75、万年樹の島 〜まわりの視線が気になる
俺達は、食堂に入った。でも、食堂の前は、如月 賢太のファンで大変なことになっていた。
席に案内されても、大量の視線を浴びる感じが落ち着かない。一方、額に赤い石をつけた彼本人は、全く気にしてないみたいだ。
そして、中村さんと早瀬さんは、カチコチに緊張している。早瀬さんはアイドルとか好きそうだけど、中村さんまで?
なんだか、俺はモヤモヤした。なぜだろう……別に中村さんがアイドル好きでも、俺には関係ないのに。
「アイドルって大変そうだね。いつもこんな視線が突き刺さる感じなの?」
「あっ、もしかして、ご迷惑でしたか」
「いや、迷惑とかじゃなくて、ちょっと落ち着かないというか」
ミカトが彼と話してくれてる。彼は、ミカトやスイトが妖精なのもわかってるみたい。やっぱ、俺の知識や感覚が伝わってるんだ。
「じゃあ、ちょっと追い払ってもらいますね」
そう言うと、彼は少し離れた席に座っていた人を呼んだ。そして耳打ちしてる。でも俺には聞こえてしまうんだよね。
店に迷惑になるからっていう説明では、無理じゃないのかな。都会の普通の女の子達とは違って、この辺にいる人は、冒険者なんだから。
すると、彼が俺の方を向いた。
「リントさん、迷惑になるという理由では無理ですか」
「聞こえてたんだ。俺の声、筒抜けなの?」
「すみません。短い単語として聞こえます」
「何が聞こえた?」
「説明、無理、都会、違う、冒険者。なんだか単語がポツポツと聞こえます」
「そっか。それだと意味がわからないよね」
「なんとなくは、わかるんですけど」
俺は、店の外にいる人達に目を移した。女性が多い。中村さんと早瀬さんを指差して何か言ってる人もいる。なんだろう、ヤキモチ?
(あー、いいこと思いついた)
でも、あの人達を利用してしまっても、いいのかな?
「リントさん、どんなことですか」
「えっ、これも聞こえたの?」
「たぶん、リントさんの感情が大きく動くと、よりハッキリと聞こえるようです。もちろん、口に出すべきでないことの判断は、全員できているはずです」
「そう。あのね、キミのファンも利用できるかと思ったんだよね。クチコミって広がりやすいからさ」
「なるほど、そうですね。僕も、それは考えていました。マスコミも利用しようとは考えていますが……。あっ、彼女達は……」
そこまで話して、彼は中村さんと早瀬さんをチラッと見た。
「クラスメイトだよ。俺達が妖精だということは、知ってる」
彼は頷いた。この話は知らないのだと、即座に判断したんだな。賢いね、この人。
「では、どう言って追い払えばいいでしょうか」
「キミからのお願いはどう? レベル制が導入されてるわけだし、対象者達は、ダンジョン内で襲ってるみたいだからさ」
中村さんと早瀬さんが、首を傾げている。でも、彼女達には……特に早瀬さんには、ミカンの妖精を捕まえて人体実験をしようとする勢力の話は、やはり聞かせたくない。
「じゃあ、僕はレベル制は全く知らないことだから、これをネタに話してきます」
彼は、イラズラを思いついた悪ガキのような顔をしている。そして、席を立ち、店の外へ出ていった。
(えっ……まじ?)
彼の話を聞いて、店の外にいた人達は、瞬く間に居なくなった。えっ、そんなイベントやるの?
「リント、何? 俺もわからないよ」
「ミカト、なんだか、俺の想像を超えてるよ、あの人」
「うん? リントが指示したんじゃないの?」
えー、俺が指示したことになるのかな? 具体的なことは何も言ってないのに。
注文した定食が運ばれてきた。彼の分は、コーヒーだけなんだな。俺達は、遅い昼食を食べ始めた。
彼は、別の席にいる人と、簡単な打ち合わせをしている。マネージャーみたいだな。
「なんだか、緊張して味がわからないねー」
「うん、ほんと」
中村さんと早瀬さんは、まだ緊張してるんだ。なんだか、やっぱりモヤモヤする。
彼とマネージャーが、今度は店の人に話をしに行った。ここにいる人達にも、さっきのイベントの話をする気なんだ。
店内アナウンス用のマイクを借りたみたいだ。
何が始まるのかと、店内のお客さんはソワソワとし始めた。アイドルがマイクを持ったら、そりゃ注目するよね。みんな食事をやめて、様子をうかがっている。
俺は、気にせずに食べてるけど。
「えー、皆さん、こんにちは。突然ですみません。如月 賢太です。三年ほど行方不明になっていましたが、先日、ソロとして復帰しました」
パチパチと拍手が起こった。みんな、彼のことは知っているみたいだ。かなり知名度の高い芸能人なんだ。
「なぜ、如月がここにいるのかと、不思議に思われた方も多いですよね。僕は、三年間の変化に戸惑っています。今はそれを取り戻そうとしています」
声が聞きやすいのかな? 引き込まれるような話し方で、アイドルに無縁な感じのオジサン達も、耳を傾けている。
「レベル制が導入されたんですよね。僕はまだその手続きさえできてなくて、これから万年樹に行こうと思ってます。少しでも遅れを取り戻したいので、ちょっとイベントを考えました」
イベントと聞いて、女子二人が身を乗り出したのがわかった。うん、やっぱりモヤモヤするよね。
「すご腕の冒険者さん達に学ぼうというイベントです。ゲリラ的に、僕はあちこちのダンジョンに出没したいと思います。そこで出会って、僕にいろいろと教えてくださる冒険者さんに、お礼を差し上げるというテレビ番組企画です」
すご腕の冒険者を自称するオジサン達や、テレビ番組企画という言葉が響いた人達が、ちょっとザワザワし始めた。
「今日は、まだ打ち合わせだけなのですが、宣伝を兼ねて、ご挨拶させてもらいました。興味のある方は、ぜひご参加ください。ご清聴ありがとうございました」
アイドルスマイルを浮かべ、彼はマイクを店の人に返していた。店内のお客さんの、俺達に対する視線が変わったような気がする。
「リント、なんか、俺達までアイドルだと思われてない?」
「ミカトくん、それ、私も思った。なんだか芸能人だと思われてるかもしれない」
ミカトは俺に話したのに、早瀬さんが俺より先に会話をキャッチした。なんだか競り負けた感じで、少し悔しい。
「うん、まわりの視線が変わったなって思ったよ」
彼が席に戻ってきた。俺になんだか褒めて欲しそうな顔をしている。そうだよね、きちんと言葉をかけてあげなきゃいけない。下男の印を持つ者は、何よりも主人の言葉を待っているんだから。




