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「……つまり、アキラ君は遥か昔の時代の人で、それが何らかの理由でこの時代に来たと。」

「そう! 月島での話を総合した結論がそれです!」

 力強く頷く彰を前に、ソフィアは首を傾げた。

「で、その『何らかの理由』ってのは?」

「………それが分かれば今頃、元の世界に帰ってるんですけどね。」

「そうよねぇ……。」

 ため息を吐く二人の横でリリアは退屈そうにお茶をすすった。

 ここは国立中央都総合研究棟。赤煉瓦の壁に囲まれた、国営の研究施設である。以前、中央都を襲った大火事の際、この施設だけは奇跡的に損傷を免れていた。

 そこの一角にある兵器開発部の、とある一室。資料や実験器具で溢れ、数人の研究員の寝息が聞こえるこの部屋は、ソフィアの研究室である。ソフィアはここで寝泊まりしているため、彼女の自宅と言っても過言ではないのかもしれない。

 眠そうな目を擦りながら、ソフィアはお茶を一口飲んだ。

「そういえば、その地下室にアルフレッドの残した研究資料とか無かったかしら。彼の研究で、幾つか資料が欠落してる部分があるのよ。」

「資料……、なんか紙の束とかあったような……。」

「ホントに? あぁー……、私も行けば良かったぁー……。」

 ソフィアはそう言うと、がっくりと項垂れる。が、すぐに立ち上がると、棚の資料を漁り始めた。

「そうそう。それで、エリさんの事なんだけど……。残念ながら、この辺りで転移者を見たっていう情報は無いわね。ただし………、あれ? どこやったかな?」

 ブツブツと呟きながら探していると、ソフィアはすき間に挟まっていた、小さなメモを引っ張り出した。その拍子に本の山が雪崩のように崩れ落ちるが、ソフィアは本の山については気にも留めていないようだ。

「ほら、これ。」

 そう言われて手渡されたメモには、大まかな地図と、その住所が書かれていた。

「これは?」

「そこに書いてある場所に、放置された大きな館があるの。でも最近になって、その館に出入りする人が目撃されてるの。何か関連あるかも、って私の女の勘が騒いでね。」

「出入りする人……。」

 メモを睨むが、この世界のことについてはさっぱりだ。街の名前すら分からない。

 彰はそのメモをリリアに渡すと、「九頭龍の根城だったりしない?」と尋ねた。しかし、リリアは首を横に振る。

「拠点は七年前に全部潰されたよ。それに、もとから群れるような奴らじゃないし。たぶん、九頭龍とは関係ないだろうね。浮浪者か何かじゃない?」

「そうか、関係なしか……。」

 九頭龍に関係が無いのであれば、エリがいる可能性はほとんど無いだろう。

 月島から帰ってきて数日。転移者や九頭龍の情報を調べてみたが、それらしい情報はおろか、手掛かりすら掴めずにいる。ケイロンには「必ず連れて帰る」と約束したが、全く先行きが見えないというのが現状だ。

「……私も研究のために情報収集はよくやるけど、こういうのは根性勝負よ。」

 頭を抱える二人を見て、ソフィアは言った。

「先が見えなくて辛いだろうけど、根気強く続けて行けば必ず辿り着けるわ。私も全面的に協力するから、あなたたちが先に折れたらダメよ……。」

 そう言いながら、彼女はふらついた足取りで歩き出した。そして、小さく右手を上げると、「ごめん、今日は限界……」と呟いて部屋の隅にあるベッドに倒れこんだ。

 この研究室には夜型の人間が多いようで、彼女も例に漏れず昼間はベッドで寝ているらしい。気付けば、彼女からは既に小さな寝息が聞こえてきている。

 二人は物音を立てないように部屋から出ると、静かに扉を閉めた。


 ◇◇◇


 ドアを開けると、窓から吹き込んだ冷たい風が白いカーテンを巻き上げた。ベッドが並ぶ病室へ足を踏み入れると、ふわりと薬品の臭いが漂ってくる。

 ここは国立の総合病院の一室である。ヘクターは患者の見舞いに来たらしい人々の間を抜けると、一番奥のベッドまでやってきた。すると、そのベッドで寝息を立てていた男がうっすら目を開ける。

「よう、ディアス。元気か?」

「……元気に見えるか?」

「いや、全く。これやるよ。」

 ヘクターはベッド脇に林檎を置くと、部屋にあった椅子を引っ張ってきて座った。

 ディアスを襲った梟の一撃は、心臓のすぐ傍を貫いていた。医者によると、少しずれていれば致命傷となっていたらしい。入院当初は意識が朦朧としていたが、今ではすっかり安定したようだ。

「バトレルさんは元気だった? ここに入院してるんだろ?」

「さっきお見舞いに行ったが、ピンピンしてたよ。早く仕事に戻りたいらしい。」

「重傷だったんじゃないのかよ。化け物じみた体力だな……。」

「お前の退院はいつだ?」

「さぁね。僕の頑張り次第かな? ま、僕が居なくても仕事に支障は無いだろ。」

「確かに驚くほど仕事に支障は無いが、愚痴を言う相手が居ないと困る。」

 ヘクターはつまらなそうに言った。ディアスはそれを見て、呆れたように呟く。

「お前は入院しなくて良いのかよ。肩に穴空いてるんじゃなかったっけ?」

「お前と違って仕事があんだよ。それに、もう義父さんも復帰してるんだ。若い俺がこの程度で休んでられるか。」

「お前の家は相変わらずだな……。働き過ぎで死ぬんじゃないか?」

 ヘクターは「そうかもな」と答えると、椅子から立ち上がった。

「もう行くのか?」

「二時から政治部の爺さん連中と会議があるんだ。」

「軍人の癖に会議ばっかりじゃないか。」

「お前と違って仕事ができるからな。」

「おいおい、重症患者に酷い事言うなぁ。」

 顔をしかめるディアスを見てヘクターは少し笑うと、「またな」と言って病室を後にした。



 軍本部に戻ると、廊下の先に政治部の人間と歩く大男が見えた。その男はヘクターに気付くと、取り巻きを残してこちらへ歩いてくる。

「やぁ、ヘクター君。剣が肩を貫通していたと聞いたぞ。怪我は大丈夫かね?」

 ヘクターは背筋を伸ばして敬礼すると、はっきりとした口調で答えた。

「あの程度、怪我の内には入りません。」

「はっはっは! それは頼もしい。君がいる限り、私も安心して戦死できるな。」

「いえ、ユドラー大将に戦死されては困ります。今のマテラスには大将のお力が必要です。」

「そうかね。だが、私でも寄る年波には勝てんらしい。黒い髪が減るたびに、死期が近づいて来るような気がしてならんわ。」

 ユドラーは白髪頭をさすりながら大声で笑うと、「ディアス君にもよろしく言ってくれたまえ」と言って、再び政治部の人間たちと去っていった。それを見送ると、ヘクターはため息を吐いて、敬礼していた手を下げた。


 戦死されては困る、と言ったが、あれはお世辞ではない。

 五年前の戦勝で軍の発言力が強まった背景で、特に積極的に政治介入をしているのがユドラーである。

 彼は軍人としてだけでなく政治にも才能があったようで、たちまち政治部の重要ポストを手中に収めてしまった。更に、その豪快な言動と真直ぐな性格は人々に好かれ、人望にも厚い。

 結果、この五年間でユドラーの元には多くの権力が集まり、国を運営していく上で重要な柱となっている。この男は現在の軍はもちろん、国政にとっても欠かせない存在なのだ。


 だが、果たしてこれで良いのだろうか。

 優秀な人間が強大な権力を持つことで、しばらくの間は国家の運営は上手く行くだろう。

 しかし、人間の寿命には限りがある。個を頼った政治運営が必ず崩れることは、歴史が幾度となく証明してきた。今のマテラスは、その二の舞になりかねない。


「とは言ってもなぁ……。」

 ヘクターは歩きながら呟いた。

 それを意見したところで、ヘクター程度の地位では、下っ端の戯言だと跳ね返されることは明白だ。この国で自分を通すには、まだ力が足りない。

 そのために、今はやれることをやるだけだ。

 ヘクターは両頬を叩いて自身を鼓舞すると、壁に掛かった時計に目をやった。時刻は間もなく二時になろうとしている。

「うお、やっば! 時間無ぇ!」

 ヘクターは一人叫ぶと、会議室へ向けて走り出した。


 ◇◇◇


 満天の星空の下。闇夜に沈む森の中に、ポツリと明かりが灯った。

 ユドラーはランプに照らされた椅子に座ると、質素な机の上に新聞を投げた。その一面の見出しに載っていたのは、これまでの連続暗殺事件と、先日起きたシルヴァ中将暗殺未遂の記事だ。

「やっとアイツもくたばったか。」

 鴉は帽子を置いて新聞を覗き込むと、嬉しそうに言った。ユドラーはそれを見てため息を吐く。

「九頭龍も残るは私たち二人か。」

「『残るは』も何も、九頭龍は七年も前に死んだじゃねぇか。元から俺たちゃ残党さ。」

 鴉は葉巻を咥えて火を点ける。


 それと同時にユドラーの懐から電子音が聞こえてきた。ユドラーは面倒くさそうに息を吐くと、黒い装置を取り出した。

『おい、龍。この連続暗殺事件の記事は何だ。』

 装置の向こうから戦争屋の声がした。いつもは感情の気色の悪い穏やかな声だが、今日に限っては隠しきれない怒りがにじみ出ている。

『こんな暗殺を私が依頼したか? 君たちが殺して回ったのは、国家を動かす主要な人員だぞ。彼らを残さなければ、この国は戦争の前に潰れてしまうじゃないか!』

 対して、ユドラーはゆっくりとした口調で話し始める。

「確かに君から暗殺の依頼はされていない。」

『そうだ。それが分かっていて、何故……』

「君から受けたのは『王族の殺害』と『アキラ少年の拉致』だけだ。『それ以外の人間を殺すな』という依頼は受けていない。」

 その言葉の直後に、黒い機械からはありとあらゆる罵詈雑言が吐き出された。ユドラーは眉間にシワを寄せると機械を机に置く。

 そして、聞こえる声が息切れし始めた頃、ユドラーは再び機械に話しかけた。

「戦争屋。君は何か勘違いしているらしい。」

『なんだと?』

「九頭龍が君たちと協力したのは、単に利害が一致していたからだ。そこには善意だとか、仁義だとかいう感情は一切存在しない。初めから私たちは君の味方ではない。」

 無言になった戦争屋に、ユドラーは笑いながら続ける。

「そもそも、人殺しを生業とする屑が、人との契約ごときを真面目に守るわけがないだろう。我々を買いかぶり過ぎだ。」

 それを聞いた鴉は机の向こうで高笑いしている。

 すると、機械の向こうで何かが壊れたような音が響いた。その後で、戦争屋の静かな声が流れてくる。

『……そうか。それならば、もう君たちに言う事は無い。』

 短くそう言うと、機械はぶつりと音を立てたきり静まり返ってしまった。


 鴉はその機械を手に取ると、窓を開けて外に放り投げた。そして、ユドラーの満足げな顔を見て、楽しそうに言った。

「はっ。まるでガキの喧嘩だな。」

「たまにはガキになってみるのが、人生を楽しむコツさ。」

「人生を楽しむ、ねぇ……。」

 鴉は葉巻を捨てて踏み消すと、置いていた帽子を目深に被った。そして、家の扉に手をかけると、ユドラーに尋ねる。

「……お前はいつ死ぬんだ、龍。」

 ユドラーはしばらく考えると、「もう間もなくだ」と答えた。それを聞いて、鴉は黙って扉を開けた。

「それじゃ、今度会うのは地獄だな。」

「あぁ。先に行って待っているとしよう。」

 鴉はそれを聞くと、黙って外の闇へと溶けていった。半分開いた扉からは、冬の冷たい空気が流れ込んでくる。

 ユドラーは昔を懐かしむような目で風で軋む扉を眺めながら、静かにランプを消した。

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