58、氏神様の神社 〜ダンジョン4階層の異変
「わぁ、きれいな森だね。嬉しくなってくる」
早瀬さんは、テンションが上がっているみたいだな。中村さんも、目を輝かせている。
「警戒してたけど、何もいないね。バリアのせいで、ここの空気を吸って深呼吸できないんだけど」
中村さんは少し怒ってる? でも呼吸は普通にできるんだから、文句を言わないでほしい。
「リントの嫌な予感が当たってるみたいだな。ここの空気、たぶん弱い神経毒が含まれている、ほら」
スイトは、何かの魔道具を見せた。探知機みたいだ。オレンジ色のランプが点灯している。そして、マヒ注意という文字まで点滅している」
「危なかったね、ここで深呼吸したら、神経毒を取り込んで手足がだんだん動かなくなるよ。リント、ナイス〜」
スイトやミカトの話をきいて、中村さんも早瀬さんも一気にテンションが下がったみたいだ。
「二人とも、覚えておけ。ダンジョンで急に開放的な場所に足を踏み入れたときには、何かの罠があるものだ」
「わ、わかった。でも、スイトくん、その言い方ってひどくない?」
よかった。中村さんは反論する元気がある。スイトがわざと怒らせたのかな? 珍しくニヤッと笑って素知らぬふりをしている。
「さぁ、進もう。あまり離れないようにしてね」
ミカトにそう言われて、二人は素直に頷いていた。
少し進んでも、全くモンスターが出てこない。モンスターは、精霊が作り出しているのかな? だとしたら、モンスターがいないのは、やはり、ここが乗っ取られているという証拠だ。
ミカトやスイトも同じことを考えているみたいだな。無言で歩いている。警戒しているんだ。
女子二人は、ミカトが無言なことで、ヤバイ場所なんだと感じているのか、二人も時々あたりを見回している。
でも、俺は、なぜだか何も感じなかった。みんなが警戒していることが逆に、面白いと思ってしまうくらい落ち着いていた。
この幻想的な森の中のような雰囲気は、落ち着く。神社にあるダンジョンだからなのかな。居心地がいいと感じた。
たぶん、ミカトやスイトも、同じように感じているんじゃないかな。天然樹のダンジョン内は、静かだとこんなに気持ちがいいんだ。万年樹のダンジョンも、モンスターがいなければ、居心地が良さそうだもんね。
「何も出てこないね、モンスターもいないし」
「どうしてダンジョンなのにモンスターがいないの?」
中村さんは警戒していたが、早瀬さんは素朴な疑問を感じるくらい落ち着いてきていた。
「ダンジョンの管理は精霊がやってるから、ここにモンスターがいないのは乗っ取られているということだろ」
スイトは、少し小馬鹿にしたような口調でそう返事をした。二人を怒らせようとしたみたいだけど……効果がないみたいだね。落ち着いてきていた早瀬さんは、一気に緊張したようだ。
「スイト、たぶん精霊がモンスターを作り出してることって、あまり知られてないんだよ。人工樹のダンジョンは、企業が作ってるからさ」
「まぁ、そうだろうけど」
ミカトもわかっててスイトに言ってるみたい。二人とも、中村さんや早瀬さんに気遣いをしてるんだ。
ボス部屋が見えてきた。
あれ? あの中には何かの気配がある。ボス部屋は、普通は何の気配もなく、中に入って扉が閉まるとボスが現れる。
でも、鋭いスイトも気づいてないみたい。俺の気のせいかな? スイトは魔道具を使ってボス部屋をサーチしている。でも、特に何も反応がないみたいだ。
「ボス部屋についちゃったね。ボスもいないかもね」
「ミカト、どういう意味だ?」
「さっきの貼り紙だよ。4階層の転移魔法陣が不安定で故障中なのは、ボスがいないから、ボス部屋から外への転移ができないってことじゃない?」
「確かに、外への転移魔法陣は、ボスを倒した後に出てくるわね。ミカトくん、それ当たりじゃない?」
中村さんが納得して何度も頷いている。
「ボス部屋に挑まないで外に出るときに使う扉、赤いランプが消えているな。外への転移も精霊の力だからだな」
「ということは、5階層にいる何かを排除するしか出られないの?」
スイトの話に、早瀬さんがまた動揺していた。
「早瀬さん、3階層まで戻れば出られるよ」
ミカトは、やわらかな笑顔を向けた。早瀬さんは、コクリと頷いて、ジッとミカトの顔を見つめている。
俺達は邪魔者かな? 甘い雰囲気って一瞬でうまれるんだね。ミカトは気づいてないけど。
「じゃあ、5階層へ進む。気持ちを引き締めろよ」
スイトが注意すると、早瀬さんはハッとした顔をしてうつむいた。きっと、顔が赤くなってるよね。
でも、やっぱり、ボス部屋の中に何かいるような気がするんだけど……。
みんなにはオール・バリアを張ってるから大丈夫だとは思う。でも、精霊の力が及んでいないなら、もし死んでしまったら、それは戦闘不能で外に放り出されるんじゃないよね。
(本当に死んでしまう)
スイトが、ボス部屋の扉を開けた。何もいない。でも、ボス部屋にしてはかなり広い。ここのボスは大型な魔物なのかな?
俺達が入ると、扉は閉まった。
「あれ? 5階層に行く階段への扉が開かないよ。どこかにスイッチがないか探して」
ミカトがそう言ったときに、クスクスと笑い声が聞こえた。でも、ミカトもスイトも気づいていない。
俺は急に鳥肌がたった。
「みんな! 構えて!」
「うん? リントくん、どうしたの?」
女子二人は、ポカンとしているが、ミカトとスイトは剣を抜いた。
「アハハ、鋭い子がいるねー」
のんびりした声とともに、ボスがいつも現れる場所に、男が現れた。見た目は普通の人間だ。年齢は俺達くらいに見える。
「わっ、イケメン」
中村さんが呟いた。俺は人間のイケメンがわからないけど、この顔がかっこいいのか。とても人懐っこい笑顔だけど、この男には心がない。
笑っているのに、その視線もやわらかいのに、俺は、刃のように感じた。コイツ、おかしい。狂ってる。
ミカトは警戒を解いている。でもスイトはそんなミカトにコソッと注意をした。スイトは、ヤバイ奴だと気づいてるみたいだな。
「こんなとこに何をしに来たのかな?」
男の問いかけに、ミカトが答えた。
「ちょっと探し物だよ。キミは何をしてるの?」
「うん? 僕? 僕はここに住んでるんだ」
「ダンジョンは住む場所じゃないよ。家に帰りなよ。キミが居座ってるから、たまゆら千年樹の精霊が困ってるよ」
ミカトがそう言うと、男の目つきは変わった。
「ふぅん、おまえらは、精霊が寄越したギフトか」




