡して! アイツ、きっとこのままだと………」

 その時、巨大な赤い炎が渦となって軍本部を飲み込んだ。

 その場にいたヘクターも、ソフィアも、パニックに陥っていた街も、全てがその瞬間に静止した。巻き起こった赤と青の息吹は、その場の全員に世の終焉を感じさせた。

 ヘクターの手から腕輪が落ちた。

 我に返ったソフィアは、落ちた腕輪を焦った様子で拾い上げると、再びヘクターに握らせる。

「ヘクター君! これ!」

「……あ! わ、分かりました! これを渡せば良いんですね?」

「そう! 今は……無理だから、炎が止んだら渡して! 絶対よ!」

 ヘクターは腕輪を握り締めてうなずくと、燃え上がる軍本部へ向けて走り出した。



 焦げた臭いが強くなってきた。

 怪我人のうめき声。担架を担いだ兵士たちの掛け声。状況を飲み込めない兵士の叫び声。

 それらすべてが、直に脳を震わせて、かつての記憶を呼び起こした。まるで、この空間だけ五年前の戦場に戻ったような、そんな錯覚さえ覚えた。

「ヘクター!」

 突然呼ばれた声に顔を向けると、血に塗れて赤黒くなった軍服を着ているシルヴァが居た。

「義父さん! これは……」

「ユドラー大将が謀反を起こした。今、あの炎の中でアクレス君が戦っている。」

「ユ、ユドラー大将が謀反……? 状況が……」

「理解できなくとも飲み込みなさい。後で詳しく説明する。後があれば、の話だが……。」

 そう言うと、辺りを飲み込もうとしている炎を見つめた。ヘクターは呼吸を整えると、シルヴァに尋ねる。

「あんな兵器があったんですか? あの青い炎、まるで五年前のアクレスさんみたいじゃないですか。」

「ユドラー大将も、アクレス君と同じ契約者だ。」

「は……? じゃあ、つまり……単独での謀反ということですか?」

 シルヴァは小さく頷いた。

「現在の我々に、契約者の火力に対抗する術はアクレス君を除いて存在しない。ここでアクレス君が敗れた場合、この国は為す術なく地図から消えることになる。」

「そんな………。」

 その直後、軍本部から青い爆炎が上がった。燃える瓦礫が流星ごとく吹き飛んでいく。

 あれにアクレスが巻き込まれたとしたら……。そして、もしも死んでいたとしたら……。

「アクレスさんが……!」

 ヘクターが叫ぶと同時、赤い炎の壁が本部を包んだ。宙を舞っていた瓦礫も、炎に飲み込まれて一瞬で燃え尽きていく。

 それを見たシルヴァは呟いた。

「大丈夫だ。マテラスの太陽は、そう簡単に沈まない。」

 そして、立ち尽くしているヘクターの肩を叩いた。

「我々は彼にとっては足手まといでしかない。早急にこの場から全員を避難させるぞ。」

 ヘクターは「了解」と言って頷くと、奔走する兵士たちの中へ加わった。

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