97、平安時代993年 〜妖怪達との戦い
狐らしき姿は見えない。でも、安倍晴明の周りの青い火が消えている。彼は、別の術を使ったようだ。たくさんの蝶のような何かが、彼を守るように取り囲んでいる。
安倍晴明の付き人っぽい女性は、ヤスさん、仁助さんと共に、少し離れた場所にいた。物防バリアを張ったはずだから、怪我はしていないはずだけど、三人は、動けないみたいだ。
目を凝らしてみると、手足を何かで縛りつけられている。糸みたいだけど、何だろう?
『オール・バリア!』
俺は、物防バリアしか張っていなかったから、あらゆるバリアに変えた。敵のチカラがわからないから、物防バリアだけでは危険だと思ったんだ。
そして、彼らに近づくと、俺を見つけたヤスさんが叫んだ。
「リント、ダメだ。逃げろ、狐がいる!」
「ヤスさん、俺には見えないんですけど」
「当たり前だ。また記憶を奪われるぞ。二度目はさらに深い記憶を奪われる。逃げろ!」
「でも……ヤスさん達は、いったい、何が?」
「たぶん、狐の尾に縛られているんだ。まるで地面に植えられたかのように動けないんだ」
糸みたいなものは、尾というより、やはり糸だよね。確かに糸の両端が地面にささっている。この糸を切れば動けるだろうけど、狐を見つけないと同じことになるかな。
「安倍晴明様は、大丈夫なんでしょうか」
俺がそう尋ねると、付き人っぽい女性は、少し悔しそうに顔を歪めた。ん? 変な聞き方をしてしまったのかな。
「日が暮れれば使える式神が増えます。それに霊力も強くなる。だから、あと少しの我慢です」
(えっ? いま、霊力が弱い時間なの?)
俺は空を見上げた。やはり秋の空だね。日は短い季節かもしれないけど、まだ空は青い。マズイんじゃないのかな。
「狐って、目に見えない妖怪ですか」
「姿を隠すことも人に化けることもできる妖怪だよ。いや、純粋な妖怪じゃないかもね。霊力を恐れないんだ」
「ということは、陰陽師の術が効きにくい?」
俺は、意地悪かと思ったけど、彼女の証言が必要だと思ったんだ。きっと、安倍晴明はプライドが高いし、俺を危険視している。安易に助けに行くと逆効果になるかもしれない。
たぶん、この襲撃自体を俺が仕組んだとか、言われかねないと思う。だから、付き人っぽい女性から、助けを求められて動く必要がある。あっ……。
蝶のようなものが消えた。それと同時に、彼は、膝をついた。攻撃を受けたんだ。素早く術を唱えているけど、着物は左肩に血がにじんでいる。
「ハッ! く、クソッ」
付き人っぽい女性が、糸を切ろうと必死にもがいている。でも、動くとどんどん締めつけが強くなっているようだ。物防バリアの効果で怪我はしていないけど、なかったら糸で身体が切れていると思う。
「暴れないでください。バリアの効果が薄れていきます。バリアが壊れると、その糸で身体が切られますよ」
俺がそう言うと、彼女はキッと俺を睨んだ。やはり、俺を敵視しているんだよね。あっ、橋の下の住人を助けに行ったから、怒っているのかも。
「じゃあ、貴方がなんとかしなさいよ!」
「それは、俺に、安倍晴明様の救出に行けということですか」
「リント、危険だよ。安倍晴明様の近くには狐がたくさんいる」
「えっ? 狐って、一匹じゃないんですか」
「当たり前でしょ! 助けられるものなら、助けてごらんなさいよ」
(よし、言ったね)
「わかりました。行ってきます」
俺は、安倍晴明の方へと駆け出した。
「青空 林斗? 危険だ。下がっていなさい」
「安倍晴明様、お弟子の女性に、助けに行けと言われまして。いま、この時間は貴方には不利な時間帯なんですね。俺に、任せてもらえませんか」
「無茶を言うな! そなたには見えておらぬだろうが、この付近には、百体を超える妖怪と、十数体の狐がおるのだ」
「そうですね、見えていないのが多いと思いますが、なんとかします」
俺は、彼にバリアを張ろうかと思ったけど、やめた。霊力を集める妨げになるかもしれない。
そして、俺は自分の魔力残量を確認した。うん、普通に使った分が減ってる。回復はしないのか。回復アイテムはあるけど、あれは、何個あったっけ? とりあえず、節約する方がいいよね。
ということは、全部倒そうとするんじゃなくて、紅牙さんみたいに派手なことをする方がいいかな。
俺は、両手を上にあげ、魔力を放った。
『バーニング・バード!』
『アイス・バード!』
『サンダー・バード!』
火、氷、雷、それぞれの属性の大きな鳥が、上空に数体ずつ現れた。
『妖怪をおどして! 傷つけてもいいけど、殺さないように』
俺が手をさっと振り下ろすと、三属性の鳥たちは、妖怪達に襲いかかった。あっ、バードが通り過ぎると、影が見える。あれが姿を隠している狐か。
なんだか、たまゆら千年樹の最下層のボス部屋を思い出した。あのときカルデラも、火の鳥が通り過ぎると、居場所がわかったんだよね。
そして、俺は刀を抜いた。
強化魔法をかけ、そして、さっきと同じく、雷をまとわせた。刀をブンと振ると、あたり一面に、雷撃が飛んでいった。
ギャー!!
「バケモノだ! 撤退するぞ」
妖怪の一人が笛を吹いた。すると川の上流の方へと、妖怪達は逃げ始めた。
「青空 林斗、狐を捕まえろ!」
安倍晴明が叫んでいる。そんなこと言われても、見えないんだけど。
バードが飛び回るあたりに何かいるのかな。俺は、刀をブンと振った。二体が姿を現して倒れた。狐というより、少年なんだけどな。
俺は、魔力節約のために、三属性の鳥は、一体の火の鳥だけを残して消した。残った一体は、狐の場所を知るための監視道具だね。
俺は、倒れた少年二人に近寄った。二人は、すごく怯えている。雷撃で、かなりやられたんだな。
「二人とも大丈夫? ちょっと話を聞きたいんだ。言葉はわかるよね」
俺がそう尋ねると、コクコクと頷いた。傷口が痛々しいが、治すと逃げられるよね。
すると、安倍晴明が近寄ってきた。そして、少年二人に向けて無言で術を放った。
「ちょっと、安倍晴明様、一体何をなさるんですか!」
少年二人は、血を吐き、突っ伏した。
「狐狩りだ」
俺は、瀕死の二人に、治癒魔法を使った。
『ヒール!』
『オール・バリア!』
『バリア・グラビティ!』
彼らの怪我は、さっきの雷撃のダメージも一気に回復した。二人の少年は驚いた顔をしている。
「大丈夫? 身体が重いよね。バリアを張ったついでに、重力を付加した。話を聞かせてくれたら解放するから」
「青空 林斗、そなたは、やはり妖怪だな?」




