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「時間通りですね。」

 部屋に入ってきたアクレスを見て、シルヴァが言った。

 中央都マテラス軍本部のとある一室。

紅茶を淹れ始めるシルヴァの左腕は、白い包帯で吊られている。先日の暗殺未遂事件で重傷との報道だったが、顔色一つ変えずに目の前で紅茶をすすっている。

「貴方と会うときは、いつも私の家が酷い有様です。何かの呪いですかね。」

 以前会ったときは火事によって焼け、今回は暗殺者との激闘のせいで、幾つか壁が抜けているらしい。

 アクレスは苦笑いしながら紅茶を飲む。

「……それで、今回は何です? 新国王の件ですか?」

「いや、それもそうですが、もっと重要なことがあります。」

「もっと重要なこと?」

「はい。この国の根幹に関わることです。」

 部屋の扉が閉まっていることを確認すると、シルヴァは少し険しい顔で続けた。

「貴方たちが月島へ行っている間、私は前国王暗殺事件の調査をしていました。その結果、暗殺者が利用した城への侵入経路が判明したんです。」

 そう言って取り出したのは、白桜城の見取り図である。

その図の中で、シルヴァは三階のとある一室を指さした。その部屋は、国王の寝室の真横、窓も無い小さな部屋だった。

「この部屋から彼らは侵入しました。」

「ここから……? 窓も無い部屋から侵入だなんて……、いや……。」

「そうです。緊急時の隠し通路は、この部屋にあったんです。」

 隠し通路。

 それは、火事などの緊急時に国王が脱出するための経路である。その存在は、噂として広まっている程度で、詳しい場所を知る者は一部を除いて居ない。

「その場所は中将の私でも知らされていません。それを知るのは側近と、軍では大将以上の人間だけです。」

「……まさか、その誰かが情報を漏らしたと?」

「そう考えられます。」

「そんな……。いや、それなら誰が?」

 アクレスが尋ねると、シルヴァは大きく息を吐いた。そして、おもむろに紅茶を飲み干すと、眉間を指で押さえた。

「……本来は秘匿情報であるはずの王子の所在地。今回は月島でしたが、詳しい王子の所在は月島へ直接行かなければ分からない。」

 シルヴァは一度口をつぐむと、目の前のアクレスを見て言った。

「……月島に居て、襲撃と同時に月島から帰ってきた大将が一人だけ居ます。」

「……。」

「ユドラー大将です。」

 固まるアクレスに、シルヴァは言った。

「さらに、ユドラー大将は過去の九頭龍騒動にも大きく関わっています。」

「……偶然では?」

「私も信じられませんが、それ以外に考えられません。」

 アクレスは一呼吸置くと、紅茶をすすった。

 話を聞く限り、ユドラーが情報を漏らしたという可能性はある。だが、アクレスにはどうしてもその可能性を信じられなかった。

 それほどまでに、ユドラーという男は軍人として理想的な男だったのだ。

「……正直、彼がそうであった場合、国の運営が根本から揺らぎかねません。今のマテラスに、あの男の存在は欠かせない。私としても、彼がそうであってほしくは無い。」

 シルヴァは困ったように頭を掻いた。

「まだ、可能性の話です。今後、私から揺さぶりをかけてみます。……その時、万一のことがあれば君の手を借りたい。それを言うために、今日は君を呼んだんです。」

 アクレスはしばらく目を閉じて考えると、シルヴァの目を真直ぐと見て「了解です」と答えた。


◇◇◇


 窓から西日が差し込んでいる。昼頃に研究棟を訪れる予定だったが、だいぶ仕事が長引いてしまった。

 白衣姿の人々が行きかう廊下を抜けると、アクレスはとある部屋の扉を開けた。

「ソフィア。起きてるか……って何だ、今日は随分と賑やかだな。」

 その研究室には彰、リリア、システィアが居た。珍しく昼に起きて三人と談笑していたソフィアは、アクレスの姿を眠たげな目で見ると嬉しそうに笑った。どうやら他の研究員は居ないらしい。

「誰かと思ったらアクレスじゃないの。元気だった?」

「おう。変わりない。お前も相変わらずだな。」

 すると、部屋に居た彰が驚いた様子で言った。

「二人、知り合いだったの?」

「言ってなかったかしら。アクレスは私の元旦那よ。」

「夫婦だったの!?」

 今度はリリアが驚くと、アクレスは「元、だけどな」と言って、資料の束に埋もれた椅子を引っ張り上げて座った。相変わらず汚い研究室だ。

 どこの研究室も同じようなものかと思っていたが、どうやらこの研究室だけが異常らしい。いや、異常なのはソフィアと言った方が正しいかもしれない。この施設で寝泊まりしてまで研究しているのは彼女だけだ。

ソフィアは物で溢れた棚から腕輪を出すと、アクレスに手渡した。

「はい、これ。」

「これが改良版とやらか。……何も変わらないように見えるが?」

「今までの物よりも、三倍の魔力抑制効果があるわ。その分だけ体への負担も小さくなってるはずよ。」

 アクレスがこの研究室を訪れた目的はこの腕輪である。その腕輪をつけると、これまで付けていた物を外した。

 リリアはそれを見て首を傾げる。

「魔法具で魔力抑制? どういうこと?」

 本来、魔力とは抑制するものではない。

 魔力とは個人差はあるが、ほとんどの生物が有するものである。それは魔法具を発動させるための力、というのが一般的な認識であり、その認識は大方間違ってはいない。

 だが、アクレスの付けた腕輪型の魔法具は、それを発動させるためであるはずの魔力を抑制するというのである。

 すると、システィアがそれに答えた。

「師匠、五年前の戦争で無理しすぎちゃったんだ。それのせいで、この魔法具が無いと、すぐに魔力欠乏症になっちゃうの。」

「ま、この腕輪も完全に防ぐわけじゃないわ。だから、アクレスは常に軽い魔力欠乏症みたいな状態なのよね。」

「魔力欠乏症……、あぁ、あれか。」

 魔力欠乏症と言えば、彰は以前に経験したことがある。魔法具を発動させすぎて、体内の魔力量が急激に減ることによって起こる体の不調だ。

 軽い魔力欠乏症でも、倦怠感や出血を伴う。きっと月島への旅も、相当辛いものだっただろう。

しかし、アクレスはそんな爆弾を抱えながらも、そのような素振りは微塵も見せたことがなかった。これまで見てきたアクレスの後ろ姿は、まるで巨木のような安心感があった。


 唖然としている彰を見て、アクレスはその頭を軽く叩く。

「そんなことより、お前たちは何しに来たんだ? あ、また変な薬飲まされてんだろ。俺も昔から、よく新薬の被験者にされたもんだ。次の日になると、決まって腹下してなぁ……」

「薬の実験したのはアクレスだけよ。」

「俺だけかよ!」

 彰はノーワンの店で見つけた機械をアクレスに見せた。

「戦争屋って奴と話したんだ。それで、そいつのいる館が……」

「待て。戦争屋だと?」

「やっぱ知ってるのか。」

 彰はこれまでの事を話した。

 黒い機械を使って戦争屋と話したこと。その戦争屋がエリ誘拐の首謀者であること。そして、戦争屋のいる館の場所。

「……で、一緒に来て欲しいんだけど。」

 全て聞いたアクレスは、しばらく考えてから答えた。

「悪いが俺は行けない。詳しくは言えないが、もっと重要な用事があるんだ。」

「月島の襲撃もその戦争屋って奴の仕業なんだろ。そいつ捕まえる事よりも重要なのか?」

「……あぁ。この国の根幹に関わる。」

 すると、システィアが慌てたように言った。

「え、師匠。それって私も関係あるやつですか? また私、何かすっぽかしてたり……?」

「いや、今回は俺だけだ。システィアはついて行ってやってくれ。」

「良かったー! 了解です!」

「ただ、昨日あった中将との飲み会すっぽかしただろ。次から忘れんな。」

「……了解です。」

 システィアはばつが悪そうな顔で肩をすくめる。アクレスは彰とリリアの方を見ると、二人の頭に手を置いて言った。

「戦争屋の手下に、エナスとか言う化け物じみた奴がいる。まぁ、システィアが居るから大丈夫だとは思うが、絶対無事に帰って来いよ。」

「フラグ立てんなよ……。」

「ん? ふらぐ?」

 首を傾げるアクレスを見て彰は少し笑う。

「なんでもない。戦争屋って奴を取っ捕まえて、エリさんも助けて、絶対に全員無事で戻ってくる。英雄の弟子が言うんだ。間違いないよ。」

「大丈夫だよ。アタシが守ってあげるから。」

「そうか。それなら、エリさんの件は三人に任せた。」

「おう。任せとけ。」

 彰はそう答えると、アクレスの胸を叩いた。

 正直なところ、エナスという男は彰とリリアでは相手にならないほど強い。だが、システィアであれば彼に十分に対応可能だろう。いざとなれば逃げることもできるはずだ。

――アキラも頼もしくなったな。

 アクレスがそう思いながら眺める先で、館へ向かう三人は地図とにらめっこしながら旅の工程を話し合い始めていた。

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