66、氏神様の神社 〜彼らを救う方法
「中村さん……大丈夫?」
俺が声をかけても、彼女は振り向かなかった。俺は彼女が触れている何かを見ようと、彼女の前にまわった。
硫黄のような、何ともいえない臭いがする。そこに居たのは、中村さんと仲が良かったという女性だ。
でも、顔はきれいだが、胸から下は腐っているように見えた。強烈な腐敗臭がする。だが、死んでいるわけではない。わずかに動いている。
『この人を治すにはどうすればいいの?』
『精霊が守っていた人達すべてですか』
スキルにそう言われて、周りを見回すと、この層にたくさんあった木はなくなっていて、地面にはたくさんの何かが転がっている。そうか、これ、すべてが人間なんだ。
『そんなことはできるの?』
『精霊が残したエネルギーがありますから、それを利用すれば可能ですが……』
『問題がある?』
『はい、人間ではなくなります』
『えっ……バケモノ?』
『いえ、眷属になります』
『奴隷みたいなもの?』
『配下ですね、裏切ることができない関係になります』
『見た目は人間になるの?』
『それは、私にはわかりません』
そうか、あの腐木の精霊は、木に閉じ込めて彼らの命を守っていたのは、配下を得るためだったのか。
確かに、無償で長い間、ここを守っていたのは不自然なことだもんね。さっさと帰っていったのは、自分がいなくても俺が配下を作り出すと思っているからだ。
(でも、こんなこと、俺の独断で決められないよ)
「中村さん、人面樹になっていた人を救う方法があるみたいなんだ」
俺がそう言うと、彼女はパッと振り返った。
「リントくん、どうすればいいの? 今すぐやって! お金なら出来る限り集める」
あー、そっか、中村さんの父親は政治家だったから、そういう発想なんだ。
ミカトやスイトは、何か事情があるとわかったみたいだ。複雑な表情をしている。
「お金はいらないし、今すぐにできそうなんだけど、ちょっと問題があるんだ」
「どういうこと? あ、魔力が足りない?」
「いや、精霊が残したエネルギーを使えばいいみたいなんだけど、彼らは人間ではなくなるみたいなんだ」
「えっ? 魔物になるの?」
「姿はわからない。それに、眷属になるみたいなんだ。配下というか奴隷というか」
「さっきの爺ちゃんの?」
「いま、残されているエネルギーは、腐木の精霊のものだから、たぶん……」
すると、中村さんは、友達の顔を見た。生きているとはいえないような姿だ。顔だけは人間のままだけど、身体は腐って部分的に溶けている。
魂を喰われていると言ってたっけ。いま、生かしたとしても、そう長い時間は生きられないかもしれないな。
「リントくん、いいよ。それでもきっと、みんなこのまま腐りたくはないと思う」
ミカトやスイトも頷いている。そうだよね、こんな風に生きたまま腐りたくないよね。
どんな姿になるかはわからないけど、今よりはマシなはずだ。
「わかった、やってみる」
中村さんは、立ち上がった。邪魔にならないようにしようと考えたみたいだ。早瀬さんも、ミカトの近くへ移動していた。
『この人達を救いたい。準備を始めて』
【隠れスキル「眷属化」を発動しますか】
(うん? 隠れスキル?)
俺は目線で、イエスを選んだ。
戦闘中じゃないのに、文字で聞いてきたけど、何か意味があるんだろうか?
俺は、ふわっと勝手に空中に浮かび上がった。ちょっと、何? 聞いてないんだけど。
そして、俺に地面から臭いニオイが上がってきた。
うえ〜っぷ。ニオイはどんどん俺にまとわりついてきた。
まさか、眷属化って、俺があの爺ちゃんの奴隷になるんじゃないの? 完全に腐木の気分だよ。
俺が、臭さの限界を迎えたとき、ニオイはふっと消えた。そして、俺の身体から、地面に向かって強い光の雨が降った。
一瞬、ミカト達にも当たるかと焦ったけど、キチンとターゲティングされている。地面に転がっている人達を狙って、光の雨が降り注いだ。
そしてその雨が止むと、俺の身体はスーっと地面に降りた。地面では、あちこちに光の塊が動いていた。光の塊の中で、身体が作られているみたいだ。
【無事、186体の眷属化に成功しました】
確認ボタンまでが出てきた。俺は一瞬イエスを目線で選択しそうになったが、なぜこんな確認ボタンが出てくるのか、違和感を感じた。
『この確認ボタンは何?』
『最終作業の許可の確認です。目線で選択してください』
光の塊の中では、ゴソゴソと動いている。あのエネルギーを吸収して身体を完成させる確認?
『ノーを選ぶとどうなるの?』
『作業を中断し、規定に基づき無に帰ります』
『死ぬの?』
『はい』
(ちょ、そんなことありえないよ)
俺は、目線でイエスを選択した。
【186体の眷属を獲得いたしました】
もう確認ボタンは現れなかった。ふぅ、うっかり殺してしまうところだった。危なかったな。
俺は、ミカト達の方へと、移動した。
「リント、終わったのか? 魔力は大丈夫か?」
スイトは、心配そうな顔をしていた。
「うん、あとは待つだけだよ。どんな姿になるかは不安だけど」
「スキルは、まだ解けないね。解けてリントが倒れたら、すぐにポーションを飲ませるからね」
ミカトも心配そうにしている。確かに魔力を使い過ぎている気はするよね。
「ほんとだ。いつもならだいたい終われば、勝手に戻るのにな。まだ、終わってないからかも」
「いまも、光の維持をしているんじゃないか? 一気にやるのは無謀なことじゃないのか」
「たぶん、それは大丈夫だと思うよ。ただ、もしかしたら、俺が爺ちゃんの眷属になったかもしれないんだよね」
「えっ? どうして?」
「さっきの俺、腐木になった気分だった。ちょー臭かったんだよ」
「空中で光ってたとき?」
ミカトの問いかけに、俺は頷いた。そっか、光ってたのか。あまりにも臭すぎてわからなかった。
「あっ! リント、あれ?」
ミカトが指差した先を見て俺も驚いた。あの人達、顔は人間の顔のままだけど、額に赤く丸い小さな石がついている。そして、俺達の方に歩いてくる。
天空に浮かぶ浮き島では、生れながらの下男の額には、主人の印がついている。
「ちょ、まさか……」
驚いたスイトが、魔道具を取り出していた。そして、彼らに向けている。
その様子に、中村さんや早瀬さんも、驚いていた。スイトが慌てるなんて、普通はありえない。
「スイトくん、いったい、どうなったの?」
すると、スイトは俺達に魔道具を見せた。
『種族:フェアリー。戦闘力:弱』




