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39、安土桃山時代1582年 〜新たな旅立ち

 ガタガタ、ガタガタ


 俺は、木の扉がガタつく音で目が覚めた。蘭丸さんが、扉を開けようとしている。そっか、野生の和リンゴが枝を伸ばして扉も開けられないようにしていたんだね。


「蘭丸さん、外へ出るのですか」


「あっ、すみません。起こしてしまいましたか。何かが引っかかって、開きそうで開かないんです」


 物置小屋の格子窓から、強い日差しが差し込んできて、小屋の中はちょっと暑い。


「真昼間だから、外に出ない方がいいんじゃないですか。まだ、敵兵は辺りを捜索していると思います」


「でも、殿が目覚める前に、食事と水を調達しておかないと……」


「食べ物は、不味いですが、兵糧丸ならあります。水は、俺出せますから、器があればいいんですけど」


 俺がそう言うと、蘭丸さんは寺から脱出するときの、水のバリアを思い出したのだろう。軽く頷き、物置小屋の中を探し始めた。


「花器と茶器がありました。どちらも粗末なものですが」


「水を溜めることができれば大丈夫です」


 俺は花器を受け取った。少しホコリっぽい。


『ウォーター!』


 俺は、左手で水を出し、花器を洗い、そこに水を溜めた。ついでに茶器も受け取り綺麗に洗った。洗い流した水が、床に染み込んだが、外の野生の和リンゴが喜んでいるのがわかった。この床の下にまで根を張っているんだ。


 俺は、床の汚れを洗うように水を撒いた。床は、すのこのようになっているから、水はすぐに床の下の地面に吸い込まれていった。


 でも、ちょっとびしゃびしゃになっちゃったな。


『ウインド!』


 俺はゆるい風魔法を使って、床を乾かした。うん、これで完璧だね。



 ふと突き刺さる視線を感じた。いつのまにか、信長さんまで起きている。蘭丸さんは、怖ろしいものを見るような目つきだ。やばい、やりすぎたのかな。


「えっと、ホコリっぽかったので、少し掃除をしました」


「林斗、その術はなんだ。もはや驚かんが……おまえは、あやかしなのか?」


「あやかし? あっ、妖怪のことか。違いますよ。俺は今は人間です」


「今は? ふっ、やはりあやかしだと認めたか」


「俺は妖怪じゃない。妖精です。と言っても、通じないですよね」


「ふむ、なぜ、ワシの前に現れた?」


 彼の目は鋭い。だけど、好奇心からの問いのような気がする。未来の話はしちゃいけないんだよね。どこまでがセーフなんだろう。俺は言葉を選びながら話した。


「俺は、訳あって、住んでいた場所から追放されました。いま、戻るための方法を探しています。その中で、この場所に飛ばされました」


「罪人か」


「いえ、兄が父のあとを継ぐので、次男の俺は慣習に従って、追放されたんです」


「ふむ、未来では家督争いを防ぐために追放するのか。合理的ではあるが、長男が優れているとは限らんがな。まぁ、兄弟を殺すことにならないようにという知恵か……」


 蘭丸さんも、納得したようで頷いている。



「とりあえず、食事にしましょう。と言っても不味い兵糧丸しかありませんけど」


 俺は布袋から、小ぶりな布袋を出した。あの幼女が種類別に分けてくれたんだっけ。中から小さな布袋を出して、二人に渡した。


 毒味をしなきゃ食べられないって言われるかな。何が仕込んであるか、わからないもんね。


 でも、織田信長は何も気にせず、中身をパクリと口に入れた。その様子に蘭丸さんは驚いたようだ。


「殿! 毒味がまだ……」


「そのようなものはいらん。それにワシは殿ではない。三郎だ。そうだな? 林斗」


 そう言うと、彼はニヤッと笑った。


 蘭丸さんは、俺が魔法で出した水を、茶器に入れた。でも、彼、三郎さんに渡すかは少し迷っているようだ。


 だけど、彼は気にせずそれを奪い取って、一気に飲み干した。


「ふー、生き返るようだな。不思議な水だ。何の雑味もない」


 俺も、水を飲んでみた。魔法で出した水を飲むのは初めてだったけど悪くない。ただ、味気ないな。軟水なのだろう。言い方を変えれば、飲みやすい水かな。


 蘭丸さんも、水を飲み、兵糧丸を食べた。俺も空腹すぎたから、仕方なく兵糧丸を口に入れた。かたい……味気ない。でも、お腹は膨れる。

 小さな布袋に4〜5個入っていた兵糧丸を、俺はすべて食べた。でも、他の二人は、1個食べただけだ。口に合わなかったんだ。


「やはり、不味いですよね、すみません」


 俺がそう言うと、三郎さんは首を横に振った。


「いや、こんな白米で作った兵糧丸は貴重だ。湯に浸せば1個で十分。それに、生き延びるには、食い物がないとな」


「えっ? それで、1個だけしか食べてないんですか」


 二人は、笑っていた。いやいや、こんなのでも貴重なの?


 俺は、小ぶりな布袋ごと、彼に渡した。


「ん? なんだ?」


「差し上げます。今夜、俺は戻りますからお二人とは一緒にいられない。それに戻ったらこれは不用ですから」


 中には、小袋が20は、入っている。二人分なら数日の食事になるだろう。


「だが、ワシはおまえに渡せるものがないぞ」


「構いません。無事に生き延びて、新たな人生を歩んでください。他の国に行くのもよし、この国のこれからを見守るもよし、三郎さんは、もう自由なんですから」


「ふっ、そうだな。林斗、まぁ見ていろ。ワシの新たな人生をな」


「いや、俺は、戻りますから」


「だが、未来に記録が残るだろう? どうせ、おまえのことだから、この後のワシの動向を未来で調べるのだろう」


「俺は、未来人だと言った記憶はありませんが」


「ふん、小童めが。禁止事項か、まぁよい」


 彼は、兵糧丸を再び口に放り込んだ。やはり、我慢していたんだな。蘭丸さんもそれを真似た。




 外は時々、騒がしくなった。敵兵が織田信長を捜しているようだ。いや、味方も捜しているのかな。


 彼は、外の声がまるで聞こえていないかのように、静かに目をつぶっていた。寝息は聞こえない。夜中に移動するつもりのようだ。身体を休めているんだろう。



 そして、外は真っ暗になった。


「さて、そろそろ行くか」


 彼は、小屋に手をかけた。


『キミ達、ありがとう。もういいよ』


 声なき声でそう言うと、和リンゴが移動したのがわかった。


 ガタガタと、大きな音を立て、彼は扉を開けた。外は月明かりの美しい夜だった。


「三郎さん、これも、持って行ってください」


 俺はもう一つの布袋を渡した。


「これは米ではないか!?」


「旅の資金に。俺にはもう不用なので」


「ふっ、こうなることがわかっていたような準備の良さだな、林斗。感謝する。さらばだ」


 そして、二人は真っ暗な道を去っていった。



次回は、3月21日(土)に、更新予定です。

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