52、氏神様の神社 〜タイムパラドックスは和リンゴ
「リント、それってタイムパラドックスじゃないのか」
スイトが、目を輝かせている。彼がこんな目をするのは珍しい。でもこういう謎的なものは、スイトが一番好きだよね。
「そ、そうかな?」
「リントの知識ではどうなっているんだ?」
「えーっと、明治時代に、西洋リンゴが入ってきてきたんだ。あ、これが普通のリンゴね。ここまでは大丈夫?」
「あぁ、だから今も青森はリンゴ栽培が盛んなんだよな」
「いや、西洋リンゴが最初に栽培されたのは北海道なんだけどね」
「へぇ、で、和リンゴはどうなった?」
スイトも、リンゴのことをわりと知ってるんだ。俺は少し嬉しくなった。
「和リンゴは、江戸時代にはお菓子として食べられていたみたい。でも、西洋リンゴが入ってきたから、酸味の強い和リンゴが全く食べられなくなって、そのままどんどん減っていったんだよね」
「そこが違うな。安土桃山時代の末期あたりから、和リンゴは、盆栽用や鑑賞用に、京や堺で流行したんだぜ? 和リンゴを引き立たせる鉢や花器が大流行して、茶会では、花器自慢も流行したんだ」
「えーっ? そんなの知らない。どうして花器?」
「ガラス製の花器が輸入されたりして、貿易が盛んになった時代だからじゃないか」
「その貿易って、堺かな?」
「さぁ、よく知らないけど、堺には凄腕の商人がいたらしいけどな」
そうか、きっと、その商人は織田信長だ。よかった、ちゃんと堺にたどり着いたんだ。新たな商売で、花器を売り出したんだね。茶会に飾る花器を売るために、和リンゴを使ったんだ。
もしもだけど、俺と初めて会ったときに、俺が和リンゴの話をしたから……ということがキッカケなら嬉しいな。
「で、姫リンゴって何? 和リンゴと何が違うわけ?」
「姫リンゴは、実が小さくて生食できる品種の総称みたいなものだよ。和リンゴは、平安時代くらいに伝わってきて、その頃から自生していた野生種だよ。和リンゴの変異種みたいな姫リンゴもあるよ」
「ふぅん、その姫リンゴという言い方は、今はないぜ。古くに伝わってきて、自生していた種を鑑賞用に改良して、その中から食べられるものが、リンゴ飴の和リンゴだ」
「ねぇ、二人ともいつまで難しい話をしてるのよ。結花とミカトくんのミカン飴、もう食べ終わりそうだけど」
中村さんが怒っていた。そういう中村さんは、小さな赤いリンゴ飴を買っていた。そっか、中村さんはリンゴ派なんだね。
「あ、ごめん。色がたくさんあるからさー」
「赤でいいんじゃないの?」
「まぁ、そうだよね」
俺は、赤い小さなリンゴ飴を買った。スイトは、大きな青リンゴ飴を買っていた。なんだか、俺、中村さんとお揃いにしたみたいな……まぁ、いっか。
「俺、次はイチゴ飴にしようかな」
ミカトは、ミカン飴を食べ終えて、イチゴ飴を買った。すると、早瀬さんも真似をしている。
もしかするとミカトは、早瀬さんがイチゴ飴が好きと言っていたから、買ったのかもしれない。ただの気遣いなんだろうけど、早瀬さんがちょっと期待してしまうんじゃない?
「他の屋台も、回ろうよ」
中村さんのひと声で、みんなは歩き始めた。ほんと、リーダーシップすごいよね。
「あっ、あれがスイカくんか?」
すれ違った男の子が、スイカを切ったような三角形のアイスを持っていた。スイカの形だけど、普通のアイスキャンディみたいだけど。
「うん、そうだよ。小学生の頃は、夏は冷凍庫にいつも入ってた」
「へぇ」
中村さん家の冷凍庫を思い浮かべているのか、スイトは少し嬉しそうな顔をしている。たぶん、深い意味はないんだろうけど。
俺達は、あちこちの屋台を食べ歩き、そして、祭り時間終了のアナウンスが流れた。
特に何もケンカもなく、食べ歩きをしただけだったよね。こんなラクな仕事でいいのかと思ったけど、だから報酬も金券なのかな。
「金券余ってるよねー」
「リントくん、祭り期間が終わっても、神社では普通に使えるよ」
「うん? 中村さん、神社で何を買うの?」
「受験のお守りとか、お札とか、おみくじとか……あ、あの休憩所も使えるから、軽食やお茶とか」
「うーん、じゃあ、お茶に使えるんだ。こういう所の和菓子とか美味しそうだよね」
「じゃあ、たくさん金券をもらうために明日も来なきゃね」
「えっ……明日も?」
「当たり前でしょ。三日間来るに決まってるじゃない。祭りの治安維持なんだからさ」
「そっか。そうだよね」
俺達は、この日はこれで解散した。
翌日も、いつものように高校へ登校し、ミカトお気に入りのお食事ダンジョンで昼食を食べた。
そして午後から、また5人で、氏神様の神社へと向かった。昨日は、浴衣を着ていたが、今日は、私服のままウロウロした。中村さんが、違う服の方がいいと言ったためだ。
「昨日は、浴衣を着て嬉しそうだったじゃん」
「ミカトくん、同じ浴衣で二日連続ウロウロしたら、何かのミッションかと思われるじゃない」
なぜかまた中村さんは怒っていた。
「おい、その方が抑止力になるからいいんじゃねーのかよ」
「スイトくんは、わかってないよね。警戒されたら捕まえられないじゃない」
誰かを捕まえようということなのかな? でも、俺達は、何も聞いてないんだけど。
「中村さん、意味がわからない」
「リントくんは、ボーっとしてるもんね」
なぜか叱られた? ただ、中村さんはいつもとは少し違う。いつもより、かなりピリピリしているみたいだ。
「みく、そんな言い方しちゃダメだよ。リントくんは去年のことを知らないんだから」
「何? 去年、何かあったの?」
「ミカトくんも、スイトくんも、知らないよね。去年も一昨年も、祭りの二日目に人が消える事件があったの」
「迷い子じゃなくて?」
「バカね、迷い子ならそんな騒ぎにならないわよ」
早瀬さんに聞いたのに、中村さんがキレている。中村さんの知り合いが被害者なのかな。
「おい、イライラしてないで、きちんと説明しろよ」
スイトがそういうと、中村さんは、ハッとした顔をした。
「ごめん、ついつい。去年は、私達と仲良かった子が、消えたのよ。同じクラスの子が十人近く消えたの」
そういえば、クラスの席がだいぶ余っていたな。クラス替えは基本やってないみたいだから、この祭りで消えたってことなのか。
「ちょ、それなら、なぜこのクラスに、こんな依頼が来たんだよ。おとりじゃねーか」
「そうだよ、私達は、おとりだよ」
(えっ!?)




