89、万年樹の島 〜紅牙のチカラ
しかし、なんだか予想以上に人工魔物の数が多いな。それに、オリエンテーション中だった人達が、散り散りになっていて、バリアを張って回るのも大変だ。
でも、やはり、バリアが優先だよね。というか、バリアを張るために回っていると、それなりに人工魔物を倒さなくてはいけない。時間はかけていられない。急がないとね。
次々と倒しているし、紅牙さんもどんどん倒している。だけど、全然減らないように見える。まさか、倒すより、入り込んでくる量の方が多いのかな。
『万年樹の妖精が、新規の侵入者は、この階層に来るように誘導しています』
『えっ? スキル、それ、まじ?』
『はい、今は、この階層だけが外と繋がっています』
『だから減らないように見えるんだ。他の階層の様子はわかる?』
『はい、少しずつ減らせている階層もありますが、厳しい階層もあります。この階層を一気に制圧してください』
『えー……まだ、バリアを張り終えてないからさー』
『あと、3グループで完了です』
『わかったよ、頑張る』
幼女は、海底都市から逃げた人工魔物をここに送れば一番被害が少ないと思ったのかな。いや、俺達が助っ人に来たから、そうしたのかもしれない。
残る人達にバリアを張り終えると、紅牙さんが叫んだ。
「リント、それで、もう何やっても平気やな?」
「えっ? あ、はぁ」
「じゃあ、おまえもしっかりバリア張っとけ」
そう言われて、俺は自分にオール・バリアを張った。
その次の瞬間、閃光が駆け抜けた。何? 俺も何かの圧力を受けたけど、なんとか立っていられた。
(す、すごい!)
紅牙さんは、この場にいた人工魔物を一瞬で消し去った。
「さすが、精霊の使徒やな。俺の刃を受けても平気らしいな」
「えっ? あっ……木々が……」
「かまへん。精霊が直すやろ。一撃にすることに意味があるんや」
閃光の後で侵入してきた人工魔物達は、慌てて逃げていった。なるほど、とんでもないバケモノの巣だと感じたみたいだ。ピタリと侵入が止まった。
(すごい〜)
そっか、わざと一撃で殲滅するところを見せたんだ。もうこれで新たに入り込んでくることはないよね。
そういえば、さっき、スキルも一気に制圧してくれって言っていた。これが、奴らとの戦い方なんだ。
「リント、新人冒険者のバリアを解除したれ。おまえのバリアから抜け出す能力なんて、あらへんで」
「あ、はい」
俺は、バリアを一斉に解除した。
すると、幼女が移動してきた。
「みんな、大丈夫〜?」
幼女が現れると、冒険者達は、ホッとした顔をしている。
「きのこ、他の階層は、どないなってんねん?」
「だいたい制圧できてるよ。さっきの閃光にビビって撤退したのも多いからねー」
「下の方まで届いたか?」
「6階層くらいまでは届いてたよ。それより奥には人工魔物はいないから、まぁ、ギリギリかな」
「ふーん、なんや、その程度やったんか。リントのバリアの精度がわからんかったから、遠慮してしもたな」
「確かに半人前は、半人前だからね」
なんだか、地味にバカにされている気もするけど、まぁ、仕方ないか。俺は、戦い方さえ、イマイチわかってない。
「しかし、なんでこんな大量に逃したんや? 海底都市の爆破前には、すべての人工魔物を眠らせる予定やったんちゃうんか?」
「アイツが逃したんじゃないのー? まぁ、人工魔物も、生き物だからね。海の中で、新たな環境に適応できればいいんだけど」
「まぁ、せやな。人間が勝手に作り出して、制御できへんようになったからって虐殺するんは、やっぱりおもろないわ」
逃したのは、無の怪人なんだよね。紅牙さんは、好意的にとらえてるのかな? でも、アイツは、人間を滅ぼすために、人工魔物を逃したんじゃないのかな。
「リント、おまえ、なんとかしたれや」
「えっ? 何をですか?」
「アイツ、最近、怨霊を集めすぎて、おかしくなっとるんや。自我をなくすと、厄介や。分離できたらええねんけどな」
俺は、紅牙さんが何を言ってるのか、理解できなかった。
「無茶苦茶なことを言ってるよね。精霊にできないことが、半人前にできるわけないでしょ」
「きのこ、アホか。あのバケモノは、リントには逆らえへんねんで? ただし、怨霊の影響がこれ以上強くなったら、逆にリントを殺そうとするやろけどな」
「えっ……どうしてですか?」
「当たり前やないけ。あのバケモノを縛る存在を消せば自由になれるやろ」
「俺が、あのバケモノを縛る存在……」
「リンゴの妖精やからな。リンゴ王国の王子には従うやろ。妖精は、身分差が半端ないからな。地上なら人権侵害で訴えられるとこや」
でも、そんなこと言われても、どうすればいいのか、全くわからない。
あっ、あのとき……念話で話したとき、もしかして、アイツは、俺に助けてくれって言おうとしていたのかな。
あのときは、俺は人間の姿だったけど、今は完全に妖精の姿だ。だから、いろいろと研ぎ澄まされるみたいなんだ。あのときの言葉は、俺が思っていたのとは逆かもしれないと思えてきた。
俺のことをリンゴと言ったと感じたけど、もしかしたら、アイツは、自分がリンゴの妖精だと名乗ったつもりかもしれない。
噛み合わなかったのは、言葉が途切れ途切れで、それを聞き取ることに俺が集中したからだ。先入観があった。アイツは、俺のことをたずねているのかと思い込んでいた。
妖精なら、王族に対して、いきなり質問などしない。自分の紹介からする。そうだよ、俺、アイツの言いたいことが、全然つかめていなかった。
あのとき、なぜかアイツが泣いているような気がした。俺が理解できなくて悲しかったか……いや、絶望したのかもしれない。
(ヤバイかもしれない)
「紅牙さん、アイツ、泣きそうになったんです。目鼻口はなかったけど、そう感じたんです。もし、俺に助けを求めたのに、俺が理解しなかったことに絶望したなら……」
「ヤバイで。怨霊に取り込まれるかもしれん。圧倒的に、リンゴのバケモノの方が強いけど、怨霊の量が半端ないからな」
「どうすれば……」
俺がそうたずねると、紅牙さんは幼女を見た。すると幼女は、ぶすっとした表情で頷いた。
「リント、過去に行け。この地の怨霊が大発生した時代があるんや。おまえに近づく、リンゴの妖精と波長の合う怨霊を減らしてこい。あのバケモノも、そこに出入りしとるはずや。万年樹が導く」
「半人前、言っておくけど、あんたが死んだら大量の眷属も死ぬからね」
「わ、わかった……」




