88、万年樹の島 〜のっぺらぼうは、無の怪人
「でも、紅牙さんが来てくれたから、奴は消えたんですよ」
「なんでやねん? もともと撤退する気やったんちゃうか。おまえが、万年樹を守ってるなら、あのバケモノは手出しせんやろ」
紅牙さんは、あちこちを見渡し、被害状況を確認しているみたいだ。俺の方を見ないで話している。
「どうしてですか? というか、そもそも、奴がここに何をしに来たかも不明です。海底都市の爆破から逃げ出しただけかもしれないし」
「リント、おまえなぁ。どんだけのんびりしとんねん。あのバケモノが何者かわかってへんのか? 無の怪人とか呼ばれとる、すべての元凶やで」
「えっ? でも、なんかドス黒い霧みたいなのが出てきても、のっぺらぼうは、それを引っ込めてくれましたよ? そっか、顔がないから無の怪人なんだ」
「おまえが命じたんやろ。うん? のっぺらぼう? 顔を見てへんのか?」
「目鼻口は、なかったです」
「ふぅん、そうか。おまえの前で、おまえのフリはできへんわな」
「俺に似ているんですか?」
「あぁ、おまえが精霊の使徒スキルを使ったときの顔に、そっくりなんちゃうか。妖精の顔や。ただ、目は死んでるから表情で見分けはつくけどな」
「さっきの奴が、一番最初に実験に使われて死んだリンゴの妖精の一人なんですね。なんかイメージとは違って、普通の人みたいだったけど」
「一人ちゃうで。集合体や。それに、黒いもやもやした物は、この地に古くからいる怨霊やで」
「そっか、だから、何かと葛藤しているような、かみ合わない感じだったのかな。話してても念話が途切れて、よく聞こえなかったんです」
俺がそう言うと、紅牙さんは驚いた顔で俺の方を向いた。
「いま、なんて言うた? 念話で話したのか? バケモノが?」
「はい。途切れ途切れですけど、俺が普通に声で話したことに、念話で返事してくる感じでしたよ」
「何を話したんや?」
「俺がリンゴ王国の第二王子だとか、万年樹の精霊の使徒だと話しました。そして万年樹を守る義務があることも」
「アイツ、まだ会話ができるんか。もう完全にドス黒い怨念に飲み込まれたと思っとったけど……」
「リンゴの妖精が取り憑かれているのですか?」
「取り憑かれてるのとは、ちょっとちゃうなー。バケモノが吸収しとるんや。怨みを持つ何かをエネルギーにしてるんやろ。あれ? カプセルは?」
「魔物が乗ってたカプセルですか? 奴と一緒に消えました」
「チッ、カルデラもおったんかいな」
カルデラといえば、たまゆら千年樹の5階層のボス部屋にいた、見えない魔物だよね。
「いや、わからないですけど」
「まぁ、カルデラは見えへんからな。アイツはどうやら、この時代の魔物じゃないみたいやからな」
「えっ? カルデラは、タイムトラベルしてきたんですか」
「うーむ、ようわからんねんけど、カルデラ自身はタイムトラベル能力はないと思うで。無の怪人は、精霊の守るダンジョンに入れへんから、それのサポートをしてるんちゃうか?」
「仲間なんですか? 無の怪人とカルデラって?」
俺がそう尋ねると、紅牙さんは少し困ったような表情を浮かべた。そして、頭をポリポリとかきながら、口を開いた。
「わからん。ただ、目的は同じみたいや」
「目的?」
「あぁ、すべての人間を消す気みたいやな。人間を怨んでる点は同じやな」
リンゴの妖精は、実験で人間に殺されたから怨みがあるのはわかる。カルデラも似た経験があるのか。姿が見えないのも、幽霊だからかもしれない。
「とりあえず、アイツらは、もう万年樹は襲わんやろ」
「あのカプセルは?」
「海底都市から運んだんやろ。カルデラはカプセルを自由に浮遊させるからな。まぁ、アイツらの餌ちゃうか?」
「エサ?」
「あぁ、カルデラが魂を喰うてることはわかってるんや。無の怪人は、怨霊を吸収するから、カルデラに喰われた怨みの念を、無の怪人が吸収しとるんやろ」
「魂を喰われて、怨みの念が残るんですか?」
「さぁ、そのあたりは、よーわからん。せやけど、互いに協力関係にあることはわかってる」
「そう、ですか」
紅牙さんは、万年樹を見上げた。
万年樹は語りかけるように、枝葉を揺らしていた。なんだか光ってる?
「リント、そこのバリアが邪魔や。解除して土壁を壊せ」
「あ、はい。土壁は、俺じゃなくて、きのこさんですけど」
「あの婆の土壁くらい、簡単に壊せるやろ」
(婆って言った?)
俺は、バリアを解除した。すると紅牙さんが、土壁を叩き壊していた。す、すごい……。
「あぁ、せや、おまえらの剣、今、作ってるから、もう少し待ってや。急ぎの仕事が続いてたからな」
「はい、わかりました」
そういえば、紅牙さんに、精霊たまゆらの黒い涙の対価として、剣を依頼したんだったよね。
ミカトは、一年以上かかるんじゃないかって言ってたけど、もう作ってくれてるんだ。
土壁が壊れてしばらくすると、万年樹からブワッと強い風が吹いた。すると、草原の草花が息を吹き返したようだ。
さっきのドス黒いオーラみたいな霧みたいなもので、完全にしおれてしまっていたのにな。これが、万年樹の力なんだ。
「草原は、もう大丈夫や。ダンジョン内は、海底都市から逃げ出した人工魔物で、大変な騒ぎになってるみたいや。助太刀に行くで」
「あ、はい」
俺は、紅牙さんの後についていった。万年樹に触れ、ダンジョンへと入った。
「うわぁ、ひどいですね」
「この階層に送り込まれたってことは、ここが一番酷いんやろ。まさかのオリエンテーション階層やんけ。全部、始末するで」
「はい」
紅牙さんは、そう言うと、もう魔物の群れに突っ込んでいった。大きなオノのようなものを振り回して、なぎ倒している。凄まじい破壊力だ。俺も負けていられない。
『スキル、「精霊の使徒」を発動してください』
『かしこまりました』
俺は、スキルを発動した。銀髪に妖精の顔、そして黒いシャツとズボンに、銀色のローブ。相変わらず派手だよね。
すべての動きがだんだん遅く見えるようになってきた。俺のスピードが跳ね上がっているためだ。
俺は剣を抜いた。
(オリエンテーション中だったんだ……)
あちこちに、散り散りになって怯える人達がいる。まずは、その救助かな。幼女が、土壁を出しているけど、すでに壊されている場所もある。
俺は、人工魔物を倒しながら、怯える人達に近づいた。
「もう大丈夫ですからね。バリアを張ります」
俺は、なるべく優しい笑顔を作って、あちこちに散っている小グループに、バリアを張ってまわった。
次回は、5月30日(土)に投稿予定です。




