23
リリアは道端のベンチに腰を下ろすと、買ったばかりの食料品が詰まった紙袋を横に置いた。そして眉間にシワを寄せると、懐から小さなメモを取り出して睨みつける。
「何回かに分けるべきだった……。」
「今更遅いだろ。」
「でも、いくら何でもアクレス食べ過ぎじゃない? どんな胃袋してんの……。」
「俺たち居候なんだから文句言うなよ。」
こんな会話も既に三度目である。
頼まれた買い出しを一度で済ませようとしたのが、そもそもの間違いだったのだ。アクレスは体が大きい分だけ胃袋も大きいようで、それを満たすとなると尋常でない量が必要になるのだ。ここにある食料も、半分以上はアクレスの胃袋に収まるだろう。
既に両手に袋を抱えていた彰は「あと少しだぞ」と言うと、リリアが置いた袋もまとめて持ち上げようとした。しかし、すぐにリリアはそれを奪い返す。
「アタシがこの程度で音を上げるとでも?」
「上げてたじゃねーか。」
「アキラに助けられるようじゃ、アタシも終わりね。」
「はいはい。さっさと行くぞ。」
そう言って歩き出そうとしたとき、彰はふと気づいた。
通りを挟むようにして幾つも店が立ち並んでいる。ただの商店街のようにも見えるが、その店に並んでいるのは料理鍋や包丁といった厨房周りの金物から、戦斧や剣などまで、とにかく金属だらけなのだ。
疲れていて気付かなかったが、ここは以前アクレスと一緒に来た金物通りだ。火事による被害のほとんどは修繕されており、辺りはすっかり元通りになっている。
すると、前を歩いていたリリアが突然立ち止まって前を指さした。
「あれ、システィアさんじゃない?」
「え?」
抱えた荷物の隙間から覗くと、眼帯を付けた義手の女性が店の前で唸っている。あれはどう見てもシスティアだ。
すると、向こうも気付いたようだ。驚いた様子で駆け寄ってきて、リリアの持っていた袋を持ち上げる。
「こんなに買って……、あ、師匠の分か。」
「そうなんだ。システィアさんは何を?」
彰が尋ねると、システィアは目の前の店を指さした。
「ここ、昔から何度か来てた店なんだけど、久々に来たら店主が居ないみたいなの。でも、店の扉は開いてるし……。出掛けてるのかなぁ?」
「店主が居ない?」
彰はチラリと店の前に置かれていた看板を見て理解した。
書いてあったのは『ノーワン武具店』という擦れた文字。火事の際に行方不明になってから、
結局今までノーワンとは会えていない。未だに帰ってきていないのだろうか。
しかし、システィアの言う通り店の扉は開いているようだ。
「ホントに居ないの? 奥に居るかもよ。」
リリアはそう言うと、扉を開いて中へ入っていった。彰とシスティアもそれに続く。
店の中は泥棒に入られた様子も無く、前回来たときとほとんど変化は無かった。乱雑に置かれた武器類の配置も変わっていない。
彰が袋をカウンターの上に置くと、大きく埃が舞い上がった。
「やっぱり居ないみたい……。」
中を見回したシスティアが呟く。奥の方からも人の気配がしない。やはり、ノーワンはまだ帰ってきていないのだろう。それか、あるいは……。
彰はふと顔をあげると、店内を物色しているリリアを見て言った。
「盗むなよ?」
「盗めないよ。モノが大きすぎるから隠せない。小物も高そうな物がないなぁ。」
「あったら盗むのかよ。」
「店主が居なくて扉が開いてるなんて、盗んでくれって言ってるようなもんでしょ。アタシとしては盗まない方が失礼……」
リリアがそう言った直後、その言葉を遮るように店内に電子音が響いた。
「何この音?」
「なんか耳障りな音だね。」
システィアとリリアは呑気に首を傾げているが、彰にとってはそれどころではない。
この世界には電子機器が存在しない。それにも関わらず、甲高い電子音が鳴っているという事は、その音の正体は転移者に関連した何かに違いないのだ。
ノーワンは転移者と関わりがあったという事だろうか? それとも、ノーワン自身が転移者だったのか?
様々な疑問が頭をよぎったが、それよりもやらなければならないことがある。
「二人とも! この音を出してる物を探してくれ!」
「急にどうしたの?」
「早く! 音が鳴りやむ前に見つけるんだ!」
踏む場所がほとんど無いほど物で溢れた店内で、一切の手掛かり無く探し物をするのは不可能だ。たとえ小さな手掛かりであっても見逃すわけにはいかない。
三人で店内を探し回っていると、システィアがカウンターの下から黒い機械を見つけ出した。
見たところ、携帯電話のような高度な装置ではなさそうだ。彰は機械を受け取ると、その横についていたボタンを恐る恐る押した。
『……あー。聞こえるかな?』
ノイズ混じりの男の声が聞こえてきた。声からして、あまり若くは無いようだ。この装置は、どうやら通信装置のような物らしい。
三人とも何も言えずに固まっていると、その声は苛立った様子で喋りだした。
『何とか言いたまえ。私は今、すこぶる機嫌が悪いんだ。』
「……もしもし?」
彰が呟くと、向こうはピタリと黙り込んだ。そして、しばらくしてから大きなため息が聞こえてきた。
『あいつめ、どこかに置き忘れたな……。君、何処の誰だね? その装置を返してもらいたいのだが。』
「彰と言います。場所は……、ノーワン武具店の中です。」
『あぁ、店の中に置いてきたか。分かった。中央都だな。今すぐ遣いを送る。その場で』
そこまで言って、男は言葉を飲み込んだ。
「あ、あの。少し聞きたいことが……」
『待て。今、アキラと言ったな?』
「え? あ、はい。」
『アキラ……、もしや、イリヤ・アキラか? 転移者の?』
「……そうですけど、どうして知ってるんですか?」
すると、その答えを聞いて男は突然笑い出した。男の態度の変わりように、三人は顔を見合わせて首を傾げる。
ひとしきり笑うと、男は再び話し始めた。
『いやぁ、すまない。偶然と言うものは凄いな。いや、これこそ運命というものか。』
「運命?」
『そうだ。ところで、君。エリと言う転移者は知っているかな?』
唐突に告げられたその名前に、彰は固まった。だが、男はお構いなしに喋り続ける。
『月島で会っただろう。通りの隅にある店の店主だよ。』
「どうしてその名前を……」
『誘拐させたのは私だ。彼女は今、この館に居る。』
「……なんだと? 誘拐させた?」
『あぁ。その通りだ。とある組織に……、あの無能集団め、思い出しただけで腹が立つ……。いや、まぁ良い。運命は私に味方しているようだからな。』
男はブツブツと呟くと、彰にとある住所を告げた。
『来たいのなら来たまえ。まぁ、誰かを連れてきても良いが、そいつの命は保障しない。たとえ英雄、アクレスであろうともね。』
「おい、待て! お前は何なんだ! 転移者なのか!? 何が目的だ!」
彰が怒鳴ると、男は気色の悪い声で笑い出した。
『私はしがない武器商人さ。仲間内では「戦争屋」と呼ばれている。目的については、後で話してあげよう。それでは、今度は直接会えるのを楽しみにしているよ。』
「おい! 話はまだ終わってないぞ! 戦争屋!」
装置の音声は無慈悲にブツリと途切れた。機械のボタンを何度も押すが、もう反応することは無かった。つまみが幾つかあるが、どう操作すればいいのか分からない。
だが、手掛かりは掴んだ。この戦争屋という男は、転移の何かを知っている。
「行こうと思ってないよね?」
横のリリアが言った。
「行くに決まってんだろ。エリさんが居るんだぞ。」
「バカなの? 相手は転移者狩りで、アキラを狙ってるんだよ? どう考えても罠に決まってる。」
確かに戦争屋の話は、エリを餌に彰を誘い出すための罠だろう。もしかすると、九頭龍の誰かが待ち受けていてもおかしくは無い。
しかし、これ以外に道は無いのだ。『エリを救う』というケイロンとの約束を果たすには、戦争屋に会わなければならない。
すると、黙っていたシスティアが口を開いた。
「行くべきだと思う。」
「え、ちょっと! システィアさんまで?」
「この『戦争屋』とか言う男。確か、師匠が何か言ってた気がするの。」
「何かってのは?」
「ちょっと詳しくは憶えてないの。その……、食事に夢中で……。でも確か、月島の襲撃に関わりがあるとか……、無いとか?」
なんとも曖昧な情報だが、それは後でアクレスに聞けば良いだろう。
「月島の件の調査ということで、私も護衛も兼ねて同行する、っていうのはどうかな、リリアちゃん。」
システィアが一緒に行くのならば、これほど心強いものは無い。アクレスにもこのことを話せば、同行してくれる可能性もある。そうなれば怖いものなしだ。
リリアはそれを聞くと、渋々と言った様子で「それなら良いんじゃない」と言った。
「よし。それじゃ、アクレスに話しに行こう!」
「その前に行くところがあるでしょ。」
「行くところ?」
彰が尋ねると、リリアは懐から小さなメモを取り出した。
そのメモには地図と住所が記されている。これは以前ソフィアから貰った後に無くしたと思っていたが、リリアが持っていたらしい。
「戦争屋の言っていた場所、ここと同じ場所だよ。」
「え、そうなの?」
「そうなの。ソフィアさんの言っていた『人が出入りしてる館』ってのが、おそらく奴らのいる場所だね。」
「なるほど……。凄いな。」
ソフィアの言っていた『女の勘』は見事に的中していたのだ。
それならば、この場所について詳しく聞く必要がある。
「つまり、まず向かう先は研究棟か!」
「そうだね。絶対、エリさんを取り返そう。」
「いや、それよりも先に行く場所があるんじゃないの。」
「え?」
「ほら。」
そう言って、システィアが指さしたのは店のカウンターの上。そこには食料品が詰め込まれた紙袋が置かれていた。
それを見た彰とリリアは、がっくりと肩を落とす。
「あー……、忘れてた……。」
「そう言えば買い出しの帰りだった……。」
「ほら、そうと決まればさっさと運んじゃおう! 私も手伝うからさ!」
三人は手分けして袋を持つと、大きなため息を吐きながら店を出た。




