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次から気をつけます。

 マサが街に着くと、駐屯地前で燃え盛っていた巨大な火柱が轟音と共に爆発した。

「こいつぁ出遅れたか?」

 呟くと、混乱して逃げ惑う人々の間をするりと抜けて、正門の前まで辿り着いた。

 黒焦げになった肉片を避けて歩きながら、建物前で転がる大男の元まで向かう。そして、その白目を剝いている顔に一発平手を食らわせた。

「……ぅ。………やっべぇ、しくじった。」

「アクレス。さっさと立て。」

「うお! 師匠!」

「師匠呼びはやめろ。それよりも王子は何処だ。」

「おそらく、手筈通りに逃げたはずだ。システィアを護衛につかせたから、たぶんマサ爺の出る幕は無いな。」

 マサはアクレスを起こすと、焦げた地面に散らばった刀を眺める。

「相手はおそらく『九頭龍』とか言う組織だ。幹部連中は見てないな?」

「あぁ、見てないが……。どうして分かるんだ?」

 アクレスが尋ねたのと同、再び大きな爆発音が響いた。音は建物の裏の方からだ。二人が振り返ると黒い煙が上がっているのが見える。

「止まれ! それ以上来るようならば撃つぞ!」

 二人の横で一人の兵士が言った。彼の構えた銃の先には、首元を隠した長身の男が、こちらへゆっくりと向かって歩いてきていた。

 その姿を見たアクレスは剣を握りなおした。

 男は武器も何も持っておらず、彼の両手はだらりと垂れ下がっている。しかし、彼を見た瞬間に、アクレスはその男から人間ではない、何か恐ろしいものを感じ取ったのだ。

 その男は、一度立ち止まって兵士の持つ銃を見て首を傾げると、再び歩き始めた。それを見た兵士が銃を構えた直後、男は瞬き一つの間に距離を詰め、その兵士の首を折った。

 その場の全員が言葉を失った。

 今の動きを目で追えた者は、この場にほとんどいないだろう。男は人間の限界、それどころか生物の限界を超えたような速度で攻撃をしたのだ。

「ははははは! 一瞬じゃないか! これなら九頭龍も用なしだな!」

 静まり返った正門前に無邪気な笑い声が響く。その笑い声の主は、瓦礫の陰から半身を出してこちらを見ていた。

「だがね、エナス。本当の目的は向こうの大男だよ。ほら、そこの……口ひげが焦げてる奴だ。」

 すると、エナスと呼ばれた男はアクレスを見た。その目は、まるで作り物の瞳のように、生き物としての輝きが無かった。

「マサ爺、裏門を任せていいか?」

 アクレスが剣を構えながら言う。

「……あぁ。」

「助かる。」

「死ぬなよ、アクレス。お前はこの国の英雄なんだ。」

「もちろん死なないさ。」

 アクレスの言葉にマサは頷くと、駐屯地の裏門へと走った。


 裏門近くには、既に何人もの黒服が入り込んでいたようで、既に兵士と黒服の乱戦が繰り広げられていた。マサはバラバラになった死体を避けて走りながら、道中で出会う黒服の首を刎ねていく。

 裏門の黒服をあらかた倒すと、マサは転がっている首を眺めて呟いた。

「やはり、か。」

 すると、一人の小柄な黒服がマサに襲い掛かってきた。

 応戦するが、マサの攻撃は全て受け流されてしまう。これまでの黒服とは明らかに動きの質が違う。

 マサはその男の刀を弾いて後方に飛び退くと言った。

「久しいな、ゲン。いや、今は蛇とか呼ばれとるんだったか?」

 その言葉に、黒服は顔を覆っていた布を取り払った。

「剣の腕は落ちていないな、マサ。」

「いや、落ちたさ。お前の弟子たちほどではないがな。」

 そう言って、マサは地面に転がる黒服の死体を指さす。

「ジジイ連中を引きずり回して弔い合戦か? この戦力差じゃ勝ち目なんか無いだろう。」

「あぁ。こいつらと俺は地獄で待ち合わせだ。」

 男――蛇がそう言った瞬間、その横で兵士が銃を構えた。

「待て!」

 マサの声の直後、すぐに銃身が輝き大きな音と共に弾丸が発射される。

 だが、蛇はそちらを見ることも無く剣を振った。高い金属音と共に弾かれた弾丸は、撃った兵士の額を貫く。

 それを見てマサは言った。

「ゲン。これ以上、月島の兵を巻き込むんじゃない。今すぐに退け。」

「俺たちはもう、退けないところまで来ちまったのよ。俺のやり方に文句があるなら、力ずくで止めるんだな。お前も俺と斬り合うつもりで来たんだろう?」

 そう言って蛇は刀を構えた。マサも刀を構える。

「そうさせてもらおうか。」

「やってみな。」

 数秒の沈黙の後、マサが地を蹴った。数メートルあった間合いを、瞬き一つの間に縮め、右手の刀を蛇の首元へと滑らせる。

 しかし、その刀は空を斬った。寸前で蛇は体を捻り、攻撃を躱したのである。同時に蛇は攻撃を仕掛けるが、マサも負けじと左手の刀でそれを受け流す。

 その後も目にも止まらぬ剣技の応酬が続いたが、互いの刃は火花を散らすだけで、体はおろか、それぞれ身に着けた着物にさえ届かない。対して、周りに散らばる死体は二人の斬撃を受けて小さな肉片となっていく。

 二人の刀が打ち合った。

「マサ! 何故、敵兵に頭を垂れる! マテラスは我らが主と月神から賜った高度な技術を奪った仇敵だろう!」

 蛇が叫んだ。マサは静かに答える。

「お前と同じさ。」

「何だと?」

「先に進むには、これしか道が無かった。あの戦場を『生き残ってしまった』俺たちは、敵を恨むか頭を垂れるか。それしか道は無い。お前は前者を選び、俺は後者を選んだ。それだけのことだ。」

 マサは蛇の刀を弾くと少し距離を取った。そして、刀を鞘に納めると、ゆっくりと重心を落とす。草風流の居合の型である。

「お前も俺も、退けないところまで来ちまったらしい。」

「あぁ。三十年前のあの日、あの戦場で死ぬべきだった。……お前も、俺も。」

 蛇も刀を鞘に納めると、ゆっくりと腰を落とした。

 二人の殺気が膨れ上がる。

「終わらせようか。」

「あぁ、終わらせよう。俺たちの戦争を。」

 二人の言葉の数秒後。乱戦続く裏門で、一瞬、静寂の間が訪れた。二人は同時に地を蹴る。

 この日、この瞬間。かつて戦場だったこの場所で、二人の英雄が散った。


◇◇◇


 広い部屋に足音のしないほど柔らかい絨毯が敷かれ、天井からは豪華な照明が吊るされている。棚に置かれたガラス製の食器のうち、幾つかは絨毯の上に落ちてしまっていた。

「王子! お逃げ下さい!」

 システィアはその部屋に駆け込むと言った。しかし、目の前で椅子に座っている髭面の男は首を横に振った。

「私は王子ではなく、今は王だ。」

「あ、……そうだった。」

「システィア君。君は私に、我が兵が戦っているのを眺めながら、すごすごと逃げ出せというのか? 一国を背負う主がそんな逃げ腰では、国民も路頭に迷うだろう。」

 そう言って笑うこの男こそが、現マテラス国王、マテラス十八世である。

 彼は席を立つと、部屋の窓に近づいた。二階にあるこの部屋からは、裏門がちょうど真正面に見える。その時、裏門が突然大きな爆発を起こした。

「陛下! ここは危険です!」

「システィア君。これは何だと思う?」

「何……というのは?」

 国王はそう言って息を吐くと、執事が持ってきたお茶を一口飲んだ。

「この前の襲撃もそうだ。敵は明らかに私の居場所を掴んでいる。つまり、これは国内の、それも国の上層部の人間によるものと考えるのが妥当だ。その場合、敵は私の脱出路も抑えているに違いない。」

「……では、どうすれば。」

 国王は部屋を見回す。

「ここは私のために造られた、特別頑丈な部屋だ。更に、剣の腕では国内でも指折りのシスティア君まで来た。そうなれば、我々のすることは一つ。籠城すればいい。」

「こ、ここで籠城ですか!?」

「そうだ。我が軍は非常に優秀だ。信頼しようじゃないか。」

 そう言ってお茶を飲み干すと、国王は再び椅子に座った。

 システィアは窓から外を眺める。一時は混乱していた兵たちだったが、次第に統率が取れ始めていた。黒服たちが建物内に侵入してきている様子は無い。国王の言う通り、この場にいることが最も安全な策なのかもしれない。

 システィアがそう思った時、ふと視界の端に二人の老人が映った。

「あ……お義父さ……」

 システィアが思わず呟いた時、突然部屋の扉が燃え上がった。システィアが剣を抜いて国王の前に立つと、炎に包まれていた扉が蹴り開けられた。

「初めまして……。九頭龍の『狐』と言う者ですがぁ……。」

 扉の前に立っていたのは、顔に大きな火傷跡のある女だった。

脇には黒焦げになった兵士が倒れている。おそらく、黒服の対処に追われ、警備が手薄になった箇所から侵入したのだろう。正門、裏門での爆発は陽動だったという事だ。

 彼女は剣を握ったシスティアの右手を見ると、ニヤリと笑った。

「あらぁ……。義手仲間じゃないですかぁ。まぁ、私は両方なんですけど……。」

 彼女の両腕には細かな構築式が彫られ、肩の部分には拙い狐の絵が描かれている。

 カタカタと音を立てながら両腕を広げると、義手の構築式が淡く輝きだした。次の瞬間、両腕が炎に包まれる。

「陛下、奥で隠れていてください。ここは私が守ります。」

 狐と名乗った女は炎を纏った両手をシスティアに向けた。

「守る……? ホントに守れるんですかぁ? 出来もしないことは言わない方が良いですよ。」

「あなた一人程度、私一人でも十分です。」

「あらぁ……。力量、見誤ってませんかぁ……?」

 彼女がそう言うと、彼女の両腕の炎が大きく膨れ上がった。システィアは反射的に、近くにあった椅子を蹴り上げる。

 次の瞬間、システィアの目の前の椅子が、赤い炎と共に爆発四散した。その炎は爆発の後も広がり続け、部屋を飲み込まんとするほどに轟々と燃え盛っている。彼女の魔法具は炎を操るものらしい。

「部屋がメチャクチャですよ? 守れてないじゃないですかぁ……。」

 狐は笑いながら言うと同時に地を蹴った。システィアは燃える拳を剣で弾き返すと、ベッドの陰に隠れていた国王と執事を庇うように立った。

 炎は壁の窓を覆いつくした。そして、まるで焦らせるかのように、じわじわと部屋全体に広がっていく。ここから逃げる道は一つ。今、目の前の女が立っている部屋の扉だけだ。

 鋭く睨みつけるシスティアを見て、狐は恍惚の表情を浮かべた。

「あぁ……。透き通って、真直ぐで、酷く純粋な良い目ですねぇ……。私を守るとか言ってた人も、そんな目をしてましたよ……。まぁ、もう死んで焼かれたんですけどね……。ははっ。」

 ブツブツと呟きながら、狐はまるで陽炎のようにゆらゆらと揺れながら近づいて来る。

 システィアは大きく息を吐くと、右手の剣を腰の鞘に納めた。そして、その手で右目につけていた眼帯を外した。その下からは細かな構築式の描かれた義眼がぎょろりと顔を出す。

「魔法具………?」

「良い目でしょ? 私の友人が作ってくれたんです。守りたい人を絶対に守れるようにって……。」

 システィアがそう言って剣を抜くと、右目の義眼が淡く輝いた。狐はその義眼を訝しげに見つめながら、フラフラと歩いてくる。部屋の炎がゆらゆらと狐の周りに集まってきた。

 しかし、突然、狐の足元が崩れた。システィアはその一瞬のうちに距離を詰める。

 狐は咄嗟に両手を向けるが、システィアは脇差しで弾くと、もう片方の剣で彼女の両腕の義手を切り上げた。部屋に広がっていた炎は、その腕が床に落ちるのと同時に霞のごとく消え失せる。

「な……、何を……。」

 大きく目を見開いて、口をパクパクさせる狐にシスティアはゆっくりと近づいた。

「あなたと目が合った瞬間、私の魔法具が視界に入る光を歪ませたんです。まぁ、詳しい原理はさっぱりですけど。」

 狐の首元に剣をピタリと当てる。

「最期に言い残すことは?」

 数秒の沈黙の後、狐は少し笑って呟いた。

「何も……。言いたい相手はもう向こうにいるから……。」

 それを聞き終えたシスティアは、彼女の首を刎ねた。燃える炎のような赤い鮮血と共に、彼女の命は静かに消えていった。

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