48、万年樹の島 〜リントに隠していた事実
「そんな……ひどい。今は人間なのに」
俺はなんだか、急にこの世界のことがわからなくなった。俺達は、人間なのに……地上の人間は俺達を、人工魔物を開発するための素材としか見てないってこと?
「リント、人間不信になってるんちゃうか? すべての人間の話ちゃうで。一部の科学者とか、一部の企業だけや」
「裏社会の話みたいだよ。表社会ではそんなことすると、絶対に誘拐として事件になる。だから、ダンジョン内でしか狙われないみたいだから」
「紅牙さん、ミカト、でも、一部の人に狙われるなら……」
俺は複雑だった。それなら、すぐにでも、みんなを浮き島に帰らせてほしい。精霊ルーフィン様はこのことを知ってて、俺達を地上に降ろしたのかな。
「おまえらをあの高校に入学させたのは、そんな連中から守る為でもあるんや。もし捕まっても、高校側が動くはずや。心配せんでええ」
「その犯人ってわかってるんですか。そのアジトとか」
「リント、人工魔物を作る場所、知ってるだろ?」
スイトに言われて、俺は愚問だったと気づいた。
「海底都市……」
「おまえらが、人工魔物を抑えるチカラをつければええんや。海底都市は、近いうちに封鎖されるらしいで。住人の避難は始まったみたいや」
「封鎖ですか!?」
「あぁ、危険な魔物を人工的に生み出すことを止められんかったときに、こうなることはわかってたんや。ほんの20年足らずで、制御できなくなったんや」
「じゃあ、海底都市って今は……」
「街の中でも、人工魔物が繁殖してる。驚異的なスピードで進化もしてる。せめてもの救いは、海底ということや。当初は、魔物工場は、人工樹のダンジョンの多い関東近郊に作る予定やったからな」
「えっ……高校のあるとこ」
もしそんな場所に魔物工場を作ってたら、今頃は日本中に人工魔物があふれていたんじゃ……。
あれ? ちょっと待って。中村さんや早瀬さんの話とは違う。
お食事ダンジョンで、二人に聞いた話だと、浮き島からの罪人が、政府の中枢にいるってことだったよね?
そして、海底都市に魔物工場を作ることを提案したのも、浮き島から来た元妖精で、今のこの状況を作り出したって。
「ミカト、スイト、お食事ダンジョンの話と違うよ。でも、あの二人は嘘はついていなかったよ?」
「なんや?」
俺は、紅牙さんに、彼女達から聞いた話を伝えた。
ミカトやスイトは、わかっているのかな。すべてを悟ったかのような顔をしている。
(俺だけが知らないの?)
「おまえらのクラスメイトの父親は、反対派やったんちゃうか。だから、推進派に消されたんや。人工樹のダンジョンは、莫大な利益を生み出してるからな」
「今年からレベル制が全員に導入されたのも、その方が儲かるからですね。一部の企業が政府と組んでるのかな」
「そのあたりも、妖精が絡んでるみたいやな」
また、紅牙さんの話が見えなくなってきた。
でも、ミカトやスイトは頷いている。俺だけがわからない。
「あはは、またリントが、捨てられた子犬みたいな目をしてるよー」
「ミカト、真面目な話だぜ……。でも、リントには知らせたくなかったよ」
「どういうこと?」
「一番最初に、人工魔物の実験材料にされたのは、リンゴの妖精らしいよ。成功しなくて、何人も死んだらしい。それを提案したのが、ミカンの妖精だってさ」
「えっ……」
明るい声とは逆で、ミカトは辛そうな顔をしていた。
「人工魔物を作り出したのはフルーツの妖精らしい。そして、政府の中枢には、いろいろな種類の妖精がいる。俺も冒険者から聞いて初めて知ったけど」
スイトも辛そうな顔をしている。普通の冒険者が知ってるの?
「スイト、その冒険者って」
「あぁ、追放された妖精だってさ。花の妖精だったかな。もともと妖精は、いたずら好きだろ? 悪ふざけから始まったらしいが、それを人間が金儲けに使えると考えたことで、ここまで大ごとになったみたいだ」
「どうして、俺には教えてくれないんだよ」
「だって、リンゴの妖精が……」
そこでスイトは黙ってしまった。
「何? リンゴが何?」
スイトはミカトの方を向いた。二人は知ってるんだ。でも、教えてくれないってことは……。
「おまえら、やっぱり聞いたんか」
「タイムトラベル先が、俺達一緒だったんですよ。すぐに帰ってきたけど……」
「俺は知り合いの冒険者に確認したんだ。俺は、ミカトとは行った場所が違うから、噂話しか聞いてなくて……」
「そうか、ミカトは見たのか」
「俺が行ったのは、海底都市だから……」
「その様子やと、聞いたんか」
ミカトは頷いた。スイトは黙っていた。
俺は、嫌な予感がした。そもそも俺が精霊の使徒に選ばれたことからして、おかしいと思ったんだ。
精霊との波長が合うだけかとも思ったけど、それなら、俺以外にも、もっと適任はいる。
それに、万年樹の妖精が、俺にだけ冷たいのはライバル視だと思ったけど、それにしては扱いが酷すぎる。
「もしかして、俺に話さなかったのは、この異変の原因が、リンゴの妖精だから?」
「リント、それは……ミカンの妖精が悪いんだよ。リンゴの妖精は被害者だ」
「ミカト、違うだろ。リンゴ以外の、すべてのフルーツの妖精が加害者だろう。すべては悪ふざけが過ぎたんだ」
俺は手先が冷たくなってきた。リンゴの妖精が何かとんでもない復讐をしようとしているんだ。だから、俺が、そこに加担しないように、精霊の使徒なんだ。
「リントの性格から考えたら、知るとパニックになるからさ……」
「あぁ、でも……」
「おまえら、もう言うたも同然やぞ。気色悪いとこで、寸止めするなや」
紅牙さんが、フーッと大きく息を吐いた。そして、俺の方を真っ直ぐに見た。
「リント、話を聞きたいか」
俺は頷いた。
「まだわからんことも多いんや。間違ってることもあるかもしれん。とにかくいろいろ複雑やからな」
「はい」
「さっきの人工魔物の実験材料にされて死んだリンゴの妖精がな……バケモノになってしもたんや」
「え? バケモノ? いま、何かを企んでいるんじゃなくてですか?」
「あぁ、それを利用しようと企んでるのは、別の浮き島の妖精や」
「バケモノって……」
「何人も死んだからな。その恨みが、この地に昔からいる怨霊と結びついて、とんでもないバケモノが生まれたんや。今はどこにいるかわからん」
「海は広いですもんね」
「いや、バケモノは、時を越えるタイムトラベラーや」




