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この辺りで物語的には折り返しです。

「シルヴァ中将。会議まであと三十分後です。」

「分かりました。」

「では、また後ほど来ます。」

 敬礼をして部屋から去っていく若い兵を見送りながら、シルヴァはふと窓に目を移した。すぐ下では、月島から来たユドラー大将が新兵と共に練兵場を走っている。年齢は近いはずなのだが、あれほどの体力はシルヴァには無い。鬼のユドラーは未だ衰えていないらしい。

 シルヴァは一つ息を吐くと、脇に置いてあった新聞を広げた。その一面を飾っていたのは、二週間前から変わらず国王陛下崩御のニュースだ。

 アクレスが旅立ってから数日間、中央都では次期国王を迎える準備を急いでいた。というのも、中央都の襲撃の際、国王のみならず国の重役任されていた貴族も数名暗殺されていたため、新たに首脳陣を組み立て直す必要があったのである。

 そして、その準備が終わったのが今から二週間前である。それに合わせ、遂に国民に向けて崩御のニュースが報道されたのだ。

 シルヴァは更に目を走らせていくと、有名貴族の死亡を報せる記事が目に入った。

 死亡したのは国の財務部に勤める男だ。かなりの「やり手」で、次期財務担当大臣の呼び声も高かかったが、その反面、多くの方面で恨みを買っていたのだろう。シルヴァも彼とは面識があり、先日行われた彼の葬儀にも出席した。

「中央都も物騒になったな……。」

 そう呟くシルヴァが見つめていたのは、記事の最後を締める『何者かによる暗殺か』という文句だった。

 昨今、暗殺、および暗殺未遂事件が多発している。

 目的もそれを指示した人間も判明していないが、ただ一つ明らかなのは、国の上層部の人間が狙われているという事だ。それは国軍中将であるシルヴァにも当てはまる。そして、先日中央都へ来たユドラー大将にも。

 そんなことを考えながら再び窓を見ると、ユドラーが新兵の背中を一人一人叩いて行きながら、次々にその背中を追い抜かしていくのが見えた。


 ◇◇◇


 ヘクターは資料の並んだ棚の間を慣れた様子で抜けて行くと、談話室と書かれた扉を開けた。長机と椅子がずらりと並んだ部屋に入ると、軍服を着た一人の男が窓に面した席で、机に突っ伏しているのが見えた。

 部屋には他に誰も居ない。聞こえるのは外の鳥のさえずりと、小さな寝息だけである。

 ヘクターはその男の背後に立つと、変わらず寝息を立てている後頭部を手持ちの資料の束で叩いた。

「んぁ……?」

「また居眠りか、ディアス。」

「……んぉぉ。その声はヘクターか。」

「仮眠なら仮眠室で取れば良いだろ。ここは中央図書館だぞ。」

「………まぁ、お前の言うことも一理ある。が、僕がここで居眠りすることで、誰かが迷惑するわけでも無いだろ? どうせ誰も居ないんだしさ。」

 彼の言う通り、談話室には二人以外に誰も居なかった。だが、これもいつもの事である。

 ここは幾つかある中央図書館の棟の中でも、主に解決済みの事件資料を保管している小さな棟だ。利用する人間も少なく常に薄暗いことから、幽霊棟と呼ぶ者もいる。

 ディアスと呼ばれた男は、大きく伸びをした。

「居眠りしている所しか見たことが無いんだが、お前に仕事は無いのか?」

「あいにく、狙って撃つ以外の能が無くてね。僕は何もしないことが仕事なんだ。」

 そう言って大あくびをする彼は、こう見えてマテラス国軍内で随一の狙撃の腕を持ち、五年前の戦争では彼の銃弾によって何人もの敵兵が倒れていった。だが、彼自身の言う通り、狙撃以外の分野では無能扱いされており、窓際で居眠りしている姿がよく目撃されている。

 ヘクターはディアスの隣に座ると、持っていた資料を開いた。そして、ふと彼の前に置かれた資料を見て呟いた。

「いつも殺人事件の資料ばかり読んでるな。」

 机に載っていたのは数年前に起きた魔法式拳銃による殺人事件の資料だった。失踪した息子が容疑者として疑われていたが、その犯人は先日死体で発見されたらしい。その資料は幽霊棟の棚へと積まれることとなった。

 ディアスは半開きの目で資料を眺めると答えた。

「殺人を犯した人間の異常性が知りたくてね。自分と彼らとの違いを確認してるんだ。」

「現実逃避か。」

「そのつもりで始めたんだけどね。彼らの心理を想像すればするほど、自分との違いが分からなくなる。結局、僕らも彼らもそうせざるを得なかったんだ。」

「殺人を肯定するような発言だな。」

「肯定なんてしてないさ。………ただ、僕らも彼らと大差ないってことを言いたいんだ。単に時と場所が違っただけでね。……毎晩あの日々を思い出すんだ。」

 薄暗い部屋の中で、しばらく二人は黙り込んだ。窓の外では、談笑しながら歩く男女が見えた。若い葉を茂らせた木の上では、数羽の小鳥が陽気に鳴いている。この平和に見える日常の下には、幾つもの死体が埋まっている。その死体の山を作り上げたのは、紛れもなく自分自身の手なのだ。

 ディアスは一つ息を吐くと、ヘクターの持つ資料を盗み見た。

「君も相変わらず殺人事件じゃないか。」

「……ん? あぁ、そうだな。」

「例の犯人捜しかい? 手伝うよ。」

 ヘクターは資料の一部をディアスに投げる。

「手掛かりは……」

「霧と共に現れ、被害者は細剣で一突き、細身で背の高い男、だろ? もう覚えたよ。」

「悪いな。助かるよ。」

 ヘクターが幽霊棟を訪れるのは、別に睡眠不足だからという理由ではない。

 この棟の棚にある資料の多くは解決済みの事件なのだが、幾つか未解決の事件資料もある。それらの資料は、残された証拠も少なく、月日の経過のせいで詳細もあやふやな、いわゆる迷宮入りした事件についてだ。

 ヘクターが追い求めているのは、ある一人の男の影である。今から十三年前。逃げ込んだ箪笥の中から見えたその男は、目の前で両親の命を奪っていったのだ。

 幼い瞼に焼き付いた映像は、今でも彼を縛り付けている。

「で、現時点で関連する事件はどれくらい見つかったんだっけ?」

 ディアスの問いかけに、ヘクターは黙って指を四本立てた。

「……まさか四件だけ?」

「もちろん俺の事件を除いてな。被害者は一突きで殺された事件だとか、細身の男が目撃された事件なんてのは五万とあったが、その中でも事件当時に不自然な霧が目撃されたのは四件だけだ。」

「何年も調べて四件か……。」

 この中央図書館を利用できるのは公務員のみである。ヘクターが軍人を志したのは、義父であるシルヴァの勧めもあるが、この施設を利用するためというのが最も大きな理由だ。

 だが男の捜索は、正に霧の中を手探りで進むようなものだった。


 この日も結局手掛かりを掴めないまま閉館の時刻を迎えた。

「うぅ……。冷えてんなぁ……。」

 ディアスは分厚い外套を着ながら体を震わせている。対して、ヘクターは古い手編みの帽子を被っているだけで、特に凍えているような様子は無かった。

「軍人が厚着で震えるなよ。みっともないだろ。」

「軍人だって凍える時はあるだろうが。」

「そうは言っても、まだ冬に入ったばかりで気温もそこまで低くないだろ。鍛えが足りないんだよ。」

「……アクレスさんみたいなこと言いやがって。」

 ディアスは不満げに呟くと、何かを思い出したかのように手を叩いた。

「そう言えば、昨日アクレスさん帰ってきたらしいな。」

「そうだな。」

「システィアに挨拶しに行かないの?」

「なんでだよ。」

「え? 好きなんじゃないの?」

「……何言ってんだよ。アイツはただの同期だ。まず何を証拠にそんなことを……」

「お前の帽子、昔システィアから貰ってたやつじゃん。」

 ヘクターは頭に手をやると、ばつが悪そうな顔で帽子を脱いだ。

「……帰る。」

「おいおい! 飲んで行こうって言ってただろ!」

「お前も帰れ。今日は新月だ。」

「良いじゃん! 酒代奢るからさ! 少し飲もうって!」

 星で満ちた空の下。珍しく風の無い冬の夜に、二人の若い男は連れ立って飲み屋街へと向かって行った。


 ◇◇◇


 不気味な獣の声がこだまする暗い森を抜けると、まるで冬の森の中へ溶け込もうとしているかのような、枯れたツタに覆われた館が目の前に現れた。男は白い息を吐くと、その大きな扉の前に立つ。

「エナス、俺だ。」

 そう呟くと、扉は軋む音を立てながら開いた。館の中は綺麗に整頓されているが、空気には血の臭いが混じっている。

 その臭いに少し顔をしかめると、男は吹き抜けになった玄関ホールへと足を踏み入れた。

「おや、誰かと思えば君か。」

 見上げると、二階の柵から一人の老人が顔を出していた。彼はこの世界で「戦争屋」と呼ばれる武器商人だ。

「転移者を捕らえたと聞いた。そいつと話がしたい。」

「あぁ、もちろんだ。上がって来たまえ、ノーワン君。……いや、六一三号と呼ぼうか?」

 男は手を振りながら「どちらでも良いさ」と答えると、エナスに連れられながら館の階段を上っていった。

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