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91、平安時代993年 〜幅の広い川にかかる大きな橋

 あまり美味しくはないけど、食べられないほど不味いわけでもない。まぁ、団子だよね。でも食べると、全身を何かが駆け巡るような感覚があった。


(あれ? 疲れが消えた感覚はないけど?)



「食べたけど、これ、何? 疲れが消えてないよ?」


「当たり前でしょ。それは、魔力回復薬よ。今、全回復しているわよね?」


「あー、うん、そうだね」


「今後、食べるとその状態まで回復するから」


「じゃあ、現地の人に渡すものじゃないんだ」


「は? トラベル先に、魔力を持つ人間はいないわよ。それは魔力しか回復しないから」


「トラベル先には、魔法はないの?」


「あるんじゃない? ただ、魔法を使うのは西洋系の妖怪ね。日本の妖怪は妖力、そして一部の人間は霊力を使うわ」


「え……なんだか、厳しそうな世界だね」


「だから、その回復薬が必須なのよ。魔力の源となるマナは存在しないから、眠ってもあまり魔力は回復しないからね」


「えっ!? そうなの?」


「寝たら全回復だなんて、平和ボケしてんじゃないわよ。霊力なら回復するだろうけどね。たぶん、霊気だらけの世界よ」


「そ、そっか。わかった」


「回復薬は貴重品だし、大量の武器を持ち込むから、今回の布袋は、魔法袋になってる。装備したら、外れない仕様だから。シャワーするなら、袋を下げたままでいいから」


「シャワーなんて、ないだろうけど……水に濡れても大丈夫なんだね。わかったよ」


「それから、忘れてるだろうけど、浮き島に戻る手掛かりも探しなさいよ」


「覚えてるよ。でも、眷属けんぞく達とあまり長い時間、離れていられないんだよね?」


「さぁ? 2〜3週間なら平気じゃないの? えーっと、トラベル先では一年くらいかな?「:


「えっ? あ、そっか。時間の流れが違うんだっけ。じゃあ、あまり気にしなくてもいいね」


「は? 何を言ってるの? 不測の事態が起こるかもしれないんだから、あまりトラベル先での無駄な長居はダメだからね」


「そんなことしないから」


「それならいいけど」


「じゃあ、行ってきます」



 俺は、魔法袋を腰に装備し、転移魔法陣に近づいた。そして、トラベル時間を確認した。



【トラベル先滞在時間】55,294分


(注)ドロップ品に着替えてください。トラベル先に持ち込み可能な物以外の物を所持していると、タイムトラベルできません。現代の持ち物は、すべて指輪へ収納してください。



(今回は、時間を気にしなくていいね)


 921時間ちょいか。38日ちょっとだね。一ヶ月もさすがにいられないけど。



『タイムトラベルを開始します。現地の天候は晴れ、気温8度』


 やわらかな光に包まれ、俺は、過去へと旅立った。



 ◆◆◆



『到着しました。滞在時間は残り55,294分です』


 うー、気持ち悪い。長かった。千年くらい遡ったのかな。


 あたりを見渡しても何もない。時間は明け方なのかな? かなり寒いけど、秋かな? 少し木々が紅葉しているみたいだ。


 ここは、どこなんだろう? 水の匂いがする。川が近いのかな? 俺は川を探そうと遠視魔法を使った。魔法は普通に使える。すぐ近くに幅の広い川を見つけた。とりあえず、川に向かおうかな。



 少し歩いていると、朝日が昇った。すると、あたりは一気に明るく輝いた。ここは、随分と都会なのかもしれない。


 大きな屋敷がたくさん見える。それに、街も整備されているようだ。川には大きな橋もかかっている。あれ? 川が二本? 違うか。大きな中洲があるんだ。


 橋の近くには、掲示板みたいな板があった。


(うわっ、達筆すぎる……)


 字が読みにくいけど、絵も描いてある。三条大橋に、妖怪が集結する? 妖怪って、山の中にいるんじゃないの?


 掲示板には、他にも、物騒な事件が書かれている。かなり治安が悪いのかもしれない。あっ、これは求人? 陰陽道? よくわからないや。正暦四年? ちょっと待って。西暦じゃなくて正暦? そんな元号あるの?


 俺がジッと掲示板を見ていたからか、現地の人が寄ってきた。農家なのかな? 頭に手ぬぐいを巻いている。


「見かけないお人だが、お公家様のお付きの方かえ?」


「えっ? いえ、旅の者です。この場所は三条大橋なのでしょうか」


 俺がそうこたえると、彼はホッとした顔をした。お公家様関係だと困るから、そうたずねたのかもしれない。


「ここは、五条大橋だよ。三条大橋はもっと上流で、夜には妖怪達が暴れ回るみたいだよ」


「あっ、これですね」


 俺が、さっきの妖怪が集まる記事を指差すと、彼は驚いた顔で頷いた。


「兄さん、字がわかるのかえ?」


「えっと、なんとなく……」


「その身なりも、しゃんとしておられるから学のある人だとは思ったが。その若さでそれなら、あの方を捜しに来られたのかい?」


「あの方?」


「安倍晴明様だよ。たいした爺様だ。各地から弟子になりたい者が詰めかけているらしいが。彼の屋敷はもっと北ですぞ」


 ええ〜っ? 安倍晴明って、有名な陰陽師じゃないか。ってことは、ここは京都の平安時代だ。うん? 五条大橋って、弁慶と牛若丸の橋じゃないの?


「そうでしたか。じゃあ、ここ、五条大橋は、弁慶と牛若丸の橋ですね」


「弁慶? 牛若丸? はて?」


 あれ? 知らないの? あっ、そっか、源平の時代よりも古いんだ。平安時代って長いよね。安倍晴明は、中期かな。そのあたりの記憶はあやしい……。


「あの、鞍馬の……」


「鞍馬!? 北の山だよ。だが、関わらない方がいい。妖怪がウヨウヨしているからね」


「そ、そうですか。ありがとうございます。では、行きますね」


 俺は、その男に挨拶をすると、持っていけと、カブのような物を渡された。旅の者だと言ったのに、大きな風呂敷包みも持っていないことから、盗賊に盗まれたと勘違いしたらしい。


 確かに食べ物は、全く持っていなかったから、助かる。ついでに、川の土手を降りて、川沿いを進めば、いろいろな食べられる物が見つかると教えてくれた。


「ありがとうございます。助かりました」


「気をつけて行きなされ。早ければ、昼過ぎには、彼の屋敷にたどり着けるよ」


 俺は、軽く頭を下げ、川の土手を降りた。



 洪水が繰り返されているのか、川沿いには、壊れた家屋の残骸や、折れた木々、人の着物までが転がっている。いや、着物だけじゃないね……。


 土手のない場所もある。あっ、夏から秋にかけて台風がくるから、壊されたのかな? 治水工事をしていないのかもしれない。


 少し歩いていると、川沿いに住む人がたくさんいることもわかってきた。俺を遠くから、怯えた目で見ている。


(俺が怖いの? どうして?)



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