69、万年樹の島 〜半人前なのに半人前じゃない?
「嫌じゃ! そんな恥ずかしいことはできぬ」
たまゆら千年樹の精霊は、スイトの提言に反論した。弱くなっても、プライドが高いんだ。
でも、口論で妖精を追い出したせいで、こんなことになってしまったんだ。謝って、戻って来てもらわないといけないことは、自分で痛いほどわかっているはずなのに。
「そうですか。じゃあ、俺達はもう知らない。好きにされたらいいんじゃないですか。リント、ミカト、帰ろう」
「うん……」
俺の姿は、いつの間にか元に戻っていた。スキルは解除されたのに、当たり前だけど、眷属となった関係は消えないみたい。
彼らは、俺の視線が向いているとわかると、いちいち、その場でひざまずいて俺に頭を下げている。
はぁ、186人もの妖精をどうしよう。でも、妖精といっても、彼らは人間だよね? もともとの家に、戻ってもらえばいっか。
スイトが帰還石を使おうとした瞬間、目の前に、幼女が現れた。えっ? どうして? 彼女が出て行った妖精?
「あれ? きのこちゃんだ」
「うふっ、ミカトくん、お久しぶりだねーっ」
「何をしに来たんですか。というか、どうやって……」
「スイトくん、あのね〜、半人前の妖精のせいなのー。腐木の精霊が、万年樹の精霊に、手助けしてやれって言いに来たの。でー、ここに派遣されちゃった」
「きのこちゃんが来てくれて嬉しいよ。俺達では、どうにもならないんだ」
「んふっ、そぉ? きのこちゃんに任せなさいっ!」
幼女は、ミカトにおだてられて、ふんぞり返っている。俺としても助かるけど……なんだか嫌な予感もするんだよね。
「ちょっと半人前、隠れスキルなんか使って、責任取れるの? 知らないからね」
「でも、それしか他に方法がなかったんだよ。腐木の精霊様も、こうなるとわかってたんじゃないの?」
「知り合いを助けることは予想してたみたいだけど、ここまでお人好しすぎるとはね。驚いてたわよ。それに、アンタ、半人前なのに半人前じゃなくなったけど、あたしが先輩なんだからねっ」
(幼女が何を言っているのか、全くわからない)
彼女は、俺に意味不明な怒りをぶつけて、そして、たまゆら千年樹の精霊の前へと、瞬時に移動した。
「精霊たまゆら様、こんばんは。万年樹の妖精、木の子です。お久しぶりですね」
なんだよ、そんな話し方もできるの? 彼女は、まるで別人のように、可愛らしい妖精を装っている。
「万年樹の妖精か。ワシは、妖精などに……」
「そう。じゃあ、貴方を無に帰すことになるわ。あたしより力の劣る精霊なんて、仕える価値もないもの」
突然、幼女の雰囲気が変わった。えっ? 幼女って、そんなに強いの?
シーンとした。空気が凍りついたかのようだ。
みんな、驚いている。いや、ビビってる?
「くっ……。すまなかった、ワシの妖精を呼び戻してくれぬか」
「パワハラしない? セクハラも、モラハラもダメだよ」
「あぁ、わかっている。ゆらが生意気なことばかり言うからだ。だが、あれからワシは随分、力を失った。もう、以前のようなことはできないのじゃ」
「反省してるなら、態度で示しなさいよ。精霊会にもキチンと出席さなさいって! 万年樹の精霊からの伝言だからね」
「いや、それは……フルボッコにされるではないか」
「当然よ。それだけで済むような罪じゃないわ」
幼女がさっと手をあげると、一人の少女が現れた。あー、彼女が、たまゆら千年樹の妖精かな。おとなしそうに見える。
「おおぉ……ゆら!」
「おー、ゆら! じゃないわよ。なぜ、こんなことになったのです? キチンと説明していただきますからね!」
「すまぬ。ワシは……」
たまゆら千年樹の精霊は、また、泣いてるみたいだ。でも、泣くことで邪気が抜けていくみたい。
しかし、おとなしそうに見えたのに、厳しそうな妖精だな。なんだか、コワイ。
「じゃあ、ゆらっぴ、あとはよろしくね。あたしは、コイツらを連れて帰るよ」
「きのちゃ、ありがとう。きのちゃの後輩さん達もありがとう」
うわぁ。めちゃくちゃ可愛い! ニコリと優しい笑顔を向けられて、俺は、一気に緊張した。
幼女が再び手をあげると、俺達は、淡い光に包まれた。中村さんと早瀬さん、それに捕らえられていた人達も同じく、淡い光に包まれていた。
そして、ふわっと、身体が軽くなった次の瞬間、俺達は、万年樹のそばの草原に転移していた。
「えっ? ここって……」
「中村さん、俺達の家がある島だよ。これが万年樹だよ」
ミカトは、中村さんと早瀬さんにいろいろな説明をしていた。二人は、ここに来たことがないみたいだ。
幼女は、俺の眷属になった人達に、自己紹介を始めた。
「妖精デビューしたみんな、こんばんは〜。あたしは、万年樹の妖精、木の子だよ。きのこちゃんって呼んでね」
(オリエンテーションと同じだね)
「みんなは、コイツの眷属にされちゃったときに、いろいろな知識が頭の中に流れ込んだよねー? 何もわからない人はいないー?」
彼らは、互いに顔を見て、頷き合っている。なんだろう? たまゆら千年樹のダンジョン内でも感じたけど、彼らには、恐れの感情がないような気がする。
中村さんや早瀬さんが悲鳴をあげても、同級生の瀬里奈と呼ばれた女性は、何も言わなかった。
「じゃあ、大丈夫だね。コイツが、浮き島のリンゴ王国の第二王子だということもわかってるよね? 浮き島に戻れなかったら、人間になるはずだったけど、地上の妖精の地位も得ちゃったから、心配しなくていいよー」
(はい? 地上の妖精?)
幼女のその言葉に、ミカトやスイトも話をやめた。中村さんや早瀬さんは、きょとんとしている。
「あたしは、樹木の妖精の中で最高位なの。だから、みんなも、困ったことがあったら、あたしに相談してねー」
幼女にそう言われ、彼らは一斉に、幼女に頭を下げた。
「じゃあ、とりあえず、みんなは元の家に戻すね。捕らえられる前の生活に戻ってくださいな。額の石は、魔力を流せば人間の目には見えなくなるよ。じゃ、転移するよーっ」
すると、彼らは一斉に俺の方を向いて、ひざまずいた。
そして、スッと、この場から消えていった。
「じゃあ、キミ達は、あたしの家ね。夜遅いから、ウチに泊まってもらうねー。ついてきて」
あたしの家って……俺達も同じ屋敷に住んでるんだけど。勝手に泊めるってどういうこと?
あっ、そうか。いろいろと話を聞いて……口止めすべきこともあるのか。
俺達は、幼女の後を追いかけた。




