74、万年樹の島 〜5階層クリア
「な、なんだ。彼氏と一緒かよ」
中村さんに声をかけたオジサンは、その後は素知らぬふりをしていた。これって、中村さん流の撃退方法なんだよね?
で、でも、まだ腕が……。
彼氏だと言ったからか、中村さんはそのままずっと、俺の腕にしがみついていた。ボス部屋の列が進んで歩くたびに、ひじにちょっと当たるんだよ。ちょ、ちょっと〜。
これ、指摘する方がいいのかな? でも変な風に受け取られるかな? でも、だけど、このままだと……。
「リント、どうしたの? リンゴみたいな顔して黙り込んでるじゃん」
ミカトが不思議そうに話しかけてきたけど、無理。どう返事していいかわからない。
「リントくんって、リンゴの妖精だから、リンゴみたいな赤い顔になるの?」
早瀬さんがよくわからない質問をしている。たまに天然発言するよね。
やっと、俺達の順番になった。
ボス部屋の石の扉が開き、俺達は中に入った。
「今回は、私達がやるよ。ただついて回ってるだけっていうのは何か違う気がするし」
「えっ? あ、うん。みく、そうしよう」
中村さんは負けず嫌いだけど、早瀬さんは流れに任せるタイプだよね。中村さんが、こんなことを言い出すだろうってことは、予想していた。
ミカトやスイトも同じみたいだな。二人とも、なんだか苦笑いをしている。
「じゃあ、バリアだけ張るね〜」
『オール・バリア!』
俺は、一応、全員にバリアを張った。
「ありがとう。結花、行くよ」
「えーっと、頑張る」
ボスは、ゴリラみたいな魔物だった。体力タイプだろうな。
「なんか、俺達ヒマだね」
「ミカト、ボスの動きを見ておく方がいいぜ。ゴリラタイプは、レアだからな」
「スイト、どういうこと?」
あれ? 二人が一瞬驚いた顔をしたような気がする。俺、何か、変なことを言ったのかな?
「リント、5階層はボスがランダムなんだって。6階層から10階層までの、レアモンスターだったりするらしいよ」
「へぇ、知らなかった。さすがミカトだね」
「いや、スイトも知ってると思うけど」
(えー、俺だけ知らなかった?)
また、なんだか、ぼっち気分だよ。あれ? 女子二人は苦戦してるかも。
「ちょっと、俺、加勢してくるー」
「リント、邪魔したら叱られるよ」
俺はミカトに、変顔でフンッと返事をして、彼女達の方へと近寄った。
「な、何? リントくん」
「ちょっと、ぼっち気分になったから、離れてきた」
「あはは、何、それ〜」
俺は剣を抜いた。
「あれ? リントくんだけ?」
「うん、ミカトはヒマしてるよ」
「べ、別にミカトくんのことは聞いてないけど」
俺は思わず、ツッコミをいれそうになったけど耐えた。それなのに、中村さんがストレートなことを言った。
「結花、いい加減に、告白したら?」
「ちょ、みく、何よ、いきなり〜」
あー、こういうとこに、俺が居てはいけない。
「じ、じゃあ、俺、一撃入れて引っ込むね。女子トークの邪魔になるし」
「うん? なんかリントくんも女子っぽいから気にしなくていいよ」
「中村さん、どういう意味?」
「別に〜」
(ちょ、何それ)
俺は、思わず、ボスに八つ当たりしてしまった。一撃だけの言葉どおり、一撃だけなんだけど……。
ボゥオッ!
無意識に、俺は剣に、火魔法をまとわせていたみたいだ。しかも、かなりの火力で。
「あっ……」
「ちょっと、リントくん、横取りー」
「ごめん、無意識だった」
なんだか、中村さんは、優しい顔をしていた。なんだろう? その表情って、俺を女子だと思ってる?
「ふふっ、リントくんって、なんだか子供みたいだね。いたずら失敗して、しまった〜って反省してるみたいな顔だよ」
「えーっと……」
「リントくん、これは、みくの褒め言葉だよ、たぶん」
「えっ、たぶん?」
「あははは、もうっ」
なぜか、バシンと、中村さんに腕を叩かれた。結構、痛いんだけど。
「リント、何やってんの」
「あー、うん、ちょっと失敗したかな」
「だが、女子二人でこのボスはキツかったはずだから、まぁ、いいんじゃないか」
スイトが優しい。はぁ、なんか、俺、変だな。なぜ無意識に、火魔法を使ったんだろう?
ドロップ品を受け取った。念願の軽装備だ。
身につけてみると、すごい強くなったような気がする。防御力は、そんなに上がってないと思うけど、気分の問題だ。冒険者は、同じものを着てる人が多いし、やっと一人前になったような、そんな気がする。
しかも、軽くて動きやすい。だから、このボス部屋は、こんなに行列ができてるんだろうな。
女子二人も、うれしそうにしてる。あっ、でも、ちょっと疲れた顔だな。
ミカトも、気づいたみたいだ。
「早瀬さん、ちょっとキツそうだね。今日はここまでにしようか」
「うん、ちょっと疲れたかも」
「じゃあ、5階層クリアってことで、そっちの転移魔法陣から、外に出るよ」
「はーい」
俺達が、ダンジョンの外に出ると、太陽はかなり傾いていた。そういえば、おなか減ったよね。
「昼ごはんが、遅くなったね。ダンジョンの中は、混んでたからなぁ」
「ミカト、混んでたのは、5階層だけじゃない?」
「そうかも~。ってか、5階層の食堂に行ってみたかったし」
ミカトは、お食事ダンジョンもだけど、制覇したがるんだよね。
俺達は、ダンジョンを出てすぐの広場へ行くと、食堂の前に、ものすごい人だかりができていた。
「えー、ここもめちゃくちゃ混んでるじゃん」
「変だな、この店は、夜しか混まないはずだが?」
確かにそうだよね。夜遅い時間に、オジサン達が盛り上がっているのをよく見るよね。あれ?
店の中から、見覚えのある若い男が出てきた。
キャーキャー
黄色い声が、すんごい。
そして、その男は、俺達の方に近づいてきた。
「結花、ちょっと、あれって」
「キャー、如月 賢太じゃない?」
彼は、俺の前に来ると、左手を胸に当て、略式の礼をした。人前では、ひざまずかない。
「リントさん、魔道具を受け取りに来ました」
「あー、でも、まだ用意できてないんだよね。さっき思いついただけだから」
「大丈夫です。紅牙さんという方の所に、届いているはずだと、他の人が教えてくれたので」
なるほど、彼らは念話ができるんだ。額の石を使ってるのかな。だから、俺の考えも、すぐに共有できるんだね。
「紅牙さんは、夕方じゃないといないんだよね」
「では、それまで、ご一緒させてもらっていいですか?」
女子二人は、猛烈に首を縦に振っている。中村さんまで? うーん……。なんだか、俺は、ちょっと複雑な気分になった。




