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 彰とリリアは小さな花束を墓前に供えると、ゆっくりと手を合わせた。

 ここは月島のとある墓地。あの爆破事件から一週間が経ち、ここに新たな墓標が幾つか増えた。今、彰が花を供えた墓もその一つである。

 蟷螂のお陰でなんとか逃げ延びた彰は、全身から血を出しながら街へとたどり着いたところで意識を失った。後から聞いた話によれば、その姿を見た街の人が彰とリリアを病院へ運び込んだらしい。幸い、リリアも彰も、どちらも命に係わるほどの怪我ではなかったが、再び外を歩けるようになるまで、しばらくの入院期間を要した。

「俺さ……」

 彰は立ち上がりながら言う。

「……変だけど、身近にいる人は絶対に死なないって思ってたんだ。そんなことないのは理解してるのに、不思議とそんな気がしてたんだ。」

 彰は息を吸うと顔を上げた。

「でも、…………やっぱり、誰でも死んじゃうんだよなぁ。」

 見上げた西の空には、燃える様に赤い夕陽が見えた。その下で、幾つもの墓標が長い影を作っていた。

「……そろそろ帰ろっか。」

 リリアが静かに呟いた。彰は「そうだな」と言ってそれに頷く。

「……それじゃ、マサ爺。また来るよ。」

 二人は墓に一礼すると墓地を後にした。


 彰とリリアは街まで下りると、人の多い大通りまで来た。奥の方に目をやると、工事中の駐屯地が目に入る。

 爆破事件の首謀者は、三十年前に起こった戦争で英雄的な活躍をした人物だったらしい。詳しくは分からないが、犯行の動機はその戦争の復讐だったという話も聞いた。そのこともあり、月島は今でもその話題で持ちきりだった。

 賑わう通りを逸れ、脇道へと入る。この道は人通りもほとんどなく、大通りの喧騒も小さく聞こえてくる。

 二人が道を進んで行くと、古びた店の扉が見えてきた。エリとケイロンの店だ。擦れた字で『Bar』と書かれていた看板は、風に煽られたのか道端に倒れてしまっている

 彰とリリアは顔を見合わせて頷くと、軋む扉をゆっくりと開けた。

「……やぁ、アキラ君、リリアちゃん。久しぶりだね。」

 カウンターで二人を迎えるケイロンは、以前見た時よりも一回り小さく見えた。その額には痛々しい傷跡が残っており、両目の下には濃い隈ができている。小綺麗にまとまっていた店内も、もはや見る影もないほどに荒らされており、ここで起こった事の壮絶さを物語っていた。

 かろうじて残っていた椅子を引っ張ってくると、二人はカウンターの前に座った。ケイロンは、黙って二人にお茶の入ったグラスを差し出す。

 それからしばらくの沈黙の末、彰はお茶を一口飲むと切り出した。

「あの……。怪我大丈夫ですか。」

「君たちこそ大丈夫かい? 酷い怪我だったって聞いたよ。」

「アタシたちは大丈夫です。痛みもほとんど無いですし……。」

「それは良かった。……あぁ、ごめんね。僕も退院したばかりで、店の片づけが全然進んでないんだ。」

 二人の入院中、見舞いに来たアクレスから、この店が九頭龍の被害に合っていたことを知らされていた。更に聞いた話では、店主夫婦のうち、ケイロンの方は怪我を負って入院し、エリは行方が分からないという事らしい。

 力なく笑うケイロンを見て、彰は唇を噛みしめた。

 この店は店主が転移者であるにもかかわらず、これまで誰からも襲われずに営業していた。それが、彰が来店した直後に襲撃を受けたのである。

 今回の襲撃の原因は、彰のせいだとしか考えられなかった。

 誰かが見ていたのか、尾行されていたのかは分からない。だが、エリが誘拐されたという報を聞いてから、彰はずっと自分を責め続けていたのだ。

 すると、それを見たケイロンは彰の肩を優しく叩いた。

「きっとエリは大丈夫だよ。先に捕まったアルフレッドが何とかしてくれる。」

「そんな……」

「君はまだ子供なんだ。責任を感じて自分を押し潰しちゃいけない。今回はエリを守りきれなかった僕の責任だ。君たちは前に進むことだけ考えてれば良い。」

 ケイロンは彰とリリアの手を握った。

「それでも、どうしても自分を責めてしまう時はある。そんなときは、しっかり二人で支え合うんだ。それができれば、どんな困難でも乗り越えられる。」

 そう言って二人を見る彼の目には、二人を非難するような感情は一切なかった。

 店と妻を失い、ケイロンがどれほど心苦しい思いをしているかは計り知れない。彼も自分を責め続けたのだろう。

 だが、その辛さを噛み殺して彰とリリアの背中を押してくれているのだ。落ち込んでばかりは居られない。彼の言う通り、前を向かなければならない。

 二人は彼の手を力強く握り返して言った。

「必ず、俺たちがエリさんを助け出してきます。」

「アタシも約束します。また、二人がこの店を続けられるように。」

 二人の言葉にケイロンは少し驚くと、「ありがとう。でも、無理はしないでね」と言ってにっこりと笑った。


◇◇◇


 彰たちが山にあるマサの家へと帰ってくる頃には、すっかり日は落ちてしまっていた。葉を落とした木々が、東の空に昇った月の明かりを受けて、ぼんやりと浮かび上がって見える。

 母屋の扉を開けると、香ばしい匂いが漂ってきた。厨房では、一人料理しているアクレスが見える。辺りを見回すが、システィアの姿は無い。

「ただいま、アクレス。」

「おう、帰ったか。二人とも、もう飯だぞ。」

 アクレスはそう言って味見をすると首を捻った。

「システィアさんは?」

 彰が尋ねると、アクレスは「道場だ」と答えた。

「悪いが呼んで来てくれるか?」

「あ、アタシ行くよ。」

 リリアは靴を脱ぎかけていた彰に言うと、パタパタと母屋を出て行った。


 固くなった引き戸を開けると、カビの臭いが鼻いっぱいに広がった。慣れたはずのこの臭いも、どこか懐かしく感じる。

 道場の中央ではシスティアが入口に背を向けて正座していた。その前には一振りの刀が置かれている。

 戸の軋んだ音でシスティアは振り返ると「あ、リリアちゃん」と呟いた。月明かりに照らされた彼女の顔は笑っていたが、その両目が赤く腫れているのは遠目から見てもよく分かった。

 リリアの表情に気付いたのか、システィアは少しうつむくと、目頭を手で押さえながら呟く。

「戦争で何度も経験してるのにさ、やっぱり慣れないなぁ……。ダメだね、もう一週間も経つのに。」

 リリアは道場に上がると、システィアの隣に座る。

「全然ダメなんかじゃない。まだ『一週間しか』経ってないんだよ。それに、人が死ぬことに慣れる方がおかしいよ。」

 システィアはリリアの返答に少し驚いた顔をすると、小さく笑った。

「リリアちゃん。私よりも年下なのに、なんだか私よりもしっかりしてるね。なんだか、リリアちゃんの方がお姉さんみたい。」

「そんなことないよ。ただ、アタシは辛い時間の過ごし方を知ってるだけ。」

 リリアも小さく笑うと、首に提げていた宝石をシスティアに見せた。空から降り注ぐ白い月光が、宝石を通って二人の顔を青く照らしている。

「これ貰った時に、アタシのこと『家族だ』って言ってくれたでしょ。アタシ、血のつながった家族が居ないからさ、すごく嬉しかった。」

 リリアはその宝石をシスティアの手に握らせると、それを両手で包んだ。

「アタシはマサさんの代わりにはなれない。でも、一緒に悲しむことはできる。だから、どうしても辛い時は、一人で泣かないでいつでも頼って。アタシたち家族なんだから。」

 システィアは小さく頷くと、リリアの胸に顔をうずめた。そして、かすれた声で小さく「ありがとう」とだけ言った。

 木の枝が風に揺れる。夜の森のざわめきは、システィアの嗚咽を静かに掻き消した。

明日おまけ投稿します

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