40、万年樹の島 〜タイムパラドックス
二人を見送り、俺は指輪に触れた。
【タイムトラベルを終了しますか】
俺は、目線で【はい】を選び、万年樹のダンジョンに戻った。
【服装、持ち物をすべて交換してください。3分後に指輪に収納します】
(また、3分?)
魔法袋が目の前に落ちていた。俺は魔法袋を装備し、中から現代の服を取り出して着替えた。着物を着替えるのは3分ではキツイよ。せめて5分にしてほしい。
そして、着ていた着物や草履は布袋にいれた。
すると、スーッと指輪に吸い込まれるように、布袋は消えた。指輪にはめ込まれた石が二つになっていた。
【平成時代1991年、青森】
【安土桃山時代1582年、京都】
俺は、なんだかちょっと複雑な気分だった。あの二人は……織田信長と森蘭丸はどうなったんだろう。ちゃんと生き延びることができたのかな。
(とりあえず、外に出ようかな)
俺は、転移魔法陣を使って、ダンジョンの外に出た。すっごく、久しぶりな気がする。
ちょっと深呼吸。スゥ〜ハァ〜。うわっ!
「ちょっと、何してんのよ。手伝いなさいって言ったよね」
「えっ、わっ、今、帰ってきたばかりで、その余韻というか……ちょっと、きのこさん」
俺は無理矢理、また万年樹の中へと連れて行かれた。
でも、いつもとは違う。なんだか、ダンジョンの中なんだけど、樹の上というか、見えない枝の上に乗っていた。
ボス部屋の前には人がいる。何人もの人がいるけど、その人達が重なって見える。どういうこと?
「半人前、部屋の中の人の着替えを手伝ってきなさい。特に初めての人はもたつくから」
「えっ? どうやって……わっ」
俺が乗っていた見えない枝が消えて、俺はボス部屋の中に落ちた。すると、中にいた人が驚いて剣を構えた。ボスだと思うよね。
「ちょっと待った! 俺は、キミの着替えを手伝いに来ただけだからさ」
「そ、そうなんですか? でも、なんかボスみたいな……」
そう言われて自分の服を見ると、なぜか、スキル『精霊の使徒』を発動したときの姿になっていた。なるほど、妖精じゃないと、手伝いができないんだ。それで強制的に……。
「違うよ。俺は、この万年樹の精霊の使徒だから」
驚く冒険者に、説明しながら着替えをさせて、タイムトラベルに送り出した。
それが終わると、身体がふわっと浮上し、見えない枝の上に乗った。まさか、またやるの?
嫌な予感は当たるものだ。それから、数人の着替えを手伝い、やっと解放された。
「自業自得なんだからねーっ。でも、まぁ、助かったよ」
幼女が礼を言った……。ちょっと気持ち悪いよ、何?
改めて、やっとダンジョンの外に出た。はぁ、ほんっとに疲れた。でも、万年樹の妖精も大変な仕事だな。
「あー、そうだ。あんた、惜しかったわね。あと一歩だったかもしれない」
「ん? 何が?」
「タイムトラベルよ。わずかにタイムパラドックスが起こってるみたいね」
「何? それ」
「は? そのために過去に行ったんでしょ? 未来が、つまり現在が少し変わったのよ」
「変わったかどうかなんてわかるの?」
「あのねー、あんた妖精でしょ? 半人前だけど。ねじれが見えないの?」
俺は、周りをキョロキョロと見渡してみたが、何も見えなかった。
「何もないみたいだけど」
「あんた、バカじゃないの? 目で見えるわけないじゃない。時の層が見えるでしょ。あっ、今のあんたはただの人間かぁ。じゃあ見えないね」
何だよ、この幼女は……。スキル『精霊の使徒』を使っていたときのことを言っているみたいだけど。
確かに、なんだか視界がにじんで見えた瞬間があったっけ? ただ、目に見えない枝の光の加減な気もするけど。
「何が変わったんですか」
「そんなの知らない。精霊にしかわかんないよ。あと、タイムトラベルをした本人とね」
「惜しかったって……知らないのに惜しいってわかるわけ?」
「少しは自分で考えたら? タイムパラドックスが起こったということは、認められる仕事をしたってこと。ダメなら起こらない。何かを変えてきても、その後につじつま合わせの出来事が起こって、すべてなかったことになる」
「じゃあ、成功じゃないの? なぜ惜しいわけ?」
「あんたねー。浮き島が、見えるわけ?」
「えっ?」
俺は空を見上げたけど、浮き島は見えない。
「少しは自分で考えなさい。まぁ、方向は間違っていないということね」
「俺、何をしたんだろう?」
「は? 知らないわよ」
幼女は、思いっきり呆れた顔をした。まぁ、そうだよね。でも、そんな顔されても、何がタイムパラドックスを起こしたのかは、わからない。
俺は、スッキリしない気分で屋敷へと帰った。
「おー、リント、お疲れ〜」
「スイト、お疲れさまー。なんか嬉しいよ。すっごく久しぶりな気がする」
「俺は短時間ですぐに帰ってきたぜ」
「そっか。俺は一泊二日だったけど過酷だった。あっ、ちょっと聞いていい?」
「うん? 何?」
「あのさ、本能寺の変で、織田信長はどうなった?」
「へ? リント、何を言っているんだ? 織田信長は明智光秀の謀反によって討たれたじゃないか」
「死体は見つかった?」
「うーん、火事で本能寺は焼け落ちてるから、見つかってないんじゃないか?」
「森蘭丸は?」
「俺はあまり歴史は詳しくないけど、本能寺で死んだんじゃない?」
「そっか……何も変わってないよね」
スイトは、俺を心配そうに見ている。頭がおかしくなったと思われたのかな。
「まさか、本能寺の変の時代に行ってきたわけ?」
「うん、本能寺で桔梗の旗の人達に襲われた感じ」
「すごい、有名人に会ったんだな」
「あ、うん、甲冑を着た明智光秀らしき人ともすれ違った。織田信長と森蘭丸とで、一緒に寺を脱出したんだ〜」
「まじか、歴史好きならたまらないだろうな」
「でも、やはりあれで歴史上から姿を消したんだよね。堺に行くって言ってたけど、たどり着けなかったのかも」
俺はなんとも言えない気持ちだった。
歴史上の偉人だけど、なんだか悪戯っ子のような好奇心旺盛な目つきが、鮮明に記憶に残っている。もう少し安全な場所まで一緒に行けばよかったかな。
「リント、妙な顔してるぞ。肩入れしすぎるなよ?」
「うん、ありがとう。そういえば、ミカトはまだ?」
「ミカトもすぐに帰ってきたらしい。ダンジョンに潜ってると思うよ。最後の悪あがきをするって言ってた」
「うん? 最後? ミカトは浮き島に戻るの?」
「いや、明日から、高校だからだろ」
(えっ? 知らなかった……)




