81、国立特殊技能高等学校 〜あのときの話
「おはよう、青空くん達」
「ミカトくん、スイトくん、リントくん、おはよう」
中村さんと早瀬さんは、いつもの挨拶だ。
「おはよう、中村さん、早瀬さん」
なんだか、俺は、中村さんが青空くん達と、三人ひとまとめに呼ばれることが、引っかかった。いつもの呼び方なのに、どうしてだろう? なんだか、変だな、俺。妖精になったせいかな。いや、もともと俺は妖精なんだけど。
俺は、ぼんやりと座っていて、先生が入ってきたことにも気付いていなかった。だから、彼らが入ってくる気配で、何事かと焦ったんだ。
ガラリとドアが開いて、10人ほどの人が入ってきた。
「一年から一緒の人は、知っているだろうが、初めての人もいるから、一応さっと自己紹介しとけ〜。元学年委員長からいっとくか」
先生がそう言うと、一番目立つ女子が、一歩前に出た。
(あ、あの子……)
「初めましての皆さん、お久しぶりの皆さん、小川 瀬里奈です。一部の報道でもご存知の方が多いかと思いますが、おととい無事生還しました。ただ、失踪したときから時は止まっていたみたいで、姿は高1のままなんですけどね」
中村さんと仲の良い人だったよね。クラスの人気者なんだ。瀬里奈コールが起こっていた。それを彼女は手で制した。すごい、ピタッとみんな静かになったよ。
「それから、私のここ、でっかいニキビじゃないからね。朝から何人にも言われたし、他の生還者も言われてて大変だと思うから、説明しておく。構いませんよね? リントさん」
いきなり彼女は、俺をまっすぐに見た。まぁ、どこまで話す気か知らないけど……ん? えっ!?
「青空 林斗がどうしたって?」
先生は、不思議そうに俺を見た。はぁ、もう好きにして。
「小川さん、お任せします」
俺がそう返事をすると、彼女は、左手を胸に当て軽く頭を下げた。こんなところで、それをする?
彼女は、ニコリと笑って、みんなの方を向いた。
「私達は、氏神様の神社で拉致されて、たまゆら千年樹の最下層に、ずっと監禁されていたの。姿が変わってないのは、人面樹にされていたためよ。私達は、ずっと眠っていたわ。時々、誰かが話しかけてきてた。樹を触って泣いていたから、その人も閉じ込められていたのかもしれない」
(それって、殺人鬼の話だよね)
人の姿をしていたけど、科学者によって生み出されたバケモノなんだっけ。魔力は回復しないから、確か、捕らえられていた人達から魔力を吸っていたはずだ。
でも、普通の人は、魔力は眠ると回復するから、害にはならないかな。本人も気づいてない程度みたいだし。
「不思議なことに、どれだけ時間が経っても、お腹は減らなかった。樹にされていたから、地面から必要な栄養を吸い上げていたんだと思う。でも、石の扉の奥から声が聞こえると、身体が溶けるような感覚になって怖かったわ」
(あの魔物達の声……いや、カルデラのこと?)
石室の中にいた魔物達が、魂を喰っていたのか。腐木の精霊が何かしていたのかもしれないけど。
「時間の感覚は、だんだんとわからなくなっていったの。丸二年も経ったんだね。そして、だんだん、身体の感覚もなくなってきた。そろそろ死ぬんだろうなって思うようになったよ」
すると、クラスのあちこちから、すすり泣きが聞こえた。そうだよね、クラスメイトのこんな話……。
中村さんも、顔を伏せている。聞くのも辛いよね。
「でね、おととい、石の扉の先の魔物を追い払った人達がいてね。その人達が、私達を樹に変えていた精霊に術を解かせたみたいなの。その精霊はそのままどこかへ行ってしまったわ」
(俺達のことは、言わないつもりなんだ)
まぁ、クラスメイトだもんね。これからを考えると、言わない方がお互いやりやすいよね。でも、中村さんと早瀬さんは一緒にいたから知ってるけど。
「でも、術が解かれたら、身体の感覚がなかった理由がわかったの。手足はもちろん、胸から下も感覚なくて……腐ってた。あぁ、死ぬんだなって思った。でも、樹のままじゃなくて、人の姿で死ねるなら、まだマシだなって……なんだか、達観してたわ」
(意識はしっかりしていたんだ)
「そのとき、声が聞こえたの。頭の中に流れてくる不思議な声。生きたいか、って。人間の声じゃなかった。なんだか機械のような無機質な感じ」
(スキルかな? 無機質な感じだもんな)
「生きたいって願ったよ。そしたら無機質な声に、条件を提示されたの。私達が生きるためには、ずっと魔力の供給を受け続ける必要があるんだって。だから、その魔力を提供してくれる人の眷属になるって。それに、その人と同じ種族になるって」
(彼らに説明して、どうして俺には言わないんだよ)
あのとき、スキルは、そんなことは何も説明しなかったよね。俺が知らないってこと、わかってなかったのかな。
「ギブアンドテイクは当然のこと。だから、私はその条件に従うと返事したの。捕らえられていた全員が同じ選択をしたわ。だから、私達には仕えるべき主人ができたの。この額の赤いものは、主人から魔力供給を受けるための魔石なんだって。ニキビに見えるみたいだけど、魔力の高い人には、赤い石に見えるはずだよ」
彼女が、そこまで話すと、クラスはザワつき始めた。
それは、精霊の陰謀じゃないかとか、その主人が拉致した犯人なんじゃないかとか、クラスのみんなは怒っていた。
小川さんは、この学校のカリスマみたいな憧れの存在なんだ。なのに、奴隷のような身分にされたことを、みんなが怒ってる。
「ちょっと待って。みんな、誤解してる。私達の主人は、私が拉致された頃は、まだ地上には居なかったよ。それに、眷属化することになるとは知らなかったみたい。だから全然、何の仕事もくれないの。あ、やっと探し物の仕事をもらったんだっけ」
そう言うと、彼女は、俺の方を見た。その視線を追うように、他のクラスメイトの視線も、こっちに集まった。
「えっ……瀬里奈の主人って、まさかリントくん?」
クラスメイトに尋ねられ、彼女は微笑んだ。
「それは、内緒〜。ということで、皆さんよろしくお願いします」
「瀬里奈、でも、このクラスに入るの? 1〜2年の勉強してないじゃん」
すると、先生が口を開いた。
「昨日、編入試験を受けさせたが、みんなできていたんだ。だから、このクラスに戻すことにした。不思議だと思ってたが、やっとスッキリしたよ。眷属に知識を分け与えたのか? 青空 林斗」
(ちょっ……)
クラス全員の視線が突き刺さった。




