60、氏神様の神社 〜「無の怪人」を怖れる男
「返事ができないってことは、当たりなんだね。キミは、俺を殺すことができない。でも、俺はキミをこの世から消し去ることができる」
俺は、ちょっとハッタリをかましてみた。これで、俺の考えが正しいかがわかる。
「何を言っているんだよ。僕を殺せるわけないだろ」
(よし、やはり正解だったね)
男は、明らかに動揺していた。でも、ミカトもスイトも、まだわかっていない。
「試してみる? 俺、リンゴ王国の王族だよ?」
「地上にいるなら罪人だろ……あっ……まさか」
『精霊の使徒を発動してください』
『万年樹の精霊の使徒、ここでは戦闘力は半減しますがよろしいですか』
『構いません』
『かしこまりました。スキル「精霊の使徒」を発動します』
俺は、淡い光に包まれ、見た目が大きく変わった。黒い髪はこのスキル特有の銀髪に、そして顔は妖精の顔に、さらに服も銀色のローブの姿、ローブの中は黒いシャツに黒いズボン。
男は、一気に警戒した。俺の戦闘力は見えないはずだ。この顔が妖精だから……だから警戒したんだ。
きっと彼が怖れているのは、リンゴの妖精のバケモノだ。俺のこの顔も、きっとそのバケモノに見えていると思う。
俺が、人間の顔の区別がイマイチできないように、他の種族の見分けは、なかなかつかないもんね。
「まさか、おまえ……無の怪人……」
(バケモノの呼び名?)
「さぁね」
俺は、意味深な笑みを浮かべた。男が焦り始めたのがわかった。でも、まだ出て行こうとはしない。何か葛藤しているようだ。
「どうして!? おまえは、精霊の守るダンジョンには入れないはず」
俺は、ニヤッと笑っておいた。
すると、男はますます焦り始めた。そして、剣を抜いた。変な剣だな。なんだか黒いゆらゆらしたものが、剣から出ていた。
ダン!
ガキンッ!
男が動いた瞬間、俺は剣を抜き、その一撃を止めた。剣を交えてわかった。黒いゆらゆらしたものは、怨霊みたいな何かだ。あの剣は、呪われている。
俺が受け止めたことで、男はさらに焦ったみたいだ。すばやかったもんね。でも、俺は、このスキルを使っているときは、全てのステイタスが百倍から数百倍に跳ね上がる。
ホームの万年樹じゃないから、半減するみたいだけど、半減しても無双スキルであることに変わりはない。
「その剣はどうしたの? 斬り殺した人の怨霊がついているんじゃない?」
「なっ!? そんなものはない」
ミカトやスイトにも見えていないみたいだね。そっか、これも、精霊の使徒の能力なのかな? いや、妖精の姿になったから、かもしれない。
「見えないの? ゆらゆらとまとわりついているのに」
「お、おまえは、それで僕の居場所がわかるのか!」
「なんのことかな?」
俺は好戦的な笑みを浮かべた。
「そ、そうか。わかったぞ。ここを僕が乗っ取ったから、その姿に戻れたんだな。やはり、精霊のチカラが及ぶ場所は安全なんだ」
男は、逃げる準備を始めたみたいだ。このボス部屋の空気感が変わった。このまま逃げられると、また他の天然樹のダンジョンに入り込んで、人間を襲う。
(でも……)
俺は決断ができなかった。
アイツは、生きるために人間の血を必要とする。このままにしておくと、襲われる人間がでてくる。でも、それは、人間が生きるために、肉や魚を殺して食べることと変わらない。
いや、アイツは自由になるために科学者を殺したが、食料としての人間は殺していない。ただ、生きようとしているだけ……でも……それなら人工魔物も同じ。やはり、殺しておかないと……。
俺は、ダンと地を蹴った。
そして、男に向かって剣を振り下ろした。
バキン!
その男のバリアに、ヒビが入った。
ピン!
そして、バリアは砕け散り、粉々になった破片が勢いよく細かな弾丸のように、飛び散った。わっ、ミカト達が……。
俺は、咄嗟に、着ているローブを使って、破片が彼らの方へ飛んでいかないように防いだ。彼らには、あらゆるバリアを張っていたが、マズイと思ったんだ。
案の定、防ぎきれなかった破片で、スイトと中村さんが怪我をした。銃で撃たれたような怪我だ。
「大丈夫!?」
「リント、こっちより、アイツを……あっ……」
俺は、男が既に逃げたことを知っていた。俺が迷っている間に、アイツはバリアに妙な仕掛けをしたんだ。そのどさくさにまぎれて逃げ出せるように。
俺が迷わなかったら、スイトも中村さんも大怪我をしなかった。俺は……俺の優柔不断が……。
「ごめん、俺が失敗したせいで……治療する」
俺は二人に治癒魔法をかけた。
『ヒール!』
このスキルを発動中は、弱い回復魔法でも一瞬で完治するんだな。普通に魔法を使っただけでも、効果はおそらく百倍以上になっている。
床には、二人の身体から流れた血だまりができていた。ひどい怪我をさせてしまった……。
「リント、この床の血も消せるか? 何かを呼び寄せてはいけない」
「うん、わかった」
『ウォータ!』
『ヒート・ドライ!』
水魔法と、火魔法と風魔法が混ざったようなものを発動した。掃除しようとしたら、勝手に頭に浮かんだ魔法だ。
そして掃除が終わると、だんだんと身体が重くなってきた。スキル『精霊の使徒』が解除されたんだ。このスキルは、用が済むと勝手に終了してしまう。
「リントくんになった!」
早瀬さんがなぜか叫んでいる。うん? 俺は俺なんだけど……もしかして、さっきの男が怖れていた「無の怪人」だと思ってるのかな。
中村さんは、まだ、ジッと、眉間にシワをよせて俺の顔を睨んでいる。でも、彼女のこの顔は、怒っている顔ではない。驚いているんだ。
「スイト、中村さん、怪我の状態はどうかな。スキル発動中に治癒魔法を使ったから、いつもよりはちゃんと治せてるはずだけど」
「問題ない。一瞬、死んだかと思ったけどな」
「ごめん、防ぎきれなかった。バリアを張る時間がなくて」
「いや、俺も油断してたからな。ミカトみたいに身をかがめれば良かったんだ。ただの破片にしか見えなかった」
ミカトが咄嗟にかがんだから、早瀬さんもそれを真似たのか。だから二人は、俺が広げたローブで防げたんだな。
「中村さんは、大丈夫? 貧血になってない?」
まだ睨んでるよ。軽いショック状態なのかもしれない。
「みく、みくってば、大丈夫?」
早瀬さんが声をかけると、やっと我に返ったみたいだ。
「大丈夫、じゃないかも」
「えっ? 中村さん、まだ痛いとこある? どこ?」
俺は焦って近寄った。でも……。
パァン!
なぜか、俺は、ビンタされたんだ。




