96、平安時代993年 〜この広い川が発生源?
俺に向かって、妖怪達がバタバタと走ってきた。
『チャージ・サンダー』
いろいろな種類がいる。でも、だいたいの奴らは足元が濡れてるから、雷が有効だよね。
俺は、妖怪達を殺さないように気をつけながら、攻撃力を奪っていった。大きな武器を振り回す奴らは足を狙い、よくわからない術を使う奴らは腕を狙った。
ギャーギャーと、すんごい悲鳴をあげる奴もいた。たぶん、それが、作戦みたいだな。俺も少し驚いた隙に、反撃された。でも、なんとかギリギリかわしたけど。
たぶん、橋の下の住人を襲っているコイツらには、そんなに強い妖怪はいない。安倍晴明を取り囲んでいるのが主力なんだと思う。
しばらくすると、俺に向かってきていた妖怪達は逃げ始めた。安倍晴明の方へ行ったみたいだけど、彼は妖怪には強いって言ってたから、大丈夫だよね。
俺は、橋の下の住人に近寄った。何人かは怪我をしているみたいだ。でも、俺を、人々は怖がっているみたいだった。あっ、そうか、刀……。
俺は、刀にまとわせた魔法を消し、魔法袋から、刀の鞘を出した。そして、刀を鞘におさめて腰にさした。
「皆さん、大丈夫ですか? 怪我をした人は見せてください」
俺がそう言うと、7〜8歳に見える男の子が、俺を呼んだ。
「母ちゃんが、オラをかばって殴られた!」
少年が指差す方を見ると、河原にうずくまる女性がいた。額から血が流れていて、意識もうつろなようだ。
「わかった、ちょっと離れてくれる?」
俺がそう言うと、男の子は少し離れたが、他の住人は近寄ってきた。
魔法を近くで見せるのは、マズイかもしれない。ちょっと戸惑ったけど、まぁ、仕方ないか。この人達は、こんな場所に追いやられているから、俺と陰陽師の違いもわからないよね。
『ヒール!』
俺は、彼女の額に手を向け、ゆっくりと治癒魔法を使った。一気に治したら、やはりマズイと思ったんだ。明るい屋外だから、光の小細工はしなかった。
「う、うう……」
「母ちゃん、母ちゃん! わかる? オラがわかる?」
少しずつ傷が治り、彼女は意識を取り戻した。まだ、少し傷口が目立つけど残しておこう。俺は、彼女の意識が戻ったところで、治癒魔法を止めた。
「あ、あなたは……」
「俺は、青空 林斗です。頭以外に痛いところはないですか」
「は、はい。もう、どこも痛くありません。青空様は、陰陽師なのですか? お支払いできるものは、私には……」
「そんなのは不要ですよ。元気になってくれたら、それが一番ですから。他には、怪我をした人はいませんか?」
俺が、彼女の怪我の治療をしたのを見て、何人かが近寄ってきた。俺は怪我人に治癒魔法を使った。
だけど、一方で、俺が腰にさした刀を見ている者達もいた。邪気を感じる。盗むつもりなのか。
俺が、彼らに目を向けると、ギョッとしたように身体を硬直させている。
そういえば、橋の下の乞食は、身ぐるみをはがすとヤスさんが言っていたっけ? でも、欲深い印象は受けなかった。たぶん、生きるためなんだ。
刀ならそれなりの金額で売れるのかもしれない。でも、それでは、その場しのぎにしかならない。
「俺の刀を狙っているのですか」
俺は、彼らに問いかけた。慌てているけど、でも、開き直っているのか、邪気は晴れない。
「ちょっと! おまえ達、助けてくださった方の持ち物を狙うだなんて、どれだけ性根が腐ってるんだい!」
気の強そうな婆さんが、彼らを叱りつけた。婆さんに叱られると、みな、ハッとした顔をしていた。
うーん、彼らは、何かに取り憑かれてるのかもしれないな。さっき見えた邪気だけが、川の方へと移動した。あれが、怨霊なのかも。
「お婆さん、いま、彼らからモヤモヤしたものが、川の方へと移動していきました。何かに取り憑かれていたのかもしれません」
「青空様、川にはたくさんの死者の霊が流れているのです。たまに私達を惑わすのです。惑わされる者は、心が弱いという証拠です」
お婆さんは、それがまるで日常の……普通のことのように話した。えっ? 平気なの?
「そんな霊と触れ合って、大丈夫なのですか」
「なぁに、死者の霊は、何もできないですよ。生きている人間の方が、千倍怖ろしい」
この婆さんはすごいな。たぶんこの人達の長か何かみたいだ。ここもある意味、集落だもんね。
でも、川沿いを歩いていたときには、小屋があったけど、この付近には小屋らしいものはない。橋の下の人達は、最も身分が低いのかもしれない。
「俺は、京に来たばかりなんですが、あなた達は、橋の下で暮らしているのですか?」
「そうさ、私達には家がないからね」
「食べる物は、川から得るのですか」
「青空様は何もご存知ないのですな。京の闇は深いのですよ。私達は、人のゴミを食べ、妖怪の捨てたものを食べて、生きているんですよ」
ゴミ? えー……。俺はどう返事すればいいのかわからなかった。だから、みんなこんなに痩せているのか。
川沿いの小屋付近の人達も痩せていると思ったけど、橋の下の人達は、骨と皮しかないんじゃないかと思うくらい痩せている。
「困らせちまいましたな。すみません。私達のような存在がいることで、貧しい人達もまだマシだと思って生きられるんですよ」
「なぜ、あなた達は……いえ、なんでもありません」
「ふっ、罪人ではないですよ。居場所を失ったら、川沿いにしか生きる場所がないだけです」
「そう、ですか」
そうか、この人達は、きっと……死ぬと川を流れる邪気と結びついてしまうのか。万年樹は、俺を、怨霊が大発生する場所へ送り届けたはずだ。
(この川か……)
川幅は広く、向こう岸に渡るには、船が必要だろう。俺の知る鴨川より何倍も広い気がする。
京の街を流れる大きな川は、人々の怨霊が集まり、そして川沿いで生きる人達をものみ込んでいくのか。
俺は、川を注意深く眺めた。確かに、モヤモヤがたくさん浮かんでいる。それに、死者を川に流す習慣があるのか?
しかばねが、流れの緩やかな川底に、たくさん積もるように重なっている場所もある。
この環境を変えることが、俺に課された使命なんだ。しかし、いったい、どうすれば……。
「あっ、青空様! 安倍様の方に、狐が! 早くこちらへ」
突然、人々が河原の草むらへと逃げ込み始めた。妖怪よりも怖がっているのかな? いや、狐も妖怪なんだっけ。
婆さんが、俺をかくまおうとしてくれたみたいだ。
「皆さんは、隠れていてください。俺はちょっと様子を見てきます」
そして、俺は、走り出した。




