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38、安土桃山時代1582年 〜燃える寺からの脱出

 蘭丸さんが飛び込んだ部屋に、俺もついて入った。そこには、穏やかな表情の織田信長がいた。何かの憑き物が落ちたような、晴れやかにさえ見える表情だった。


「殿!」


「蘭丸、早く逃げろ。じきにここにも火が回る」


「では、殿もご一緒に」


「ふっ、それはできぬ。ワシは、ここまでだ。あとは光秀の世になる。あいつは、民に優しい。良き世になるだろう」


「それなら、殿だって」


「ワシは、恨みを買いすぎた。だが後悔はしておらん。誰かがやらねばならないことだった。天下布武を掲げ、あと一歩のところだったが……。まぁ、ワシが天下を統一しても民は怖れる。ワシよりも光秀のような生真面目なやつの方が、民は安心するだろう」


「そんな……」


「蘭丸は、逃げよ。ワシの最期の命令だ」


「嫌です、私も殿と共に……」


 子供のように泣く蘭丸さんを見て、彼は仕方ないなと微笑んだ。そして、ボーっとこの様子を見ていた俺の方に視線を移した。


「林斗、こいつと共に逃げろ。周りは、光秀の軍によって包囲されている。こいつは華奢だから女に見える。うまくごまかして、この場から逃がしてやってくれ」


 でも、蘭丸さんは首を横に振っている。


「信長様は、どうなさるんですか」


「ワシは、生きて出られぬ。寺が焼け落ちる前に、腹を切る」


「ここで死ぬ気ですか」


「あぁ、そういうことだ。最後の茶会は面白かったぞ。素人が選んだ茶器だと言うと、バカどもが、騒ぎおってな。中には茶器を割ろうとしたバカまでおったのだ。物を見る目がないのはどいつか、ハッキリとわかったぞ。くっくっく」


 彼は既に死を覚悟して受け入れている。蘭丸さんも、ついていくんだ。



 ガタン!


 火が回ってきた。燃え上がった屋根の一部が、この部屋に落ちてきた。瞬く間に、出口は炎に包まれた。


「わかりました。では、お二人は今、死にました。それでいいですね」


「は? ゲホゲホ、林斗、何を……。早く、蘭丸を」


「殿! 信長様、私は冥途への道もお供いたします。林斗さん、巻き込んでしまってすまない。逃げ道は、もう……」


「そうですね。もう命はありません。ですが、俺は少しおせっかいなんです」


 俺は、二人を見た。穏やかな表情だ。死を覚悟するなんて、俺にはそんな度胸はない。二人は凄いと思った。短く太く生きるのが、この時代の生き方なのかもしれないな。


(この二人から学ぶべきことが多いよ)



 俺は両手を広げた。


『ウォーター・バリア!』


 俺の両手に魔力が集まり、ブワッと水の膜が広がった。二人は目を見開いていた。そして彼らと俺を水のバリアが包んだ。煙も入ってこない。うん、これでいいね。


「林斗、おまえはいったい……」


「やはり林斗さんは、忍び……でもこんな術は見たことない」


「伊賀者か?」


 二人にどこまで説明すればいいか、わからなかった。水のバリアの中で、指輪から電撃をくらうと大惨事だもんね。


「いろいろと禁じられているので話せません。でも、貴方達の敵ではありません。とりあえずここから出ましょう」


「いや、ワシはもう……」


「そうですね、この場で、織田信長は死ぬ。第六天魔王と呼ばれた男は死にます。でも、貴方自身は……三郎さんの人生は、まだまだこれからじゃないですか」


「なっ? おまえ、なぜ、その名を知っている?」


「話せません。ですが、この本能寺の変で、織田信長は歴史上から姿を消します。ただ、この火事です。貴方の遺体は見つからない」


「まさか、未来人か」


 俺は、やわらかな笑顔を浮かべた。ここで頷くと電撃をくらいそうな気がする。微笑みはセーフみたいだ。


「こんな狭い国しか見ないで死んでもいいんですか。世界は広いですよ」


 俺がそう言うと、彼はニヤリと笑った。そして、その目には強い輝きが戻ってきた。いたずらを企む少年のような、好奇心に満ちあふれている目だ。


「ふっ、そんな風に煽られると、嫌とは言えんな。蘭丸は未来ではどうなっておる?」


「さぁて、どうでしょう」


「林斗、おまえ、その態度はなんだ。ワシが叩き斬るかもしれんぞ?」


「殿、林斗さんは強いです。ここに来るまでに何人も敵兵を倒していました。こんなに強い人はそうはいないです。殿でも、一対一では厳しいかと」


「妙な術を使うからか」


「いえ、拾った刀と、飛び道具です。あの飛び道具はクナイでしょう。足を狙って相手の動きを封じていました」


「ほう、家臣に欲しいくらいだな。いや、もうワシは歴史上から姿を消すのだったな。そうか、ここから逃げ切れたら、ワシは自由か。ふっふっ」


「もう織田信長は死んだんですから、俺が無礼討ちにされることもないはずですけど」


「ふっ、言いよるわ、小童」


「さぁ、行きましょう」


「だが、取り囲まれておる。こんな水の塊が出て行くと、瞬時に見つかるに決まっている」


「見つかりませんよ。崩れる前に出ましょう。道がわからないので、蘭丸さん、お願いします」


 二人は俺を信じてくれたようだ。蘭丸さんは、少し前を先導してくれた。



『クリア・バリア!』


 うん、上手くいった。バリアに透明魔法をかければ、見えなくなると思ったんだ。すぐ横を通っても、寺を囲む兵は気づかなかった。




 しばらく歩いて、朝日が昇る頃に、小さな神社にたどり着いた。もう既に、バリアは解除していた。その神社の物置小屋のような場所に、蘭丸さんは入っていった。


「とりあえず、ここなら人は来ません。ですが、これからどうしましょう」


「そうだな、堺を目指すか。いろいろと面白い物があるはずだ。林斗も来るか」


「いえ、俺は、今夜には戻らなければなりません」


「であるか。まぁ、仕方ない。とりあえず、ワシは寝る。おまえ達も、少し休め」


 そう言うと、彼はゴロンと転がって、すぐに眠ってしまった。よほど疲れていたんだよね。


「すごい寝つきがいいですね」


「そうですね、驚きました。いつもは眠れないようでしたから」


「蘭丸さんも眠ってください」


「いえ、私は見張りを……」


「人が近づけば、俺はわかりますから。蘭丸さんも疲れているでしょう」


 俺がそう言うと、彼は反論を諦めたらしい。ニコッと笑って頷いた。そして、すぐにスゥ〜っと寝息を立て始めた。蘭丸さんも、寝つきがいいね。


(これは偶然なのかな)


 物置小屋の周りには、野生の和リンゴが生えていた。


『キミ達、この小屋を守ってくれる?』


 声なき声で囁くと、野生の和リンゴは、スルスルと伸び、この小屋の扉を覆い隠した。



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